
空想小説シリーズ ウルトラマンA編
漆黒の夜に、地響きと共に現れた影。
螺旋を描くような曲線が無機質な装甲を走り、その中央に不自然な凹みが刻まれている。それは、"ヒューマニアキラー"――地球を蹂躙するためにヤプールが送り込んだ、新たな超獣の姿だった。
サイケデリックに輝き淀む異次元空間の中、邪悪な影はほくそ笑む。
「さしものウルトラ戦士とて、無害な人間の魂を使っている兵器なら無抵抗になるだろう。さぁゆけヒューマニアキラー、人類を駆逐せしめるのは他の誰でもない、貴様ら人間なのだ」
高笑いが響く。
と同時に冷たく光る無機質な瞳が、ひたすらにウルトラマンを探し求めるかのように地平を睨み、咆哮を上げ、空が割れていった――――。
だが、その内部では……。
「俺は、誰だ……?」
かすれた記憶が、亡霊のように意識の底から囁く。遠い日、鮮やかな空の下で走り回った日々。小さな少年だったあの日。母の笑顔、父の手の温もり――何もかもが夢のように消え去り、代わりに今は剥き出しの狂気だけが体を満たしている。ヒューマニアキラーの凸凹の肌が小刻みに震え、あたかも自身の存在を否定しようとするかのように無様に蠢く。
「助けて……」
内なる声が、言葉にするたびにかき消される。
野太い獣の雄たけびと、蒸気機関車の汽笛よりも甲高く、耳障りな音を混ぜたような声で。
だが、感情の痕跡は、どこかに残るかのように光り、虚空へと手を伸ばす。人の形に似たこの歪な手が、何かに届くことを渇望するように。
新TACは、飛来したこの”超獣”に、判断を下す。
攻撃のみである。
無情な砲撃がヒューマニアキラーに降り注ぎ、古びた今や何者のものでもない血が地面に飛び散る。その傷から、まるで人間のように悲痛な呻きが漏れることも知らず、縦横無尽に飛び回るタックアロー、タックファルコンから無数の銃火が浴びせられていく。
「――――ッ!!」
悲しみは、ナキゴエは――届かない。
その刹那、光の閃光が夜空を割いた。現れたのはウルトラマンA。遠くから見つめる超獣の目に、一筋の涙が滲むように光る。
超獣は、その白銀と思色の巨人を真正面に見据え、重く、声の出し辛い喉を震わせて呼ぶ。
「え”ー……す」
エースの名を知っているかのように、超獣はその姿に向かって両手を広げる。
目の前に立ちはだかるものが、50年前の、あの温かな記憶の中で、かつては自分の中で、”正義のヒーロー”だったことを。――エースの瞳は、その機械的な目に閉ざされた人間的な視線に、揺れ動いていた。
『それでも』
思いは、両者共に一致していた。
方や、脳に繋げられた電子回路が、戦闘意欲を増幅させ、アドレナリンを強制排出させていく。
一方は、その無機質な――それでいて、勇ましさを感じさせる顔を曇らせながら、拳を握る。
ヒューマニアキラーの咆哮が、ただ虚空に消えていった。
ウルトラマンAは迷いながらも、彼の内側に秘められた「人間」としての記憶に気づき始めていた。しかし、既に暴走するヒューマニアキラーはその意思を制御できず、破壊衝動の中で激しく暴れ回る。
口から発する虹色の光線は、Aの顔を狙い、それを彼が回避すると、電波塔に命中し、それは粉々に砕け散って行った。
Aは、防戦一方だった。
――――Aが地球を去った50年前。
かつて神隠し事件があった。
超獣はもう居ない。怪獣も全て滅びた。そう信じてやまなかった人々はこれを誘拐として処理しようとしていた。
だが、”被害者”はいた。
そして、被害者の両親は老いてなお、彼を探しているという。
A――――北斗星司は当時、その被害者を探し出そうとしていた。
しかし、ウルトラ戦士として他の星を怪獣危機から救うという任務があてがわれていた。
その被害者が、こうして目の前に現れ、超獣として改造されたのは何の因果だろうか。
Aは元人間ならば、とメディカル・レイの治癒能力を応用し、眼から光線を放ち治療を測る。
しかし、ヒューマニアキラーはただ、本能のままその刺々しい身体を突進させていく。
それを躱し、両手を広げてカラータイマーを発光させ、天女アプラサを元に戻した技を繰り出すが――全く効果は無いようだった。
「ヒューマニアキラー……いや、源次郎くん」
Aの声は、彼の心に直接届くように響く。だが、ヒューマニアキラーの表面は荒々しくひび割れ、異形の肉体が自己を保てなくなりつつある。両の手はもはやウルトラマンに届くべき手ではなく、ただの兵器と化していた。
「俺は……俺は、ただ、みんなと一緒に――!」
名前を呼ばれると、朧げな記憶が幾重にも重なり合い、苦しげな呻きと共に源次郎の意識が目覚め始める。50年の時間が、彼を歪な怪物へと変え、ヤプールの陰謀に翻弄されたことすら理解できないまま、ただ一つの願いが浮かび上がる――家族のもとに帰りたい、と。
だが、新TACはその変化を許さない。緊迫した隊員たちは「攻撃続行!」の命令を受け、再び火砲の雨が降り注ぐ。爆煙の中で呻き、崩れゆくヒューマニアキラーは、最後の力を振り絞って天に手を伸ばす。彼の虚ろな瞳は、確かに何かを見つめていた――遥か遠く、記憶の片隅に残るあの輝かしい日々の名残を。
「……母さん、父さん……」
その言葉はかすれ、悲しみに満ちた響きを帯びて宙に消えた。だがその瞬間、ウルトラマンAは彼の絶望と憎悪ではない純粋な「帰りたい」という想いに気付き、攻撃の手を止める。
エースは両腕を広げ、ゆっくりとヒューマニアキラーに近づいていく。戦闘の構えではなく、まるでひとりの人間に寄り添うように。
「君は、まだ帰れるはずだ」
その言葉が、エースの瞳に込められているかのように静かに響く。すると、ヒューマニアキラーはわずかにその手を止め、そしてまた涙を流す。
そして、静かに離れ三歩下がり―――手を素早く交差させ、白銀に輝く光の刃を飛ばす。
やがて、光に包まれながら彼は静かに地へと崩れ落ちた。その表情は、かすかに安らぎに満ちたものだったかもしれない――――。
――――翌朝。
何の変哲もない団地の家で、少年は目を覚ました。
老婆が、その目覚めた少年の手を握る。
「源次郎ちゃん……?」
「おかあさん……? なんで、そんなにおばあちゃんに……」
源次郎少年の、年老いた母は笑顔で言う。
「きっと、きっと竜宮城にでも行ってたんだわ」
「竜宮城……」
源次郎少年はじっと、記憶を思いだそうと努力したが、何も覚えていなかった。
ただ、一つ。
憧れの、僕らのエースと、会ったという事以外は。
一方、宇宙空間では地獄の悪魔を具現化したような存在が、Aと対峙していた。
異次元超人ヤプールの集合体、巨大ヤプールである。
片手の刃を向け、鋭く睨む。
「エースよ、あの地球人を殺し、罪に罪を重ねてしまえば、お前も楽だったろうにな」
Aは静かに、答えた。
怒りを滲ませて。
「優しさを、私は失うつもりはない。例えその気持ちが何百回裏切られようともな」