空想小説シリーズ ウルトラセブン編
星々の隙間を縫って現れた影は、かつて宇宙にその名を轟かせた戦士の帰還であった。
――かつて、その名は恐怖を抱く悪にとって「絶望」を意味し、弱き者たちにとって「希望」の輝きであった。だが、半世紀という時の流れは冷酷であり、伝説は薄れ、すべてはただの記憶と化してしまった。
ウルトラセブンの姿は、誰もが知っているはずだった。しかし、今、地球へと降り立つその姿は――それを知っている者にとって、あまりにも痛ましいものであった。彼の頭部には欠けたアイスラッガーが残り、裂けたプロテクターには戦いの激しさが滲み出ている。そして何より、割れた金色の瞳がその雄々しい姿を歪ませていた。
その傷は、宇宙の平和のために負ったもの――否、彼の愛した地球のために背負ったものだった。だが、すべてが滅びかけたこの星を再び目の前にした時、セブンの心には複雑な感情が渦巻いていた。地球――それは、彼にとってただ守るべき場所ではなかった。かつて出会った人間たち、共に戦った仲間、全てが刻まれた「第二の故郷」そのものだったのだ。
しかし、彼が姿を現す少し前――人々の前には、もう一人の“セブン”が現れていた。
それは、鋼のように冷たい合成音声で、自らを「ウルトラセブン」だと名乗った。「私は諸君らがよく知っているウルトラセブンだ。君たちを守るために来た。まもなく偽者がやってくるが、騙されないでほしい」と。そう、その者はあたかもセブンを名乗り、人々に信じさせようとしていたのである。しかし、まるで鏡に映るがごとく似通った姿でありながら、その偽りのセブンには、どこか不自然な冷たさがあった。
その一方で、長い旅路を経て、戦火の中をくぐり抜けてきた本物のセブンは、地球に降り立つや否や、待ち受けていた新時代のウルトラ警備隊によって包囲されることとなった。地球防衛の意志を持った新しい世代――だが、彼らの眼にはかつての英雄の姿は映っておらず、ただ「正体不明の侵略者」として映っていたのである。
「偽者だ、攻撃しろ!」という叫びが響き渡り、セブンに向かって無数の閃光が降り注いだ。
その閃光の嵐の中、セブンはひとつのため息をつき、青い地球の空を見上げた。戦い続ける中で疲れ切った身体に新たな傷が刻まれていく――だが、それでも彼は、彼らに攻撃し返すことなくその身を受け止め続けた。彼が戦うべき相手は、目の前の無知な若者たちではなかったからだ。
そのとき、異なる声が、その場に響き渡った。
「やめろ!あの巨人を、あのはるばるやってきてくれたあいつを、誰だと思っている!」
その声は、あたかも切り裂くように響き、警備隊の隊員たちはその場で動きを止めた。現れたのは、年老いた男――かつてのウルトラ警備隊の元隊長であり、今や伝説の生き証人とも言える存在だった。彼はその震える手で、ボロボロに傷ついたセブンの身体に触れた。
「……セブン、お前が、あの時からずっと戦っていたのか……」
その声は嗚咽に変わり、地面に伏せたセブンの傷ついた瞳を見つめた。「……我々を、愚かな人類を許してくれ……」
隊長のその手は、過去の記憶に彩られていた。彼が若かりし頃、共に地球を守った日々が脳裏に蘇る。戦友として認め合ったその日々が、彼の心に再び灯るのを感じながら、老人の涙は滲んだ。今、彼の目の前にいるのは、あの頃と同じ、ただ地球の平和を願い戦い続ける戦士だったのだ。
そして、静かに立ち上がるセブンのその姿に、残された勇気が蘇る。
偽ウルトラセブンが高笑いを響かせながら空を横切った。「さあ、これで本物と偽者の差がはっきりしただろう」と、合成音声が冷たく響く。だが、本当の戦士を知る者には、その差など明白であった。
疲れ果て、片目の輝きを失ってなお、セブンは一歩一歩、ふらつきながらも大地を握り締め、震えながら立ち上がる。
そこには、ただ「守るべきもの」を見据え、すべてを捧げるという覚悟があった。地球を、ただ愛するがゆえに――。
地上に残された者たちの中には、涙を流す者もいた。
「――――セブン」
その声と共に、かつての英雄を知る、あるいは幼子もその名を呼ぶ。
名の合唱は、留まるところを知らない。
両拳を握り、威勢ある――怒号に似た声を上げる、深紅のファイター。
合成音声は、両手をL字に構え、虹色の光線を放ちながら、その真の戦士を煽った。
「愚かな。例え貴様が本物であった所で、その肉体ではもはや限界だろう。黙って倒れろ、愛した地球で倒れるのなら本望だろう――幸運な男よ」
ウルトラセブンは、アイスラッガーを投げると、それは宙に留まり、手を合わせて浮かんだアイスラッガーに向かい、大きく振りかぶる。
すると、アイスラッガーは光を纏いながら一直線に進んでいきながら、光線を切り裂いていく。
「愚かなり、だウルトラセブン。このワイドショットは貴様が全盛の頃に撃てていた物の20倍の威力がある――――サロメ星式プリズマスパークの力を侮るな!」
更に出力の上がったワイドショット――“偽ワイドショット”とでも言うべきそれは、光線を掻き切りながら直進していくアイスラッガーの勢いを止め、やがて木っ端微塵にしてしまった。
それをTVの中継、あるいはスマホのライブ放送で見ていた人々は、口を大きく開け、あるいは目を丸くする。
過る敗北の予感に、涙を流す。
機械的に、彼が目の前から消滅したと見て、攻撃の手を止める偽ウルトラセブン。
消滅したと見るのは、早計だったと偽ウルトラセブンは人格を有した人工知能で後悔する事になった。
上を見上げると、そこには太陽を背に、両腕を広げたウルトラセブンが宙に浮かんでいた。
太陽光を受け、赤い身体は白く輝き――――彼は、光線を放った。
ワイドショット――否、通常のそれとは明らかに違う、白銀の光線を。
再び偽ウルトラセブンは両手をLの字に構えて、ワイドショットを放とうとした時。
偽ウルトラセブンの目の前を、何かが過った。
鈍色の、古ぼけた前時代的な戦闘機の一機のようだった。
しかし、その形をウルトラセブンは覚えていた。
忘れる筈もない、ウルトラ警備隊の戦闘機、ウルトラホークだ。
「今だセブン!」
光線を受け、偽ウルトラセブンはフェイスパーツが粉々に砕け、口から火花を吐き散らす。
人工知能の植えつけられたソコは、半壊してなお役割を全うするかのように光線を受け続けてなお、意味不明な挙動を起こし――――最後は、爆散した。
それを見て、人々は歓喜した。
半世紀以上前に、姿を消した戦士に?
否。
半世紀以上前”から”我々ともにあり続けてくれていた、一人の、遥かな星を故郷とした風来坊に。