見出し画像

空想小説シリーズ ウルトラマン編

かつて、銀色の巨人――ウルトラマンとして地球を守った男、ハヤタ。
今や、彼は歳を重ね、自らがかつてウルトラマンであったという記憶さえ失っていた。
過去の輝かしい歴史に縋りつつも、その記憶が、そしてその姿が彼を包み込んでいる。日本中が「かつてウルトラマンだった男」として彼をもてはやすが、それは彼にとって漠然としたものに過ぎなかったし、その事実が信じられずに居た。
今日も今日とて、インタビューをするべく彼の家には記者が押し寄せていた。
といっても、ネタの飽和しきった界隈のネットブロガーであるが。

「僕がウルトラマン……? ばかいっちゃいけないよ。いや、これはボケている訳ではないのだけどね」 

穏やかに、自虐的な笑みがこぼれる白髪の老人。
その様には、衰えぬ知性と、どこか精神的な若々しさに満ちていた。

――ただ、あの日。
赤い球体にぶつかった日の事は、鮮明に覚えていた。
赤と銀。
煌びやかな彩が光輝を放つ、そんな中に自分は居た事を。
そして、気が付けば科特隊の基地前に立っていた事も。

「僕が覚えているのはね。ただ、赤いUFOにぶつかった記憶。それだけだよ」

ハハ、と笑うハヤタ。
ネット上では、今でも彼を英雄視している者で溢れているのを、ハヤタという男は否定するでも、肯定するでもなく黙認し続けるしかなかった。

そんな日々の中、TVが緊急放送を告げた。
突如として怪獣が現れたという。
名は、ネオベムラー……かつて、光の巨人が戦った怪獣に酷似した姿から名付けられたそれは、異様なものだった。
TV越しに見えるネオベムラーの体は、さながら鱗を一部剥がされた蜥蜴のように見え、TVで紹介されているかつてのベムラーが直立二足歩行だったのに対して、ネオベムラーはネロンガのように半四足歩行が可能な様子だった。

その巨大な影が街を埋め尽くし、蹂躙していた。
「誰か!」「きゃああ」
叫び声がこだまする中、現在の科特隊の飛行機が宙を舞い、ネオベムラーに空爆を仕掛けていく。
ハヤタはすぐさま家を飛び出し、上を見上げるが、そこに見られた戦闘機は明らかにジェットビートルとは異なっていた。
先端は鋭利に尖り、ガラス部分は微かに金色に発光しながら太陽光を受けて銀色の機体が輝いていた。
「もう、ウルトラマンが居なくても地球を守れる、という訳だな」
どこか安心したように、同時に寂寥感を感じながらハヤタは避難用のカバンを提げながら周囲を見渡していた時。
「助けて……!」
 道路の真ん中に、小さな子供の姿が見えた。
 道路の奥には、怪獣の出現によって混乱した様子のトラックが今にも子供を轢かんばかりに高速で迫ってきていた。
 そんな中、ハヤタは――――。
「危ない!」

 ――――

 ――ネオベムラーは圧倒的な防御力を誇っていた。
 主翼部ロケットランチャーの火力は、計算上ではゼットンの表皮を粉々に粉砕できるとさえ言われていたものだ。
かつての“光の巨人との別れ”の日を知る者ならば、シールドを展開していなかったとはいえ、あのウルトラマンを倒した、黒い悪魔をたったの一発で葬ったペンシル爆弾の存在を覚えているだろう。
その内容物を、大型ながらも再現せしめたミサイルランチャーを受けてもネオベムラーは健在だったのだ。
「テラ・スペシウムレーザー、発射!」
新・ジェットビートルの搭乗者はその主砲とも言える兵器を打ち出す。
基礎原理はイデ隊員がマルス133をベースに更に破壊力のみを追求した結果、恐ろしくなった彼がマルス266(仮称)の設計図を破棄する前に流用したものだ。
威力はテラの名前が示す通り、機体のオーバーヒート、周囲への影響、スペシウムという未知の物質の操作を考慮しなければ理論上はあのスペシウム光線の100倍の出力は出せるという。

それを頭部に、それも三機の新ジェットビートルからの集中砲火を喰らえば、誰もが倒れると思っただろう。
ビートルの搭乗者は、ヘルメット越しにほくそ笑む。
勝った、と。

しかし、ネオベムラーは尚健在――否、それどころか激昂している様子ですらあった。
まるで、嫌な物を思い出させたとでも言わんばかりに。
ネオベムラーは体を丸めると、全身を紺碧に染め上げ――発光した刹那。

ビートルと、その周囲のビル群は倒壊していった。


―――数日後、記者会見において科特隊の全員が頭を下げた。
「――――誠に、申し訳ございませんでした」
「申し訳ございませんじゃすまないだろうが!」「市民を守る責務を果たせ」「子供を返して!」
悲痛な叫びと怒号は、小さな空間の中で密集して若い隊員に浴びせられて居た。
科特隊の、敗北。
約40体以上に及ぶ怪獣のデータがありながら、あの光の巨人の力を上回るだろう兵器を有していながらの、敗北だった。
それは、かつて現れた怪獣たちのすべてを凌駕する力を持っているという意味に他ならなかった。
絶望が覆う日本、誰もがあの銀色の巨人を再び望むが、その姿はどこにもない。
そんな中、誰も居なくなった基地の中で、隊長が自らを奮い立たせるようにぽつりと呟く。
ボロボロになった、ファイリングされたある資料を見つめながら。

「まさに、新ウルトラ作戦――第1号といったところか」

科特隊が立てる新ウルトラ作戦は、最新の兵器と技術を結集したもので、かつての怪獣への戦いをも超える緻密な計画のつもりだった。
だが、ネオベムラーの凄まじい力の前には、すべてが虚しく打ち砕かれ、次々と街は崩壊していった。戦いが長引く中で、戦線を維持する力も限界に達し、各地に避難警報が響き渡る。人々の祈りは疲弊と共に虚空に散り、誰もが絶望を深めていった――――。


――――突如としてハヤタの目の前に現れた一筋の光。
それは彼の胸の奥を鋭く貫き、彼の視界を眩い白に包み込んだ。そして、朧げな記憶がゆっくりと浮かび上がってきた。
誰もが見上げた光の巨人、ウルトラマン。今も心の奥で語りかけているような、懐かしく温かな声。
まるで、旧友にあったかのような、同時にあの若かった頃に戻ったかのような、そんな感覚だった。

「――光の国から、僕らの為に……?」

ハヤタの声が低く震えながら漏れ、彼はかつての自分自身と対峙するような感覚に包まれていた。そう、かつてウルトラマンだった男として彼は再び覚悟を決めた。記憶の有無ではなく、自分が何者であるのかを選び取る瞬間だった。

一方で、戦場の最前線では再び科特隊の隊員たちがネオベムラーに挑んでいた。重装備の戦車部隊も、無人機の空爆も、あらゆる攻撃が無力にされる中で、人々は一縷の希望さえ見失いかけていた。しかし、彼らがふと空を見上げると、突如として現れた光の影が青空を貫き、彼らの心を震わせた。

それは、ウルトラマンだった。かつての栄光を纏ったまま、再び現れた彼の姿は圧倒的な威厳と静寂を漂わせていた。大地を踏みしめ、ネオベムラーに向かうその姿に、人々は一瞬息を呑む。その存在はもはや伝説ではなく、ここに、今、現実として目の前に立っている。

興奮する人々も居た。
手に汗握る人も。
安心を覚える者も。

声は、何もかもを越えて一つとなった。

ネオベムラーがウルトラマンに咆哮を上げ、激しい戦いが始まった。
ネオベムラーが突進を仕掛けるが、通りすがりざまにチョップを仕掛ける。
そして、二股の尻尾を掴み、その場に回転し、山へと投げつける。
両手を腰に当て、拳を前に付き出して輪状の光線を打つと、ネオベムラーはもがき、応酬に光弾を口から放つ。
それを胸を張って弾き飛ばして見せると、ネオベムラーへ突進し、背負い投げる。

そうしてネオベムラーの猛攻を受け止め、最後の必殺技を放つべく、光のエネルギーがウルトラマンを包み込む。
後ろを見ると、そこには――――小さな戦友の存在があった。
新科特隊の若い隊員が、古ぼけたスパイダーショットから、エネルギーを当てていたのだ。
「ウルトラマン……頼りなくてごめん!」
若い隊員が言う。
それに、ゆっくりと首を横にふり――――あの、十字の構えを悪魔に取った。
声はやがて大合唱となっていた。

『胸に付けてる マークは流星
自慢の ジェットで 敵をうつ
光の国から僕らの為に』

ウルトラマンの、赤と銀の腕の表皮が怒張し、十字に交差した手首は熱を帯び始める。
それに警戒したようで、ネオベムラーの口も光に包まれていく。

『きたぞ 我ら の――――ウルトラマン』

刹那、ネオベムラーの口から放った光線と、“僕ら”を守る光線が、拮抗する。
その威力に土やガレキが舞い上がり、ウルトラマンは片膝を着きながらその反動に耐えていた。
――――そして、轟音と共に放たれたスペシウム光線がネオベムラーを打ち抜き、その巨体が崩れ去っていく中で、青空には静寂が戻っていった。倒れ伏すネオベムラーに、ハヤタ――ウルトラマンとしてのハヤタは心の中で別れを告げる。

そして彼は再び姿を消し、科特隊員たちのもとへと戻った。彼らの敬礼に答えながら、ハヤタは静かに呟く。

「さらば、ウルトラマン。ありがとう、地球を愛してくれて」

その言葉と共に、彼は再び一人の人間として地上に立ち、物語の幕が静かに閉じていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?