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信頼に値するもの


 3年前に九州に引越してから、月初はいつも義姉の「宮地嶽神社」参拝に同行している。地元では開運商売繁昌の神様として知られ、福岡県内から多くの企業経営者が参拝に訪れる。義姉も父親から受け継いだ建設関連の小さな会社を経営して40数年。その間毎月欠かさず参拝を続けているという。

 バブル崩壊やリーマンショックによって企業倒産が相次いだ中、義姉の会社はどうして存続できたのか、その理由を尋ねてみた。

 しばらく考えた後、
 「手抜きをしなかったからかな」
 と義姉はぽつりと答えた。

 「手抜きをしないこと」は、仕事として当たり前なはずなのに、もはや過去の遺物のようにも見えてくる。偽装工作、データ改ざん、品質不正。政府、企業、マスコミが一体となった情報操作。何をどう信頼したらいいのか本当に分からない。自分を守ろうとする人が増えてしまったようだ。

 ある人は言う。

企業存続の条件はさまざまあるが、絶対的な条件に絞ると3つ挙げられる。顧客の創造、人財の育成、経営者の生き方である。この3つの何れかが欠けると企業存続の可能性が低下し、経営破たんのリスクが高まる。

中小企業を支える経営ノウハウ情報局


 確かにそれらは王道だ。その一方でこの3つの条件をまったく満たしていなくても存続している企業を、今まで随分とこの眼で見て、経験してきた。

 義姉の会社には、先代から続く手抜きをしない伝統があるという。それが、いったいどのようにして会社の存続に繋がっているのか、もう少し深く聞いてみた。

 その仕事は、完了した時点で重要箇所がほとんど目には見えないところに隠れているため、外見だけでは良し悪しが判断できない。ところが長い年月を経過し、メンテナンスが必要となった頃に、当時の仕事の質が明らかになる。手を抜いたか、そうでないかが一目瞭然となる。つまり顧客の為に仕事をしたか、会社の利益を優先したか、仕事の背後にある「想い」が白日の下に晒されてしまうのだ。

 「手抜き」をしていないことが分かった時、顧客の信頼は揺るがぬものとなる。その評判はやがて地元の異業種や銀行業界にも伝播していく。商いが発展するための基本中の基本だろう。しかしこれほど複雑化し、混沌とした社会の中で、未来へ向けての美しい理想像を謳うのではなく、シンプルかつ良心的な、昔ながらの経営理念を貫くことで存続している会社があるのは驚きだ。






 愚生は以前、施術の仕事を生業としていた関係で、欧米人を含めて、その業界を広範囲に体験し、「信頼」ということに関しても多くを学んだ。人を癒す仕事とはいえ、そこはやはり百人百様。誠心誠意一回一回の施術に取り組む人もいれば、短期間の経験と知識だけでエキスパートを名乗る人もいる。中にはできるだけ長期間通わせようと、言葉巧みに回数券を売りつけてくる業者もいた。最初の数回だけはベテランが担当し、その後は新人の練習台になるという仕組みだ。

 施術もまた、受けた直後の気持ちよさとは別に、ある程度時間が経過した後になってから、本当の効果が実感できる。

 ある50代の企業経営者の男性に施術した時のことを思い出す。彼は若い頃、国産自動車メーカー専属のテストドライバーだった。ある日、専用コースで高速運転をしていたところ大クラッシュし、命は取り留めたが、極度の鞭打ち症が残った。それが30年間治らず、首や肩の痛み、頭痛に苦しめられていた。

 体を調べると、首全体が凝り固まり、ほとんど動かない状態だった。その硬さは全身に及んでいた。施術はかなり難しい内容となったが、3回ほど続けた段階でようやく手応えを感じた。「頭蓋底と頸椎一番の間」の癒着をもたらした事故の衝撃による緊張を30年ぶりに解放することができた。のべ4時間以上にわたって、その部位一点に集中し、指先を当て続けた結果である。

    その施術はただ静かに手を当てるだけで、ひねったり、押したり、引っ張ったりすることはない。受けている人は、いったい何をしているのか、さっぱり分からない。実際には脳脊髄液の水圧変動を利用して、脊髄内部から緊張を緩めるという働きかけをしている。

 しかし長期間固まっていた部位を緩めるということは、抑え込んでいた痛みを解放することでもある。相当激しい好転反応を覚悟しなければならないと伝えた。そして実際その通りになった。

 施術した日の夜、首の激痛が始まった。それまで経験したことのない痛みに襲われ、翌朝まで一睡もできずにいたという。しかし前以って好転反応についての詳しい説明を伝えていたため、彼は冷静に朝までじっと耐え、見守ることができた。「痛み」とは身体が元に戻ろうとして、縮まっていた部位が広がる最中に起こる感覚だ。やがて数日後にその痛みが消えてからは、鞭打ち症の症状が再発することはなかった。そしてリラックスが全身に広がった。

 そこまで実感すると、クライエントはその技術と施術者を真に信頼することができる。表面的な態度や行動、雰囲気づくり、言葉だけでは、信頼を得ることはできない。

 その後、彼は会うたび、どこの馬の骨だか分からない若造に、心を開いていろいろな話をするようになった。会社のこと、趣味のこと、家族のこと。やがて自身の会社の役員になることを依頼してきた。高給優遇、住居や高級車提供などの提示があったが、畑違いだったため、その場でお断りした。






 話は逸れるが、こうしたクライエントの意識変化は、身体の変容に伴って引き起こされる自然な反応のひとつであり、この点についてもう少しだけ簡単な説明をつけ加えておきたい。

 「頭蓋底/頸椎一番」の間は、人体の緊張が始まる原点とも言われている。首の前側には喉があり、ここには「舌骨」という三日月型をした骨が、自ら「のど輪」をするように存在する。この舌骨も無意識的に緊張が蓄積するエリアである。首と喉に緊張があると、自己表現が難しくなるという精神的傾向が生じる。しかしこの緊張を解放すると、不思議なほどスムーズな自己表現ができるようになる。また咽頭や食道、気管支などの健康状態を左右する重要なエリアでもある。

 こうしたバリアのような役割をもった部位は他にも存在する。最も重要な存在は「横隔膜」である。それは呼吸運動をサポートするだけでなく、内臓に押し込められたストレスや感情エネルギーが意識化されないように、一時的に封印するバリアのような役割を担う。私たちはストレスや緊張を強いられたとき、真っ先にするのが「息を押し殺し我慢する」ことだ。それが横隔膜の緊張をもたらす。

 しかしこの緊張が長引くと、感情の抑圧や内臓の緊張も蓄積し、エネルギー循環を阻害する弊害も生じる。それは、内臓疾患などを引き起こす直接的な原因にもなる。

 横隔膜の緊張を緩めることによって、腹式呼吸が深まるのみならず、内臓の働きが飛躍的に活性化し、自然治癒力も高まる。軽い運動や肉体労働によって呼吸が早まることが健康に不可欠と言われる背景には、そうしたことも関係している。健康状態を大きく左右する極めて重要な部位であるにも関わらず、認知度はかなり低く、本人にとっても気づき難い部位である。


カーブした横向きの破線で示された部分が、ストレスや感情エネルギーを封印し、
バリアのような働きをする部位で、五カ所存在する。

これらの緊張を緩めると、
縦方向の破線で示された筋膜面の動きがよくなり、全身が劇的にリラックスする。

一番上が「頭蓋底/頸椎一番」
その前側にあるのが「舌骨」
その下の鎖骨附近にある「胸部入り口」
四番目が「呼吸用横隔膜」
さらに下腹部にある恥骨の辺りにあるのが「骨盤横隔膜」

引用⁑クラニオセイクラルバランシング トレーニングマニュアル




 話を元に戻そう。報酬とは人の想いや願いに応え、人ができないことを代わりに補った結果として得られるもの。一方で報酬を得ることは自分自身の為に必要なものでもある。どちらか一方に偏ると、必ずどこか目には見えないところで歪みや反作用、落とし穴が待っている。

 それはお金というツールを使った、与えることと受け取ることのバランスを学ぶ機会だ。利己主義と利他主義のどちらにも偏らない「観照」という視点は、この世に生きる上での「平安」に至る道筋を垣間見せてくれる。私たちは様々な二元性の中で、中立的なバランスを探し出すことができた時に心の平安を感じることができる。愛することと愛されることのバランスの中で、自分の中に潜む普遍の愛を育むことができる。

 昨今のご時世では、どんな仕事をするにしても、意識のベクトルがどの方向に向いているかを覆い隠すことが難しくなった。それを自分で認識するためには、自身の頭と心を空っぽにすることが効果的だ。自然の森や海、神社仏閣での参拝やお祓い、祈祷などは、そうした視点をクリアにしてくれる瞑想的な機会を与えてくれる。
 
 令和天皇が即位した際に用いられた伯家神道はっけしんとう祝之神事はふりのしんじは、天皇を現人神あらひとがみとするための神事だが、日本のある科学者が物質の特性変化を測定する機器を日本各地に設置した結果、実際にかなりの変化を観測したほど、絶大な影響力があったという話を聞いたことがある。

 私たちが国内各地の神社で受けられる一般向けの神事は「吉田神道」。この神道では、仏教を「花実」、儒教を「枝葉」、神道を「根」と位置づけている。祝之神事ほど強力ではないかもしれない。しかしその「根」に引き戻してくれるようなひとときは、世界中どこを探しても他に類を見ない稀有なものだろう。こうした神事が日本にあるのは奇蹟的である。

 何であれ、自分自身の本質に立ち戻る道筋を指し示してくれるもの、それこそがまさしく「信頼」に値するものだと思う。

 




福岡県福津市 宮地嶽神社
























































舞神 / 里地帰 宮地嶽神社 奉納
和胡奏者・里地帰 


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燿
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