足しげく通う

2024年8月30日 17:40

　北九州市西部に位置するわが町「黒崎」の歴史は、江戸時代に長崎街道宿場町として栄えたことから始まった。当時の松並木が今も街中に残り、昔日の長崎街道の面影を留めている。

北九州市は重化学工業を中心とした日本の四大工業地帯として成長し、市民の衣食住を支える地域として黒崎は発展してきた。
　今では、好景気の頃に建てられた大きなデパートが４年前に閉鎖され、駅前に伸びるアーケード商店街では、老朽化や後継者不足の為にシャッターを閉じた店が立ち並ぶ光景を所々目にする。人口減少、高齢化と共に、地方都市特有の街の姿がここでも見て取れる。

　しかしながら、最近この街に新しい風が吹き始めている。商店街を歩いていると、リフォームやリノベーションによって若者向けのお洒落な飲食店に生まれ変わるケースをよく見かけるようになった。

　時々カミさんと出かける「文化商店」もその一つ。

　この店は以前小さな漢方薬局だった。何故だかわからないが、薬局時代の外看板が外壁にそのまま残されている。その存在感が異様に大きく、しかも当の「文化商店」という不思議な店名の表示は、入り口にある小さいガラスサインとスタンド看板のみ。そのため最初この店の前を通りかかった際、雰囲気的には漢方薬局が新たに始めた薬膳カフェかなとも思ったが、しばらくの間正体がよく分からないままだった。

　この店が個人経営の小さなダイニングバーだと知ったのは、夜になって店の前を通りかかる度に、いつも店内が若者たちの満ち足りた笑顔で溢れているという光景を目にしてからだ。

オーナーの中年男性とアルバイトの若い女の子だけで切り盛りしている。地元出身のオーナーは、横浜のホテルやレストランでイタリアンの経験を積んだ方とのこと。彼らの雰囲気がとても自然でいい。いつもニコニコ笑っている。二つのテーブルに６席、カウンターに５席の合わせて11席しかないため、１週間前までに予約しないとまず入れない人気店である。

　メニューはそれほど多くはなく、いたってシンプルだが、口に入れた途端、他所では味わったことのない奥行きの深さに驚く。九州は海の幸だけでなく野菜や肉も新鮮な食材が豊富なので、何を食べても基本的に美味しいが、その中でもこの店は頭一つ抜きん出た知性と創造性を感じる。

　食べログの口コミランキングを見ると、全国にあるダイニングバー19,390店中、上位1,000位くらいに入っている。食べログの情報はユーザーの注目度を示す指標であり、店や料理の優劣を示すものではないが、同レベルの店が軒並み東京や大阪などの大都市圏にあることからすれば、「文化商店」への注目度はかなり高いと思う。

　余談だが、シャッター商店街の更に奥、狭い路地を入った所には「魚虎」という小さな居酒屋がある。駅からは最も離れているエリアだ。食べログでこの店は全国132,389店ある居酒屋の中で、何と２位に入る超人気店。是非一度訪れてみたいと思い、先日問い合わせてみると、来年２月末まで予約がいっぱいとのことだった。来年３月からの予約受付が今年10月から始まる。その時点で早々に１年先の分まで予約が埋まってしまうという人気ぶりである。

　大都会にある煌びやかさや喧騒はこの街にはない。しかし一見衰退しているように見える地方のアーケード商店街も、見方を変えればアットホームな落ち着いた街として安らぎを感じる。実際に都会から帰ってきた時、真っ先に感じるのは「ほっとひと息」だ。

　この街に登場した新しい感性の店は、集客が見込める繁華街ではなく、敢えてこうした街に店を構えるというチャレンジを選択した。
その上で人気店として存続するのは、やはりしっかりとした経営者意識を持っているからだろう。

　客は目の前の料理に心が込められているかどうか、いつも敏感に嗅ぎ分けている。立地条件、店の内外装、盛り付けや食器類の見た目の美しさ等よりも、「これは美味い！」と思える料理を提供しているかどうか、店に入る客にとってはそこが一大関心事ではないか。

　どんな分野、どんな世界であっても、人が真に求めているのは「生きている喜び」だと思う。

　人と人、心と心がつながる瞬間の、輝くようなときめき。それは人生の中で頻繁に起こることではない。五感を超えた神秘や喜びに誘われた経験は、たとえ微かなものであっても生涯忘れられないものとなる。

　それ故に顧客は、その後も足繁く通うのだ。

　Kou TSUCHIYAさんが新しいソロギターの演奏を公開されました！　ギターの音色が美しい！　 TSUCHIYAさん、いつも素敵な曲を聴かせて頂きありがとうございます！