神の依り代
(文2000字 写真30枚)
先日佐賀県唐津市の唐津湾沿いを車で走っていると、突然目の前にどこまでも続く松林が現れた。
「虹の松原」と名付けられたこの広大な森には、幅約500 m、長さ約4.5 km、面積約216 haに、100万本ものクロマツが植栽されている。
17世紀初頭、唐津藩藩主寺沢広高が、新田開発の一環として自然林から松に植え替えて、防風林防砂林としたのが始まりとのこと。
静岡県「三保松原(約3万本)」や、福井県「気比の松原(約1万7千本)」と並ぶ日本三大松原の一つに数えられ、また玄海国定公園に指定、特別名勝白砂青松100選、日本の渚百選、かおり風景100選、日本の道100選などにも選ばれている。
当初その広大さから「二里松原」と呼ばれていたものが、明治時代から「虹の松原」となった。変更した理由は調べても分からなかったが、遠くから見るとその全体像が、唐津湾に沿って虹のような弧を描いているように見えたからではないかと思う。
全国的に松の減少傾向が続く中、この松林も1960年代にマツクイムシの被害によって大木が次々と立ち枯れる事態となり、それ以降今でも対策と伐採作業が続いているとのこと。
駐車場に車を停め、林の中を歩いてみる。立ち枯れている木は常時撤去されているためか見当たらず、枯木の跡地には新しい芽が無数に顔を出していた。
360度見渡す限りの松林に囲まれると、迷宮に迷い込んだような不思議な感覚に陥る。もしも遊歩道がなく、さらに濃霧がたちこめていたなら、方向感覚を失って富士の樹海を彷徨うようなことになりかねない不気味さも漂う。
遊歩道を外れて林の奥へとふらふら分け入ってみると、長年堆積した松の葉の腐葉土が柔らかく、一歩一歩がふわふわの布団の上を歩くように沈み込む。
古木があちらこちらに点在している。周囲を取り囲む若木とのコントラストが著しい。若木はほぼほぼ直立しているが、古木の多くは、幾度となく幹の途中で折れ曲がり、捻じれ、倒れかかり、持ちこたえ、踏ん張っている。根が相当深く伸びているために決して倒れないのだろう。中にはほとんど地面に擦れる位まで倒れかかっても、そこから再び上を目指して立ち上がっている木もある。
暑さ寒さ風雨を耐え忍んで生きてきた歴史のすべてがその姿に刻み込まれていた。
雑木林ではなく、単一品種がこれほど密集し、果てしなく広がっている光景は圧巻の一言。
カナダの森林生態学者スザンヌ・シマ―ド氏曰く、「森の地中では菌糸を介して樹々がメッセージのやりとりをしている」とのこと。
この松林の地下では100万本ものクロマツがネットワークによってすべて繋がり、調和のとれた巨大なコミュニティを形成していると想像するだけで感動を覚える。
皇居前の大芝生広場に点在しているクロマツは約2000本。一本一本どれも手入れがしっかりと行き届き、あたかも盆栽をそのまま大きくしたような気品と優美さを醸し出している。
対照的にこの虹の松原のクロマツは、手付かずのままの野性味に溢れ、不老不死の仙人を思わせる風格と相俟って、燻し銀のような威光を放つ。
松は生命力が強く、長寿で、しかも冬でも葉が青いことから不老長寿の象徴とされてきた。
「まつ」の語源には、神が天から降りてくるのを「待つ」という説もある。正月飾りに松と竹と梅とが共に使われているのは、それらが「神の依り代」、すなわち歳神が宿る木とされてきたからだ。
どのような状況に置かれても、ありのままを受け止める受容性の深さ。
何があろうとも生を全うしようとする忍耐力。
傾いてもなかなか倒れない安定感。
混沌の奥に横たわる協調性、連携、調和。
豊かな多様性と持続可能性。
圧倒的静寂、そして神聖さ。
現代社会が必要とする特質を、クロマツ林はすべて兼ね備えているように見える。
若林薫さん
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