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【二次創作小説】意気地なしの林檎
※いくたはなさんの『龍と虎』に登場するこのふたり、「馬場春」(左)と「山縣昌」(右)のお話です
※百合百合しい内容となっていますので、苦手な方は回れ右で
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「ふぇっ……へくちっ」
寝室から山縣のかわいらしいくしゃみが聞こえたので、わたしは読みかけの本をぱたりと閉じる。
「起きたのか、山縣。調子はどうだ?」
「ぅー……頭がボーッとしてます……」
部屋の中を覗き込みながら声をかけると、力のない山縣の声が返ってきた。
いつもの元気の塊のような山縣とのギャップに、心配な気持ちと同時に、もっとこの声を聞きたいという下衆な感情も頭をもたげてくる。
「……しばし待っておれよ」
それを振り払いながらキッチンへと向かい、冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取り出してパキリとキャップを捻る。
「……うむ」
そうして頭が冷えたのを自覚してから、ストローを挿したペットボトルを手に山縣の元へと戻った。
「カラダ、起こせるか?」
「むー……」
布団の中で山縣の小さなカラダがもそもそと動いている気配はするものの、一向に起きてくる気配がない。
わたしは小さく息を吐きながらペットボトルをサイドボードに置くと、
「起こすぞ」
布団の中の山縣の背中に手を回し、ゆっくりと上半身を起こさせる。
掌に触れる山縣の小さな背中はじっとりと汗に濡れ、驚くほど熱かった。
「かたじけない、馬場殿……」
「……ぁ、いや。気にするな、山縣。困ったときはお互い様だ」
掌の熱に持っていかれていた意識を気合で引き戻し、わたしはペットボトルを山縣の口元へと持っていく。
「さぁ、飲めるか?」
「むッ、子供ではないのだ、これくらい自分で……ッ」
「いいから、ほれ」
なおも何か言おうとする山縣の口にストローを寄せると、一瞬の間があったものの大人しくそれを含み、こくりこくりと飲みはじめた。
――なんだか、雛に餌を与える親鳥の気分だ。
そんな考えが頭をよぎり、自然と口元が緩む。
「ぷは。生き返りましたッ」
ストローから口を話した山縣がこちらを見上げて、ニカッと笑う。
その濡れた唇に引き寄せられそうになりながら、わたしは空いた手をぽんと山縣の頭の上に乗せた。
「これに懲りたら、あまり風呂上がりに薄着でうろつくものではないぞ?」
――目の毒なのでな。
という本音を飲み込みながら、そのままわしわしと頭を撫ぜる。
熱のせいかいつもより体温が高くて、まるで赤子の頭を撫でているようだ。
「だって、暑かったのですッ」
「だからといって、そのままソファでうたた寝なぞするからこんなことになるのだ」
「ぁぅ……」
そんな可愛い抗弁をぴしゃりと退けると、山縣は小さく萎れてしまう。
「ふふっ。わかればよいのだ」
このままでは自分が何をしでかすかわからないなと思ったわたしは、最後にくしゃりとひと撫でして立ち上がり、
「ぁ……ッ」
「どれ、林檎でも剥いてやるから、今しばらく大人しく横になっておれ」
わたしの手が離れたあたりを名残惜しそうに両手で押さえている山縣を敢えて見ないふりをして、もう一度キッチンへと向かった。
「待たせたの……っと?」
食べやすいように小さめに剥いた林檎を皿に載せて寝室へ戻ると、山縣はすぅすぅと寝息を立てていた。
待ちきれずに眠ってしまったようだが、その寝息は随分と穏やかになっているようである。
「……山縣?」
小さく呼びかけてみるが、答えはない。
「林檎が剥けたぞ……昌」
やはり、答えはない。
わたしは林檎を一切れつまむと、それをそっと山縣の唇に押し当てた。
「ん……」
冷たかったのか、少し開いた唇から小さな声が上がる。
が、すぐにまた寝息のリズムへと戻っていった。
「……わたしが、食べてしまうぞ?」
林檎を離してからも、わたしの目はしばらくは山縣のその小さな唇から引き剥がせないままでいたが、
「それが出来れば、苦労しておらんわな」
と意気地のない自分に対する自嘲の呟きとともに小さく息を吐き、 つまんでいた林檎をシャクリと齧った。
それはとても甘くて、ほんの少し酸っぱかった。
「馬場殿ッ! 完全復活しましたぞッ!」
翌朝、山縣はすっかりいつもの元気を取り戻していた。
「それはよかっ……っくし!」
「わわッ、もしやうつしてしまいましたかッ?」
慌てる山縣の問いに、心当たりしかないわたしは思わず口ごもる。
「これは、しっかと看病せねばですッ!」
そう言った山縣の屈託のない笑顔に「これは熱が上がりそうだ」と思いながら――、
わたしは、大人しく看病される覚悟を決めるのだった。
〈了〉