ダウン症児中絶②羊水検査編
2024/3/9 土曜日(15週1日/4か月)
夫と産婦人科に行きました。
先生の診察で、「NIPTの結果が出るまでの一連の流れを自分の口で説明してください」と言われて説明をしました。
なぜ検査をしようと思ったんですか?と聞かれたりしてその時はなんだかバツが悪くて「みんなやってるから…」とか心にもないことを言っていました。
あまりにも受け止めきれていなくて、先生の質問にも変なことを口走っていたと思います。
21トリソミーがどういうものなのかという説明を受けた後に、羊水検査をするかしないかを尋ねられ、夫と共に羊水検査をすると答えました。
私の頭の中では「もし中絶できる週数の22週を越えてしまったらどうしよう」と焦りでいっぱいでした。
何回もタイムリミットの4月25日までを数えていました。
以前から染色体異常については調べたり、勤務先の患者さんがそうだったりしていたので知っていることを何度も説明されてイライラしていたりもしました。
けれど、また説明されることで知らない情報もあるかもしれない。気持ちが急いてわかってはいても不満が募っていました。
早く確定させて欲しい。
もし陽性なら取り返しがつかなくなる前に中絶したい。
悲しみよりも何とかして欲しい気持ちでいっぱいでした。
羊水検査の日程は先生の都合もあって2週間後の25日に決まりました。
羊水検査自体にも流産や感染症のリスクがあり、その確率は21トリソミーの発現よりも高いので、検査をやるかやらないかにもこの小さな命が賭けられていました。
羊水検査はFISH法とG-band法の2種類で検査をして、結果が出るまでFISH法が5-7日、G-band法が2-3週間かかるとのことでした。
FISH法でだいたい90%確定し、その後に出るG-band法が確定診断として使用されます。
FISH法の結果については、検査をしてくれた先生から電話連絡で中間報告をするとのことでした。
余談ではありますが、そのあと義実家にお邪魔してNIPT検査で21トリソミー陽性だった話をしました。
お義父さんやお義母さんと意見が合わなかったらやだなぁとか思ってたけど、否定されることもなく「もしそうだったら生んでからが大変だよ」と言ってくれて、私たちの育てられないかもしれないという意見に寄り添ってもらえました。
本当にありがたかったです。
2024/3/25 月曜日(17週3日/5ヶ月)
羊水検査の日。
検査のために病棟の処置室へ。
採血何の項目やるんですか?って聞いたら血算とCRPだよって看護師さんに教えてもらいました。
感染してたら侵襲検査ができないから、感染の数値であるCRPが正常値の0.01と言われて安心しました。
このころ胎動がわかるようなわからないような時期でした。初産なのもありますが、お腹のガスが動く感じと胎動の区別が全然つかなくて今のはガス?胎動?かな?と毎回疑問に思っていました。
処置台に乗ってずっと処置の手順を眺めていました。
イソジンで腹部を広範囲消毒、術野に滅菌の穴の空いた布を被せて、プローブの滅菌用の袋(プローブの先端にはもちろんジェルつけてから)被せて、清潔野は生理食塩水がエコーのジェル代わり。
エコーでお腹の子の位置を確認しておへその横あたりから穿刺。
1回で羊水が引けなくて「ん?引けないなぁ。もう一本」と言われてスッと針を抜かれ、そんな簡単に諦めるんだ!?と驚きました。探るとお腹の子に当たってしまうかもしれないし、感染の原因になるかもしれないもんね。
2回目もおへその横あたりから刺され、今度は羊水が引けてきました。穿刺中にお腹の子が足をバタバタしていて、私がハラハラ。
どうかお腹の子が無事でありますように…。
検体は無事に採れて、とりあえず安心。
また余談ですが、マスクすぐ下ろすDr.なので流石に清潔操作の時はよろしくないだろと思って、マスクしてくださいって言ったら「苦しくてね」って私の職場の患者さんみたいなことを言っておられました。笑
それから私の前では何らかの処置の時はマスクをつけてくださるようになりました。
あと、羊水検査は入院して行う施設もあるようですね。
私は日帰り入院でもなく、外来で行いました。
羊水穿刺後は数時間の安静ののちに返されました。
安静にしててねと言われながら実家に帰り、その日はじっと座って過ごしました。
2024/3/26 火曜日(17週4日/5ヶ月)
夫がコロナに罹患しました。
羊水検査をした翌日で安静を言い渡されて仕事も休んだけれど、私が実家に帰らないと隔離することは不可能でした。
雨と風が強い中、スーツケースを抱えながら実家に避難しました。
羊水検査の痕は笑うと痛かったり、お腹に力を入れると痛んだりしました。
2024/3/29 金曜日(18週0日/5ヶ月)
せっかく実家にいるので普通の妊婦健診に行きました。
通っている産婦人科は実家の近くにあり、私たちの今の住まいからは電車で行かないといけないので前の日の夜に予約をねじ込みました。
院長の枠しか空いていないので、別に診察だけなら誰でも良いやと思い、予約を入れたのが間違いでした。
院長が私のカルテを見て何かの検査結果を開いているんです。
しかもそんなに拡大しなくてもいいだろう、というくらい結果の部分を拡大して、2分くらい何も言わずに院長がずっと画面を見ているんです。
私からも画面は見えるので当然見ます。
すると21という数字の下に3って書いてあるんです。
院長が見ているのはFISH法の結果なんだろうということは予測がつきました。
そして院長が診察を始めたのですがテンションが低い、というか口調が暗い。
確信を得たんです。FISH法の結果は望む結果ではなかったんだな、と。
検査をした医師から電話で結果を伝えるとは言われていましたが結果が出ている以上、電話をかけてくる日にちは今日か明日なんだろうと思いました。
具体的にいつなのかな、と不安を抱えながら「いつ結果の電話が来ますか?」と院長に聞きました。
すると院長は
「答える必要がありますか?何が聞きたいんですか?」と言い放ちました。
結果が出ている日と医師が電話を出かけてくる日には日数差がありますからそのことを説明しました。そもそも結果は出ている(さっき見たし)ので、次に検査説明をする医師が出勤してくるのはいつなのかということを聞きたかったんです。
院長からは
「まだ結果は出ていないですよね?だとしたら何日後に結果が出るかもわからないなら仮定の話じゃないですか。その話をすることに意味があるんですか?」と言われました。
非常に不快でした。
あれだけ患者の目の前で結果を見ていて、結果が出ていないとのたまうなど患者を愚弄しています。
そのため、私は「もういいです」と会話を切ろうとしましたが医師はしきりに「何が聞きたいんですか?これ以上お話しする必要がありますか?」としつこく追ってくるのです。
正直、気持ち悪かった。
私は「もういいです」と繰り返して診察室を出ました。
流石にバカにしてますよね、患者は検査の結果の見方がわからないからって検査結果を画面いっぱいに表示して見せつけているようにしか感じませんでした。
配慮が微塵もない。ステージⅣのガンの告知も同じようにやるのか?貴様は。
以下、その時の怒りの日記。
2024/3/30 土曜日(18週1日/5ヶ月)
翌日。昨日の妊婦健診でのことを10歳上の同僚に愚痴りました。
愚痴っている間に「本当に私の子は染色体異常なんだろうな」という不安が押し寄せてきてしまい、仕事中にボロ泣きしてしまいました。
その同僚の子供(2歳)はFISH法で陽性で、G-band法で陰性だったそうです。そういう例もあるから、まだ希望は捨てないで、と慰めてもらいました。
私の涙が落ち着いた頃、仕事中に産婦人科から電話がかかってきました。FISH法の結果が出た報告でした。
検査をした医師が「あまり良くない報告です」と電話口で告げたとき、私は「だろうなと思いました。昨日検診した医師が結果を見ていましたから、結果はわかってましたよ」とつい怒り口調で言ってしまいました。先生は悪くないのに。悪いのは院長なのに。
「4/8に最終的な結果が出ていたら、お話しします。そうでなくても、その日に今後のことを考えましょう」
先生が予約をとってくれて、4/8は夫とふたりで受診することになりました。
ダウン症の確率が上がって来たことに、落ち込むと同時に「NIPTをやってよかったな」とも思いました。
危惧していたことが起きてしまったのは悲しいけど、やはり染色体異常の心配をしていてよかった。
ダウン症は母体の問題だから…。
夫には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
2024/3/31 日曜日(18週2日/5ヶ月)
夫のコロナの隔離期間が明けるにはまだ一晩早かったのですが、夫と話をするために家に帰ってきました。
夫も職場に4/8の受診日の休みを確認してくれていて、事情説明する時にうまく言葉にできなくて涙したと言っていました。
夫は「ちゃんと生まれてくるまでは愛そうね」って言ってくれて。
私は怒りと悲しみで少し自暴自棄になって、今まで気をつけていた重たいものを持たないとかそういう些細なお腹の子への気遣いをやめてしまった日もありました。
夫から諌められて、お腹の子には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
わたしは「生まれてからも心臓が止まっても、夫くんとの子供をどんな子だって愛さないことないんだよ」って言いたかったけど。
なかなか言葉に詰まってしまうし「お腹の子のことを愛してるんだよ」ってことを伝えたくても涙が止まらなくなってしまいました。
夫から「名前、決めてあげる?」って聞いてくれたけどまだ気持ちの整理がついてなくて、そこまで考えられなかった。
夫が妊娠前に冗談でつけた名前だけど。
儚くなってしまうかもしれない命に、無垢な魂に、これほど合う名前はないだろうから。
2人で決めた名前でお腹にたくさん話しかけて、たくさん泣きました。
こんな結果になってしまったからって、嫌いになったり憎んだりする時はひとときもなかったよ。
私たちのもとに来てくれて本当に良かった。
2024/4/8 月曜日(19週3日/5ヶ月)
夫とともに受診の日。
G-band法の結果が出ていました。
21トリソミーの陽性の診断。
「妊娠中断で、いいんですね」と念を押すように先生から言われて「はい」の一言を返事するのに喉がつかえてしまう。
覚悟は決めていたけど。
夫が涙するのを見ると、とても悲しいし申し訳ない。
夫は本当にお腹の子のことをすごく愛してくれている。
わたしよりお腹の子への愛情が強いかもしれないと思うくらい。
お腹の子と同じくらい私のことも愛してくれていて、いつもとてもとても愛されてるなと感じていました。
私にも、お腹の子にも愛おしそうに笑ってくれる顔が大好きなのに。その顔を歪めてしまうことがとても辛かった。
「最後に赤ちゃんをエコーで見ましょうか。辛かったら見なくて大丈夫だから」
夫もエコーで見たいとの希望で2人でお腹の子の様子を見ることに。エコーの動画も保存してもらいました。
「うん、元気に育ってますね」と先生に言われて、エコーで見る時間が終わってしまうのも寂しくて。
夫と2人で泣きながらエコーを見終えました。
「よければ明日から入院しましょう。処置のために2日、出産に1日、その次の日に退院という形で」
明日から入院。
上司にもラインして、職場のお母さん的存在の方にもラインしました。
母とは夕食を一緒に食べて。
いろんな人が優しい言葉をかけてくれました。
私はいろんな人に愛されてるな、と。
お腹の子も、まだ生まれてきてないのに、誰かのために生きているわけでも何かをしたわけでもないのに、生まれる前からいろんな人に愛されている。
そして、初めての出産は、怖いなと思った。
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