もらい過ぎた年金は返す必要があるか?過払い年金の返納 ー過払い年金解説その1ー
年金機構から「年金を多く払い過ぎていました、返して下さい」というお手紙がきました。どうしたらよいでしょうか?
このような人、実はたくさんいるんです。
~この道20年の年金のプロ、社労士デスクSが徹底解説します~
基本はやはり返納しなければいけません。しかし、返す必要のないケースもあります。知らないと損をする、年金法令の考え方とは?
死亡者の過払い年金を遺族が返納する必要は、基本的にありません。その理由、法的根拠を説明します。
目次
1:年金のしくみ
①加入について ー国民年金と厚生年金ー
②受給について ー老齢・障害・遺族ー
2:年金の過払いとは
3:返納する義務
4:返納しなくてよいケース
①死亡後に過払いだったと判明
②内払調整
5:なぜ、返納しなくてよいのか?
6:それでも年金機構から催促される
7:言われるままに返納してしまった過払い年金、取り戻せるのか?
1 年金のしくみ
年金制度は複雑で、混乱してしまいますね。当記事の目的は過払い年金の解説です。この解説の前に必要となる年金制度の説明を、ごく簡単にします。大まかな説明のため、厳密には当てはまらない記述もあります。あくまでも基本的な事としてお読みください。
①年金の加入について
<国民年金>
日本に住民票があれば、20歳~60歳は全員「国民年金」に加入しなければいけません。
国民年金には”種別”があります。
1号:自営業者 (保険料は定額で、自分で納付するか、免除制度を利用)
2号:会社員など厚生年金加入者 (厚生年金保険料として給料から天引き)
3号:2号被保険者に扶養されている配偶者 (保険料負担なし)
<厚生年金>
会社員等、法人に使用される人は厚生年金に加入します。20歳未満でも条件を満たせば加入しなければいけません。70歳まで加入です。保険料は給料の額に比例します。
②年金の受給
年金の種類は大きく3つに分かれます。老齢年金・遺族年金・障害年金です。
老齢年金でいえば、法令で規定された年齢(65歳)を迎え、10年以上の保険料納付という条件を満たせば「年金受給権」は発生します。
遺族・障害でも同様で、法令で規定された状態(一定の条件を満たす遺族となった、障害の状態となったなど)になれば受給権は発生します。しかし、何もしなくて勝手に年金が振り込まれる、という事はありません。
条件を満たした人が年金を請求し、国が受給権のある事を確認し、年金額が確定され、振込が開始されます。この確認決定の事を「裁定(さいてい)」と言います。
年金の額は、これまで納付してきた保険料に比例します。一般に厚生年金の方が多くもらえる、というのはその分多く保険料を納めてきたからです。
2 年金の過払いとは
一度決定され、振り込まれている年金ですが、実は金額が間違っていて多く貰いすぎている事があります。
「年金機構がしっかり確認して決定したはずなのだから、このまま受給していいよね」とはなりません。
やはり、法令に基づく正しい年金額に変更しなければなりません。
年金が過払いになる原因は多種多様です。
・一度年金額が決定された後に、被保険者の記録が間違っていた事が判明し た
・必要な届出が提出されていなかった
・審査や入力の段階でミスしていた
請求者側のミスなのか、行政側のミスなのか、かつて年金記録問題がありましたが、多くは「年金の未払い」が判明するケースです。しかし、中には「年金の過払い」となる場合もあるのです。
配偶者加給金の過払いなど、わかり易く解説された記事がありますので紹介します。
「年金力養成講座・みんなのねんきん」より
3 返納する義務
「国が勝手に間違って払ったんだ、返せと言われても困る」、「もうこの年金額で生活設計をしている、減らされた上に返納までもとめるのか」
このように思われる方も多いのではないでしょうか?
結論から言いますと、どんな理由であれ、間違って受け取っていたものは返さないといけません。
何十年も多く年金をもらいすぎていた、という場合もありますが、返す必要のあるのは直近5年間の部分のみです。
直近の5年分のみ、といえど何十万、中には百万円を超える場合もあります。一括で返納するのは難しい場合は分割での返納など相談に応じてもらえる場合があります。
裁判所の判決例 -平成16年9月7日東京高裁- <平成16(行コ)180>
原因はどうあれ、かけた保険料に見合った正しい年金を受給するのが、「公平」であり、過払いは返納するのが「公共の福祉」である、というのが判例の考えです。
当初決定されていが年金額が誤っていて、この処分を取り消すわけなので、「法律の根拠なく受け取っていた」、という事になります。
そうなると、民法上の不当利得による返納金債務が発生する事になるのです。
~不当利得の返還義務は現存利益の限度となるため(民法703条)、受給した年金は全て使ってしまった場合は返さなくてよい?~
一般論として、ギャンブル等の浪費であれば現存利益なし、生活費に充てた場合は現存利益あり、と見られます。
一概には言えませんが、この理由で債務を逃れる事は極めて困難であると言わざるを得ないでしょう。
4 返納しなくてよいケース
ケース① 死亡後に過払いだった事が判明した場合
ご遺族の方が、遺族年金の請求をされ、審査の段階で判明する事があります。
ご遺族の方が、死亡者の年金過払い分を返納する必要はありません。
ケース② 年金の受け取りの一部を返済に充てていた人が死亡した場合
返納の方法は、現金による一括もしくは分割の納付、または受け取る年金の一部を返済に充てる方法があります。“内払調整”と言いますが、受け取る前に年金から差し引かれてしまう、という事です。
そういった方が死亡した場合には、遺族は残っている過払い年金を引きついで支払う必要はありません。
5 なぜ、返納しなくてよいのか?
年金というのは「一身専属権」です。一身専属権というのは、受給者本人のみの権利であり、相続しない、という事です。
年金を受けていた人が死亡した場合、もらっていた年金額を相続人がそのまま引き続き受け取れる、という事にはなりません。
年金を受け取る権利は死亡時点で消滅するのです。権利が無い以上、相続のしようがありません。
では、年金を受け取る権利は消滅したのだから、過払い年金を返還する義務も同時に消滅するのでは?と思われるでしょう。
残念ながら、前章3:返納する義務 で述べた通り、返納する義務は、民法上の不当利得債務です。民法の原則によって、債務は全て相続対象になります。
ではなぜ、ケース①とケース②は返還の義務はないのでしょうか?
ケース①:死亡後に過払いだった事が判明した場合
ー死亡者に対する行政処分はできないー
間違っていた裁定処分を取り消して、正しい裁定をする行為は行政処分です。死亡の時点で受給権は”消滅”しています、消滅しているものを取消したり変更する事はできません。死亡した人に、「これだけ払い過ぎていたから返せ!」 とは言えませんよね。
平成23年 3月 10日 の社会保険審査会で「相続人が当然にそれを負うことにはならない」とはっきり結論はでています。社会保険審査会とは、社会保険の行政処分に対する不服申立を審査する機関です。社会保険審査会で下された決定は裁判の判例と同様に、厚生労働省および年金機構の事務処理を拘束します。
社会保険審査会の裁決については 【過払い年金解説その2 4章 社会保険審査会の判断】 参照
ケース②:年金の受け取りの一部を返済に充てていた人が死亡した場合
厚生年金法には「内払調整」という規定があります。
内払調整とは、国が間違って払ってしまった年金は、今後支払う年金の内払いとみなす事ができる、という規定です。
つまり、内払調整の事務処理を行うという事は、「間違って支払った年金も有効な給付であったとみなし、先払いをした事にします。」「先払いをしたのだから、今後支払う年金は当然その分減額になります。」という事です。
内払調整については、【過払い解説その3 3章 返納方法は2種類】参照
ケース②とは、「年金の一部を返済に充てて」ではなく、「年金の先払いを受けていた人が死亡」が正しい表現なのです。
有効な年金給付だったのだから、返納する必要はありません。
ケース①、ケース②とも、返納金債務が発生しない、当然相続もしない。
これが返納する必要が無い理由です。
6 それでも年金機構から催促される
さて、ここまで読んでこられた方は、ケース①とケース②は返納する必要がない事は理解いただけた事でしょう、そして年金機構からも請求は来ない、思われるでしょう。
しかし、ケース①とケース②についても年金機構から遺族に返納の請求が来るのです。
年金機構は何を根拠に返納の請求をしているか?については
ケース①は 【過払い年金解説その2 5章 なぜ、年金機構は取立するのか】
ケース②は 【過払い年金解説その3 6章 発想の違いでこの間違いが起きた】
を参照ください。
7 言われるがままに返納しいてしまった過払い年金、取り戻せるのか?
残念ながら、一般の方がいくら申し立てを行っても間違って返納した年金を取り戻す事は出来ないでしょう。
年金機構は適法と判断した上で取り立てを行っています。民法規定が根拠の債権債務なので、社会保険労務士にはどうする事も出来ません。
「返納年金の取り戻し」が出来るかどうかは、司法による判断しかありません。
訴訟または、訴訟を前提とした交渉ができる、法律の専門家に依頼するしか方法はありません。
法令の円滑な実施に寄与し、国民の利益のために、社労士デスクSは社会的使命を果たします。過払い年金解説シリーズ、ご期待下さい。
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