死亡後に判明した年金過払い, 遺族が返納する必要があるのか? ー過払い年金解説その2ー
死亡後に判明した過払い年金は、遺族が返納する必要は一切ありません。なぜそう言い切れるのか?この道20年、年金のプロが法的根拠を徹底解説します。
目次
1:過払い年金は返納
2:死亡者の過払い年金は遺族が返納?
3:公定力
4:社会保険審査会
5:なぜ、年金機構は取立するのか
6:審査請求できないのか
7:専門家からのアドバイス
1:過払い年金は返納
さて、少し前にテレビをにぎわせた、山口県阿武町の「コロナ給付金誤送金」問題ですが、ミスの原因は何だったのでしょう?
人為的であったにせよ、組織として業務の進め方に問題があった事に間違いないでしょう。
人であれ、組織であれ、ミスは付き物です。反省を生かして改善していくしかありません。
行政側のミスは別として、返すべきものは返さないといけません。そこを「返さない」という突拍子のない事をしたから“大炎上”しましたね。
年金についても同じように、行政のミスにより過払いとなってしまう事があります。
年金の支給を開始される方は年間万単位でいます。ミスはしてほしくはありませんが、件数が件数だけに、どうしてもミスはでてしまいます。
年金機構も、ミスの原因を追究し、システムの構築や改修を行って減らす努力はしています。
しかし、どうしても単なる入力ミス、審査ミスは起こってしまうものです。
年金の場合も間違って受け取っていた事が判明した場合、返さないといけません。
行政のミスの責任追及は別問題として、やはり法的根拠なく受け取っていたわけですから、民法上の不当利得となりまして、返納の義務が発生します。
過払い年金の返納義務については 【過払い年金解説その1】 参照
2:死亡者の過払い年金は遺族が返納?
年金法(国民年金法・厚生年金法)上、死亡者の過払い年金を遺族が返納しなければいけないという規定はありません。
遺族に返納義務が生じるのは、債務を相続した場合です。過払い年金の返納義務の法的根拠は民法上の不当利得の返納義務です。
相続する訳なので、当然、死亡前に返納金債務が有効に成立している事が条件となります。
年金機構から過払い年金の返納催促を受けた後(債権成立後)に死亡した、現金で分割納付の最中に死亡した、このような場合は遺族が債務を相続します。
では、死亡後に過払いが判明した場合に遺族が返納する必要があるのか?です。
前述のとおり、年金法上そのような義務は規定されていません。死亡前に返納金債務が有効に成立していたか?が争点になります。
国が返納金債権を発生させるには、誤った裁定を取り消す処分を行う必要があります。
しかし、死亡者に対して、誤っていた年金の裁定を取り消す処分は出来ません。
行政法の考えでは、行政処分には4つの要件「公権力・法的効果があること・国民の権利義務に関わること・法的効果が個別具体的であること」があります。
すでに死亡している者に対してはこの要件を満たす事が出来ないので、行政処分は出来ません。行ったとしても「当然に無効」となります。
行政法の難しい話をしなくても、死んだ人に「あなたの年金は間違って多く払いすぎていました、返してください」と言っても無意味ですよね。
3:公定力
公定力という言葉をご存じでしょうか?
判例上の考えで、公定力とは「行政行為が重大かつ明白な違法である場合を除き、その行為が間違っていたとしても適法に取り除かれない限り効力を持つ事」です。
当初の誤った裁定も行政行為のため、取り消されるまでは有効です。
なので、この段階で「年金を間違って多く払っているので返してください」と言うことはできないのです。
あくまで、前裁定を取り消す、再裁定という行政処分を行う事が、返納金債権を発生させる条件なのです。
判例においても明らかです。
平成16年9月7日東京高裁- <平成16(行コ)180>
死亡した者には行政処分を行えず、誤った金額での裁定を取り消す事が出来ません。よって、国は返納金債権を発生させる事が出来ないのです。
年金法には未支給年金の規定があります。過払いが判明したら、その分未支給年金が減る、もしくは貰えなくなる、という事になるだけです。
返納までする必要はありません。
なお、死亡者に対する裁定取消の処分は重大かつ明白な違法なので当然に無効、公定力は働きません。
4:社会保険審査会の判断
平成23年 3月 10日 の社会保険審査会で「相続人が当然にそれを負うことにはならない」とはっきり結論はでています。
社会保険審査会とは、社会保険の行政処分に対する不服申立を審査する機関です。社会保険審査会で下された決定は裁判の判例と同様に、厚生労働省および年金機構の事務処理を拘束します。
平成23年3月10日の社会保険審査会の裁決
この事案は、死亡者の妻が遺族年金の請求をしたところ、死亡者の被保険者記録に重複があったことが判明、年金機構は死亡者の裁定処分を取消し、妻宛てに過払い分の請求をおこなったもの。
裁決要旨を読めば一目瞭然ですね、債務自体が発生しないのです。
「死亡後に行われた本件取消処分により発生するものと解するほかなく」、とあります。
つまり、取消処分を行う以外に債務が発生する事はあり得ない、という事です。
「取消処分を行わなくても、死亡前に債務が発生していたのだから、相続人が払う義務がある」と読み取る人はいますか?
死亡前に返納金債務が有効に発生していたか?が争点になると述べましたが、争う余地もなく、債務は発生していないのです。
死亡の時点では年金額が誤っていたかは判明しておらず、正しい年金の見込み額さえ算出できません。
5:なぜ、年金機構は取立するのか
年金機構は、「金額は不明だが返納金債権は存在する」と言っている事になりますが、なぜこのような解釈をしているのか?
債権はいつ発生しているのか?正式な見解は示されていません。事実をもとに突き詰めていきます。
債権の発生日として考えられる日時
死亡前に債権は発生していた、と考えないといけないので、誤った裁定により支給した時点で、もうすでに債権が発生していた、と考える以外ありません。
年金の振込日は偶数月の15日です。2か月分(前月分と前々月分)が振り込まれます。振り込んだ、その瞬間に返納金債権が発生している、という事になります。
債権が発生すると、消滅時効の進行が開始すると考えなくてはいけません。一回の振込ごとに、独立した返納金債権が発生している、という事になります。振込日ベースで次々と返納金債権が発生している、という考え方です。
振込日ベースで発生した債権が、5年経過すると時効により次々と回収できなくなる、逆に言うと5年たっていなければ全て回収できる、という発想になります。
誤りが判明した時が、受給者が生存中であろうが、死亡した後であろうが、5年以内であれば全て回収できる、という考え方に辿り着きます。
返納金の算出については、再裁定の時点から直近5年分です。根拠は新しく裁定し直した年金を受け取る事ができるのが直近5年だからです。
返納額の説明については 過払い年金3 【2章 過払い年金の返納額】参照
再裁定の時点から直近5年分の誤った年金総額から、正しく計算し直した5年分の年金総額の差額、これが返納額です。5年分の総額ベースで考えます。
一度の振込が基準の振込日ベースと再裁定が基準の総額ベース、理論の上では、基本的に同額です。
年金機構は「振込日ベース」で処理を行っている事は明らかです。
公表された資料を探しました。
令和2年10月20日に会計検査院が行った是正勧告の文書です。
「返納金の取立が出来ていない、きっちり回収しなさい」という内容です。
是正文書の中に、返納金債権に対する考えが示されています。
この文章では完全に、再裁定が基準の総額ベースで事務処理を行っているように読み取れます。
年金機構が行っている事と、会計検査院が作成した文書とで、返納金債権の考え方が異なっている事になります。
さて、この事実をどのように理解すればよいのでしょうか?
私が疑問に思っていた事は、再裁定や裁定取消処分なしで返納金債権の取立を行っている違法を、会計検査院がなぜ見抜けなかったのか?です。
会計検査院の監査に対しては、「再裁定が基準の総額ベース」と説明し、実際には「振込日ベース」で行っている、こう考えざるを得ないでしょう。
エリート集団である会計検査院にとって、こんなに簡単な事に気づかないはずがありません。
おわかり頂けたでしょうか?
年金機構が、死亡後に判明した過払い年金を、遺族から取立をしている(ケース①)理由です。
返納金債権が振込日ごとに発生している、という発想が原因です。
おまけの説明ですが、厚生年金法第40条の2
偽りその他不正の手段により保険給付を受けた者があるときは、実施機関は、受給額に相当する金額の全部又は一部をその者から徴収することができる。
不正受給に関しては、年金法に返納金債権の規定があります。
「偽りその他不正の手段」ですから、故意による不正な申請・届出もれ等です。
重大かつ明白な違法ですから、公定力は働きません。裁定取消処分なしでも返納金債権は発生していると考える事ができます。
死亡後に判明し、遺族から取立するという解釈は成立します。
死亡後に生活保護の不正受給が発覚したら、生活保護法に基づき、遺族が返還請求を受けます。年金の不正受給も同様に考えてよいでしょう。
誤った行政処分の取消が条件である、民法上の不当利得返還請求権とは債権の発生原因が異なります。
6:審査請求できないのか?
前章4で、社会保険審査会において、結論は出ています。
年金機構から取立を受けた遺族の方は、同じように審査請求すればいいのでは?と思われるでしょう。
よく見てみると、「行政処分は無効で、そもそも審査請求の対象外」として「却下」されているのです。
一般的に、社会保険審査会で「棄却」される事は年金機構にとって勝利で「容認」が敗北です。「却下」については、勝敗はどちらとも言えません。
社会保険審査会の裁決では、わざわざ「返納の義務はなし」と言及して申立者を救済しています。「審査の対象外だ、返納義務の有無は裁判所に聞いて下さい」とは言っていません。
驚いたことに、年金機構は「再裁定の通知を送らなければ、取立してもいい」という解釈をしているのです。
みなさんはこれを聞いて、どのような感想をお持ちですか?
年金機構は違法性を認識しながらも、誤りを認めたくない為に従前の事務処理を強行している、と考えざるを得ません。
専門外なのではっきりと言えませんが、これは詐欺罪に当てはまらないのでしょうか?完全なる犯罪行為だと思っているのは私だけでしょうか?
さて、審査の対象外として却下されたので、同様の案件については審査請求が出来ない、という事になります。申立てしても受理されないでしょう。司法による判断でしか遺族は救済されません。
7:専門家からのアドバイス
死亡後に判明した過払い年金を取立し徴収する事は、法律の根拠のない、不当な利得です。
納得がいかなければ、厚労省に対して不当利得返還の訴訟を起こす、という事になります。
おそらく皆様には、国に対して返還訴訟を起こす、という発想は全く無かった事でしょう。
ここまでお読み頂いた後はどうでしょうか?それでも訴訟は突拍子のない事だと思いますか?
消費者金融の過払い利息返還請求のように、過払い年金違法取立の返還請求も“当たり前”だと思いませんか?
裁判なので100%はありません。費用と労力もかかります。しかし、残念ながらこの方法しかありません。言われるがままに返納してしまった遺族の方へ、私としてはアドバイスをさせて頂く以外は出来ません。
補足のアドバイスです。
過払い年金解説その1 で過払い年金を返納する必要性について説明しました。
【過払い年金解説その1 3章 返納する義務】参照
司法により、「公平」「公共の福祉」というキーワードが示されました。
たまたま生存中に判明した場合は返納義務が発生し、死亡後に判明したら返さなくてよい、これは不公平ではないか?という疑問が生じます。
両者とも取立し回収するのが「公共の福祉」だ、と思われるかもしれません。
果たしてそうでしょうか?
死亡後に判明したのが年金の未払いだったら、相続人は受け取る事はできません。過払いの場合のみ返納義務が生じる、こちらの方が“不公平”ではないでしょうか。
遺族から取立する事こそ“公共の福祉”に反するのです。
遺族に返納義務が無い理由、ご理解いただけたでしょうか?理論、法的根拠、実に単純な事なのです。
先に、年金機構は違法性を認識していると述べました。悪意のある不当利得なので利息も含めて返還しなければいけません(民法704条)。返還請求するときは、利息を含めて請求しましょう。
前章5において、会計検査院から勧告を受けた事を説明しました。
「年金過払い4300万円、時効で回収不能に」とニュースにもなりました。
多くの人は、年金機構がいい加減な仕事をしている、と思われたでしょう。
勧告文書に登場する小倉北年金事務所の事案は、まさに死亡後判明で遺族からの取立です。
ここまでお読み頂いた皆様はお分かりでしょう。
私が思うに、年金事務所は違法性に気づき、あえて“さぼって”いるのではないか…
年金事務所の職員は優秀な人が多いです。窓口ではしっかりと対応してくれます。
さぼる事は、マイナス評価につながります。叱責されますが、クビになるほどではありません。年金事務所は、自らを犠牲にし、誰にも気づかれることなく、世のために尽くしているのではないでしょうか・・・
組織の人間は業務命令には逆らえません、窓口担当者への苦情は控えましょう。
ご不明点は社労士デスクSにお問い合わせください。
初回相談は無料です。
実際に返納されたご遺族の方はお急ぎください。取り戻すのにも時効があります。