見出し画像

「行方不明展」と「ものがたり」と「失われた記憶」

三越前駅から地上に出ると、すぐ横に人の列があった。

一度に会場に5組もいれば盛況だろうと思っていた私からすると、朝のラッシュ並みに集客していた本展示だった。
あとから知ったが、いろいろとバズってしまっていたらしい。

そんな「行方不明展」のことを書いていきたい。


概要と私の背景

「行方不明展」は企画にホラー作家の梨や株式会社闇を揃えた、「行方不明」を題材とした展示企画である。

なお、当企画はフィクションであり、登場する行方不明者(存在していないという意味では登場していないとも言える)を探す必要はない。

公式サイト


私(筆者)は怪奇創作サイト「SCP財団」で梨氏を知り(『カンテサンス』が非常に好み。まだQはQと見える)読み漁り、その後「オモコロ」の記事へたどり着き(『璃々菓 本名』が好み。そんな記事はない)読み漁っている。

あるときLINE NEWSで本展示の開催を知り、梨氏が手掛けるとのことでチケットを取った。

本記事執筆時点まで、「行方不明展」に関わる情報を公式サイトの他に検索していないため、盛大に情報の誤りや解釈の違いがある可能性を含むこと、
また上記に書いたような背景の筆者の感想であることを留意いただきたい。


展示の内容(記憶を頼りに)


入場待ち合いの壁

冒頭に軽く触れたのだが、ひどく人が多く、展示を十全に触れられたとは言えない。事実、一部の音の展示は制限時間によって聞けなかった。それでも全体の展示を回ることはできた。

1階に「身元不明」「所在不明」地下1階に「出所不明」「真偽不明」の展示が広がっている。


個々の展示品について、いずれも完成度が高いものだと感じた。

「身元不明」の場所と待合スペースに貼られた行方不明ビラ(チラシ)はその汚し方や、手書きのビラにいたっては”頃”を”傾”と書き間違えたものがあるなど、細部も面白みがあった。
家庭になんらかの事情の有りそうなビラは、その独特の孤立感を醸し出している。
ペットボトルに詰められた吸い殻、買い替えを重ねてうず高く積まれた携帯電話。

本来なら、ある程度の順路に沿って行くべきだろうが、残念ながら人の多さに展示を回ることもままならず、先んじて地下1階へ進んだ。

地下、「出所不明」では、一家の子供だけが懐かしさを主張する香水、小学生〜中学生くらいの子が電車で異界へ向かう動画、”あのときは怖気づいた、もう一度”となにかを願うメモ、兄が行方不明になったことをある程度自然に受け止めかつ戻ってきてくれないかと聞く手紙、展示の中で一番の詳細な文字で埋め尽くされた葉書、そして確認できる「行方不明」はすべて失敗
だと主張するVHSの映像。

「真偽不明」では誰かの匂いがするという枕、散歩中に異界へ行って戻ってきた映像はあるが散歩の記憶がないというもの、見た誰もがどこかで行ったことのある気になる何枚かの写真、自分が誰かわからないという人の自分の情報を探す行方不明ビラ、手紙が展示されていたはずだがなにもないスペース、壁に挟まるように配置された熊のぬいぐるみ。

少々時間をおいて再度地上へ。
「身元不明」の奥で一度目は見れなかったものとして、興味深いのは、娘を探している母親が娘のことを忘れ始めているかのようなビラだった。

「所在不明」ではこっくりさんのウィジャボードや、異界へ行く方法としてエレベータの特定階を行き来する動画、老婆が飾っていた”家族写真”と主張する風景しか写っていない写真、壁に向けられているのにどこかの風景が映る双眼鏡、大学に貼り出された見たことのある風景の画像。

また、会場内の隅などには少し前の時間帯の入場チケットが半券を切られていない状態で置かれていたり、集合写真、ゲームボーイに「誰の?」と書かれたメモなど、キャプションのない展示と思われるものがいくつか見られた。


感情というか考察というか

正直に言って、満足度は 2.7 / 5.0 くらいだった。

内容でも触れたが展示品の完成度は高く、遊び心もある。
野ざらしで風化した物品の質感、感情を反映させた手書き文字の不揃いさ。
おそらくは時間ごとに変えているだろうキャプションのない配置物など。
物理的な展示品のクオリティには不満はない。

つまり、展示全体の物語、魅せ方に問題があったように思う。

私は展示全体に大きなストーリー、もしくは個別の複数のストーリーが流れていると期待してこの展示に来ていた。

「身元不明」を見終えたタイミングで、なるほど前提を共有されたいわば”導入”を終えたと感じた。

そして地下で「出所不明」を終え、どうやらこの展示では残された側、我々のいる”基底世界”と行方不明者の行く”異界”があるようだと思った。

「真偽不明」での散歩の映像でそれは確かとなったが、見終えたときに、はて、と首を傾げた。「まだ世界観の共有しかされていない気がする」と。
「所在不明」を終えてもそれは残っていた。

私の想像していた展示は、
個別の展示品同士に小さなつながりがあり、1階で見たあれは地下のこの展示の人かもしれない、くらいの物語が展示中にあるのではないかと期待していた。
だが、どちらかといえば今回は展示品ごとが単発の物語で、展示と展示の間につながりを読み取れなかった。

例えば娘を忘れ始めている親のビラ。
娘の情報は消えかかっているが、他の展示として母親に向けた手紙やメモがあったり、LINEのようなものでサーバーに溜まったアカウントの情報など、展示同士で補完できると考えていたが、そうではなかった。

また、これは事故的かもしれないが、人の多さでキャプションが満足に読めず、展示物の文脈を読み取ることが困難だった。
今回の展示が、(乱暴だが)見るだけで済む絵画や映画のようなものであればいいが、背景情報も含めて展示を読み取りたい側からするとこれは致命的とも言えた。
ただボロボロになった枕が展示されていても、その情報がキャプションから得られなければ、鑑賞者は枕の意味がわからない。
入場者限定でかまわないからキャプションを配布してほしかった。

展示同士のつながりはまったく明示的であることを望んでなどいない。氏名のカナ表記の一致、あだ名の一致、日時の一致、それらは展示中の冒頭と最後に判明しても構わない。小説とは違い体験なのだから、記憶のハードルは低くなるはずだ。

だが、本展示ではつながりはなく、各展示品が独立している。
同一の世界観を共有こそしているのだが、展示品から得られる情報とこちらが組み合わせられる情報がなく、つながらない。
つながらないのならと、個別に深ぼろうとすれば、キャプションを読むのだが、2,3行のフレーバーテキストのようなものだけでは限界があった。

大きな物語のない、まるでアイデア出しの段階で止まっているかのようだった。
こういうアイテムが出てくる、ということがわかっても、物語はない。あるのだとしても、キャプション以上のことを語ろうとしていないため、読み取れない。
未来から来たロボット、という情報と未来の道具を使う、の2つだけで『ドラえもん』を想像できるか、ということだ。少なくともタケコプターが出てくることはないだろう。

私は本展示に「参加」しに行ったのではなく「鑑賞」しに行ったのである。
提供される設定やフレーバーからある程度の物語を想像するのは良しとしても、その本文すら創作するのを望んではいなかった。
タケコプターのような発想を見たかったが、ドラえもんの存在の仄めかしに尽きていた。
展示品やWebサイトのデザインが良くあっただけに、展示そのものが持つ物語性の浅さがこちらの期待まで届かなかったのはなんとも悲しい。
物語すら行方不明になったとでも言うのだろうか。


と、つらつら文句を並べてもしょうがないので、あそこで起きている事象を考察、検討したい。


世界には”基底世界”と”異界”がある。
”基底世界”以外に”基底世界”と似通った世界があるのかは不明。もしそれを示唆するなら平成35年のような”基底世界”に存在しない事実の展示があって然るべき。

”異界”がどのような世界であるかはわからない。行方不明として”基底世界”で見つかるものは失敗だというVHSを信じれば、真の”異界”の情報は”基底世界”で見つかっていないはず。

”異界”に行った行方不明者は”基底世界”で情報が失われていく。娘を忘れた母親、覚えのない子供のおもちゃなど。
待ち合いのビラが多いのも、演出的な数もあるだろうが、個々に記憶されないことを示していると見てもいい。
SCP的に言えばだんだん強くなる反ミーム性を持ち始めるようなもの。

行方不明者、としたが、物品や記憶がそこに行くこともある。あるいは記憶が”基底世界”に流れ着くこともあるのだろう。誰もが見た記憶のある風景、というのはそれの証左と言えそうだ。


私の想像する、あの世界に広がる”異界”は、きっと時間が止まっている。
そこにたどり着いた後、おおよそ一週間ほどかけて、意識を保ったまま、時間が止まる。自身は透明で、周囲は真っ白か、あるいは”基底世界”そのもの。後者であれば”基底世界”が進んでいくのを、あたかも地縛霊のようにただ眺めているしかない。
行方不明のビラを、暖簾をくぐるようにすると、もしかしたらそこに着くのかもしれない。彼らが世界を眺めている最後の場所が、忘れ去られ、いなくなってしまっても、多くには無関係だ。眺めていたときにすら、その文言と顔を覚えていないのだ。
なにを忘れたのかすら思い出せない。その様を”異界”から眺めるものたちが、幸福でありますように。


おき

いいなと思ったら応援しよう!

おき
興味をもって読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは、今後の活動資金とさせていただきます。