システムをシフトするためのデザインとは
間をおかずに出されたもう一つの報告書
英国デザインカウンシルは2021年に『Beyond Zero:システミックデザインアプローチ』(こちらの記事でも紹介しています。)を発表し、システム思考とデザイン思考を融合させ、関係的視点から統合的にアプローチするための方法を示した。そして、間をおかずにもうひとつの報告書を発表した。それが今回紹介する『System-shifting design: An emerging practice exploerd(システム・シフティングデザイン:出現しつつある実践の探求) 』である。
これら二つの報告書が矢継ぎ早に出された背景には、二酸化炭素削減の定量目標である「ネットゼロ(二酸化炭素の排出量と削減量が同等である状態)」を達成するだけでは、社会技術的要件が複雑に絡み合う地球環境問題に対して根本的な解決には至らないというデザインカウンシルの認識がある。哲学者のオルフェミ・O・タイウォが指摘するところの「気候の植民地主義」に代表される社会的文化的な構造問題についての意識や、生物多様性といった観点をも含んだ、新たな価値観に基づいた持続可能な生活をいかに創り出すかが問われている。そのためには、システム移行を加速させるデザインアプローチが必要とされているのである。
「システムを意識したデザイン」と「システムを移行するためのデザイン」
そうした背景を共有しながらも、前後してほぼ同時期に発表されたこのふたつの報告書が強調する点は異なる。『システミックデザインアプローチ』では、多様な要素が相互連環するシステムを扱うための枠組として、システミックデザインフレームワーク(ダブルダイヤモンドの改訂版)が示された。自らがシステムの一部であることを意識しつつ、複雑なシステムを分析し、デザイン実践を体現することができるのか、そのための具体的なフレームをデザイナーにもノン・デザイナーにも分かりやすく整えることに注力している。
一方、『システム・シフティングデザイン』では「現状では機能しなくなったシステムをより深いレベルでつくりかえることができるか」に着目している。これは、システムを意識した分析や提案をするだけのシステム・コンシャス(システムを意識した)なデザインで満足するのではなく、より「移行(シフト)」に意識的であり、「システムをシフトさせる(システム・シフティングデザイン)」デザインにデザイナーが取り組むべきだというメッセージである。サステナブルで公正な世界の実現を推進するために、デザイナーは「システムをシフトさせる」アプローチを通じてもっと⼤きな役割を果たすことができるのだ。
歴史的にもこれまで「移行」はゆっくりと進行してきた。古いシステムの中に新しいものが生まれ、ハイブリッドされながら変化していく。しかし、時間をかけて移行することを待っていられない現状で、「意図的な移行をどのように指揮(オーケストレーション)していけばよいのか」が喫緊の課題である。報告書では、その明確な方法は示されてはいないが、そうした移行を公平な方法で加速させるデザイン態度の必要性とそのための要件が強調されている。
現行のデザインアプローチがもつ課題
本来的にデザインはシステムシフトに有効な想像力、認識力、創造力、動員力などといった提案性を持つが、これまでのデザインアプローチの中には、参考にならないものがあると指摘する。それが「ユーザー中心主義」「リスク回避」「問題解決主義」である。
ユーザー中⼼主義は、人間重視になりがちで、デザインしたものが労働者や地球環境に与える影響への配慮を⽋く可能性がある。
リスク回避を主眼としたプロトタイピングは、コントロールと確実性を求める経営理論に適合しており、既存のパラダイムでの前提を検証するに留まり、深い変容に向かうには不⼗分である。
課題解決にフォーカスすると、解決がプロセスの終わりになってしまう。対象となるシステムが動的であれば、「完了した解決」はあり得ない。
こうしたデザインアプローチは、システムをシフトさせるデザインを実践する上で障害となる可能性がある。また、現状のデザインコミッション(委託)を取り巻く課題の根底には、利益第⼀主義や短期志向を招く経済観や構造があることも併せて指摘している。
更に、「システム・シフティングデザイン」の中核にもなる「システム思考」や、その実践として重要な「デザイン思考」についても、落とし穴があると指摘する。
そのひとつとして、「システム思考」の落とし穴は「コントロール幻想」があることが挙げられる。社会システムは複雑で動的で予測できず、複数のレベルでつながっているため、本来、コントロールできるものではない。例えば、この点に関してダン・ヒル(デザイン・ディレクター / メルボルン大学)の次のような言葉が引用されている。
また、「デザイン思考」の⼀般的な概念は、最近では、主に⻄洋の近代主義的、合理主義的な伝統に由来するものとして批判の対象となっている。デザインを存在論的に捉えているデザイン理論家や実務家のコミュニティも増えている。したがって、デザインの世界観と実践は、現在の⽩⼈、⻄洋⼈、⼈間中⼼主義の出発点を超えて、より多元的であるべきだと主張している。次世代システムのデザインについての理解が深まるにつれ、多様な伝統をよりよく反映したデザイン思考の側⾯が重要になってくると指摘する。
では、システムシフトに必要なアプローチはどういったものだろうか。いかにシステムが複雑であったとしても、変化に大きな影響を与えるレバレッジポイントから介入することは可能だ。そこから新しいシステム構築を促すこともできる。したがって、システムのためのデザインとは、システムの境界線の認識方法を問い直すことであり、デザインの対象となるのは、
システムの「部分」とその相互作用の方法
システムがなんのためにあるのかという仮定や信念に与えるナラティブ
社会的実践を形成するルーティン
異なる関係性を可能にする構造、権限、リソース
異なるシステム活動を促進するフレームワークの条件
などが挙がる。
「システムをシフトさせるデザイン」その特徴や原則
『システム・シフティングデザイン』は、一年半をかけてデザイナーたちの声を複数回に分けて聴き、出現しつつある「システムをシフトさせるデザイン」の事例から、5つの共通する特徴をまとめている。その特徴とは、
システムの深層構造へ働きかける。
システムの3つのレベル(マクロ、メゾ、ミクロ)に働きかけ、変化を促す。
ミクロのレベルで、システムを変える「モノ」をデザインしてつくる。(システムの目的、力、関係、資源のフローのシフトを促進する)
システム移⾏を⽀援する活動へ投資する。
単⼀の解決策ではなく、補完的に動く解決策を複数つくる。
である。システム思考が重視している深い構造やレバレッジポイントへの働きかけや、複数の側⾯からの介⼊が実践されていることが分かる。
さらに、システム移行を実現するためにデザイナーが仕事をするうえで大切にしている原則として、
異なる認識方法から始めること
相互依存の認識と立場から始めること
中立的なファシリテーターではなく、革新的な視点を持ち自身の⽴ち位置を決めて臨むこと
現場で実践しながらデザインすること
偶発的な出会いや相互協力を促進し集団力を養うこと
生成と創造が常に展開され続けること
⻑期的な時間軸で投資すること
変革を促す様々な分野と協働すること
スケールよりもシフトと深さを追求すること
などを挙げている。
上記を踏まえ、下記の図では「システム・コンシャス」と「システム・シフティング」を対比させ、デザインの対象やデザインの姿勢への更なる探求を促している。
システムシフトを支えるデザイン態度
出現しつつある事例の考察から、報告書では、これらのアプローチは、システム思考に基づいているが、システムイノベーション(変⾰)の実現のために、システム思考を超えて取り組んでいることを指摘している。つまりそれは、オルタナティブを実現しようという意図や深層からの再創造への取り組みであり、可能性を次々と出現させるような⽣成的なアプローチであり、新たなシステムを予⾒させることができるような場を組み⽴てることである。
具体的には、システム思考以外に、複雑性科学や⼈類学など多様な分野の知⾒を積極的に活⽤することがシステム変⾰には⽋かせないと主張している。その上で、現在主流のデザイン実践の特徴を整理し、システム移⾏を促進する将来のデザイン実践はどのような特徴を持つべきかを示している。それをまとめたのが下図である。
個別から集団・共有へ
・ユーザー中心から、コレクティブあるいはプラネット中心へ
・ファシリテーションから巻き込みへ
・直線的な変革の理論から新たな価値観の構築へアジャイル(短期的な改善)から根本からの変容へ
・目前のリサーチからオルタナティブの構想へ
・現行システムの改善から、共有される世界構想へ
・プロダクト(Minimum Viable Product)からパーパス( Minimum Viable Purpose)の表現へ問題解決から可能性の付与へ
・従うべき計画ではなく、そこからジャンプできる基礎をつくる
・借物の解決パターンではなく、使用者が再構築できる意図やロジックの蓄積と還元へ
・拡大より拡散へ
・早い者勝ちから遅い者勝ちへ静的な解決から動的な状態へ
・市場/文化に合わせるのではなく、市場/文化形成へ
・一枚でわかるビジネスモデルから物語の構築へ
・一つのものを改善するプロトタイピングから多くが生まれる種づくりへ
・組み合わせイノベーションではなく、システムを動かすうねりをつくる
システム思考を超えて
システムをシフトするデザインは、現代の複雑な課題群に対してアプローチするための必要不可欠な観点であるが、その実践的展開と普及はまだ緒についたばかりであると、アレックス・デシャンソンシノ(デザインカウンシル・チーフデザインオフィサー)も「システミックデザイン・シンポジウム」で述べている。この報告書は具体的なツールを示すというよりも、これまでのデザインアプローチに根本から疑問を投げ掛け、システムシフトに欠かすことのできないデザイン態度を示すものである。深層に働きかけるシステミックデザインを行なうことで、はじめてシステムは移行するのである。
英国デザインカウンシルは、デザイナーがシステムシフトにつながるシステミックデザインを実現できるようにするため、政策や法制度、調達制度などにも働きかけることを明らかにしている。デザイナーが⻑期的視野をもって仕事に取り組むことができる⻑期契約の実現や、経済的側⾯以外の評価体系の導入などに向けての取り組みが進むことが期待される。