コ・デザインとシステミックデザインをつなぐ:RSDアムステルダムに行ってきた!
2023年10月に世界中の13ヵ所以上の都市で開催された「RSD」。その中のひとつである「RSDアムステルダム」に、オランダ在住メンバーの筆者(岡橋毅)が参加してきたので、そこで実際に見てきたこと、考えたことを簡単に報告する。
「RSD」とは「Relating Systems Thinking and Design」の略で、システミックデザインをテーマにした実践家・研究者が集まるシンポジウムだ。Systemic Design Association (SDA)を母体に、「サービスシステム、社会システム、政策開発、複雑なコンテクストにおけるシステミックデザインの新たな実践と理論開発を促進・育成する」ことを目的としている。初回のシンポジウムは、2012年にデンマークのオスロで行われたそうだから、既に10年以上続いている。
このシンポジウムに参加しようと思ったきっかけは、シデクラブでお世話になった『システミックデザインの実践』の著者である、ピーター・ジョーンズとクリステル・ファン・アールの二人と知り合ったことだ。ピーターはSDAの発起人の一人であるし、ピーターとクリステルの出会いも数年前のRSDのシンポジウムだったそうだ。
テーマは「システミック-コ・デザイン」
「RSDアムステルダム」を主催するのは、Expertisenetwerk Systemisch Co-design (ESC)という、オランダの5つの大学が関わるネットワークだ。「コ・デザインプロジェクトにおける相互関連システムを理解し、課題の原因に対処するような介入をするための方法を共同で探求する」ために立ち上げられた組織だそうだ。このESCが主催するということもあり、RSDアムステルダムのテーマも「システムとして遭遇する社会的トランジションのためのコ・デザイン」だった。つまり、システミックデザインとコ・デザインを組み合わせることで、多様なステークホルダーを巻き込みながら複雑な問題の根本原因に対処する解決策を生み出せるのではないかという問いを中心に掲げている。
この「システミック-コ・デザイン」というキーワードに惹かれるものがあった。ACTANTでは、かねてからリビングラボの運営サポートをしたり、『コ・デザイン──デザインすることをみんなの手に』の著者である上平崇仁教授にパートナーとして協力いただくなど、システミックデザインとコ・デザインの両方に着目した活動を続けてきたからだ。そんな私たちの取り組みとの共鳴を感じたのも、RSDアムステルダムへの参加を決めた理由のひとつだった。
今回の「RSDアムステルダム」は、10月10日から12日の3日間にわたって開催された。初日と2日目に、それぞれ午前と午後にキーノートスピーチ(講演)とワークショップ(複数のものから選ぶ)が1セットずつ開かれ、2日で4セットの講演とワークショップを行き来するような形になっていた。3日目は希望者全員でアムステルダム近郊の自然保護地区に行って、リフレクションセッションを行った。会場は倉庫をリノベした施設で、コーヒーを飲みながら会話できるラウンジがあったり、多数のワークショップを同時に開催できるスペースがコンパクトに集まっていたりして、集中と雑談の行き来がとてもスムーズな、居心地の良い空間だった。
参加人数は70〜80名くらいで、コーヒータイムやワークショップの合間に、隣り合った人たちに話しかけてみると、やはり主催大学に属する先生たちが多い印象だった(肌感覚で半数くらい)。そんな先生方にとっても、システミックデザインは関心の高いテーマ。そもそも、国から多額の補助金が出ていることからも、社会的な期待の大きさが感じられる。残りの参加者層は、別の大学機関の研究者や大学院生、デザイン会社の人たち、フリーランスに近い働き方のリサーチャーやコンサルタント系の人たちなど。デザイン思考やシステム思考、サービスデザインなどが共通言語になっているような人たちがほとんどだった。
今回、個人的に勉強になり、かつ楽しかったのは、ワークショップのセッションだ。1時間半のプログラムが多数用意され、面白そうなものにその場で参加できる構成になっており、どれを選ぼうか迷うほどだった。いわゆる学術的な学会のような雰囲気が全くなく、さまざまなワークショップへの参加を通して、学んだり、知り合ったり、お互いに批評し合う、和気藹々とした雰囲気があった。本記事で紹介する他にどんなプログラムがあったのか、ご興味のある方は、以下のウェブサイトに公開されている情報をご覧いただきたい。
ワークショップ01:因果ループ図に量的な変化を加えるモデリングツール
では、ここから実際に参加した2つのワークショップを紹介していきたい。ひとつ目は「Using a Quali-Quantitative Modelling Tool to Explore Scenarios for More-Than-Sustainable Design(より持続可能なデザインに向けたシナリオを探るための定性-定量的モデリングツールを使おう)」で、システム思考でもシステミックデザインでもおなじみの「因果ループ図」に定量的モデリングを組み込もう、という試みだ。
因果ループ図は、システムの因果関係を俯瞰し、それぞれの関わり合いを可視化していくことで、どことどこに因果関係があり、どの原因に手を入れれば大きなシステムの変革をもたらしていけるかを考えるためのツールだ。
今回のワークショップでは「セカンドハンド衣服(古着)の販売」をテーマに取り上げ、以下の図のように因果関係を図式化していた。この因果ループは、ワークショップをリードしていた博士課程の学生であるボーンズさんが、先行研究を調べたり、関係者への聞き取り調査をしたりしながらつくり上げていったそうだ。
この因果ループを見るだけでも勉強になる。たとえば「セカンドハンドの衣服の売上」が伸びることでプラットフォームを使って売上を伸ばす「売り手」の人たちが儲かり、ますますセカンドハンドの衣服を出品するようになることで、「売り手」の人たちの「職業化」が進み、その人たちが新しい服を買う量が増える(少し着たあとで、セカンドハンドで売ればいいや、となる)なんてことは、こうして詳しく調査したり、因果ループ図にでも描いてみない限り、意識することができない。
「因果ループ図ってすごい」というところで終わっても良いくらいなのだが、このワークショップは、ループ図に定量データを重ねて可視化したり、複数のシナリオをモデリングできるようにして、そのさらに先を考えようとするものだ。
定量データが重要なのは、ここ最近の「脱炭素化」にしても「リサイクル」にしても、最終的に問われるのは「どのくらいの数値をはじき出したか」だからだ。複雑に入り組んだ因果関係を紐解きながら、さらに数値的な裏付けや変化を確認することができたら、確かに決断が下しやすくなる。サステナビリティに関する新たな取り組みを始める企業が「いずれグリーンウォッシュだと糾弾されるんじゃないか」とビクビクすることも少なくなりそうだ。
ワークショップの中でも、ある要素の数値を変化させると、どのようにシステム全体が変化していくのかを表すデモを見せてもらった。それぞれの要素を変化させながら、その度にモデルを動かすことで、どの要素に大きな変化を起こす可能性があるのかを検討することができる。ワークショップの参加者一同「これは面白い」と良い反応をしていた。
「因果ループという〈質的な〉関係性と要素ごとの数値という〈量的な〉数値の変化の両方を確認できるので、多様な専門家や関係者が議論するためのベースとしてとても役立つ」というのがボーンズさんの主張だが、まさにそういう可能性があるなと感じた。もちろん、因果ループ図にしろ、それぞれの要素の数値にしろ、あくまでも「仮定的」に設定したものであり、現実を十全に表現できているわけではない。それでも、ここまでの精度で「可視化」と「数値化」をすることで、見えてくることは多く、将来的なアクションも検討しやすくなりそうだ。
ボーンズさんらのチームは、このモデルに適したソフトウェアを現在開発中だ。ワークショップ中もフリーズしてしまうなど、まだ完成には時間がかかりそうだったが、今後の動きにも注目していきたい。何かの事例で実験・実践できたら良いなとも思う。以下のボーンズさんによるYouTube動画で、このツールの基本的な考え方を学べるので、興味のある方は参照してみてほしい。
ワークショップ02:ブラインドスポットに気づくワーク
続いて、紹介する2つ目のワークショップは「Developing Reflexive Capacity for Blind Spots(ブラインドスポットに対するリフレクション能力を開発する)」だ。
ワークショップの前半は、「ブラインドスポット(盲点)」とは何かを例示する、企画者の二人による「語り」だった。一人はデザインの研究者で、「農業分野のリサーチをしていく中で気づいた自身の偏見」について、もう一人のロシアで長年活動していた社会起業家(活動家)は「自分の活動はより良い社会に向かっていると考えていた思い込み」について、それぞれ20分ぐらいで語ってくれた。特に、ロシアから引っ越してきた社会起業家の語りは、内容が重く、参加者の皆さんもじっくり聞き入っていた。
その後、自らが持つブラインドスポットを探索するためのツールが紹介され、後半は、ワークショップ参加者それぞれが自分でテーマを決めて書き込むワークの時間となった。
ツールは、A3サイズのシートになっていて、主に以下の4つの問いに答えながら、考えを書き出して思考を深めていく内容だった。
What does the voice of cynicism say?(自分の中のシニシズムの声は何と言っている?)
What does the voice of fear say?(自分の中の恐れの声は何と言っている?)
What does the voice of judgement say?(自分の中の決めつけの声は何と言っている?)
What does the voice of comfort say?(自分の中の心地よいと思う声は何と言っている?)
自分もあるテーマについて(秘密です)書き出してみたが、そのテーマに関して普段は考えないようなことを考えたり、異なる視点から考えられる時間となった。「システミックデザイナーは、こうしたワークを通じて、自らのブラインドスポットや思い込みに自覚的になることが大事だよ」というのがメインメッセージだ。
最終日:エクスカーションでの振り返り
最終日となる3日目は、アムステルダム郊外の自然保護地区にバスをチャーターして出かけていくエクスカーションで、参加者と交流しながら「振り返り」を行った。自然のゆったりとした雰囲気の中で、アクティビティを交えながら、2日間で「何を学んだのか」「何を感じたのか」「どんな気づきがあったのか」を話し合うプログラムだ。
私が参加したのは「ロングウォークセッション」と「リフレクティブ・ライティングセッション」の2つ。「ロングウォークセッション」では、5〜6名のメンバーとともに保護地区内を歩きまわり、ファシリテーター(1名)に促されながら、二人組になって話し合ったり、森の中や湖畔で立ち止まって全員で共有したりした。お題はあるのだけれど、二人組でお題から脱線したまま雑談し続けた時間もあった。
「リフレクティブライティング」は、4名のグループ(+ファシリテーター1名)で芝生の上に置かれた椅子に車座になって座り、今回学んだことをA4の紙に手書きで書き出し、それを読み上げる形で共有し、その後、再び他の人の話も聞いた上で気づいたこと、考えたことを書き出し、それを共有する、というシンプルなものだった。
難しいことは何もなく、ただ2日間の経験を、いつもとは違う環境(自然の中、雨も結構降っていた)、いつもとは違うやり方で振り返っただけだ。それでも、こうした機会があることで、自分の気づきも何倍にもなっていくような感覚があった。システミックデザインのプロセスの中でも、こういう時間をつくることがとても大事なのかもしれない、そう思えるような良い時間になった。
おわりに:実践的な学びを共有し合えるRSDというコミュニティ
今回紹介したワークショップの1つ目は、より俯瞰的にシステムを分析し、議論するためのツールで、2つ目は、より自己の心理や思い込みを内省し振り返るためのツールだった。
「システム」というと、前者の俯瞰的な視点で物事を見ることだと思ってしまいがちだが、システムを分析する自分自身の考え方や性質について批判的に検討することも、同じぐらい重要なことだ。システミックデザインを実践するには、常に「俯瞰」と「内観」の双方の視点を持って、それぞれの視点を行き来することが大事なんだ、ということを再確認するようなシンポジウムだった。
学術も、教育も、ビジネスも、どれにも関わりしろがあり、実践的な学びを重視しているRSDの雰囲気がすっかり気に入ってしまった。多様な専門性やバックグラウンドを持つ人々が一緒になってワークに取り組み、議論をして、それぞれの仕事や興味を話し合う、批評し合うことができる。システミックデザインに関心のある人たちが集まり、教育や社会の中でもっと活用されるようにしていくには、このくらいのオープンさがちょうど良いように感じた。
2024年の「RSD13」は、多拠点開催から1都市での開催に戻り、ノルウェーのオスロで開催されるそうだ。次回のテーマは「Rivers of Conversations」。領域を超えたデザイン、ケアとウェルビーイング、サステナブルとリジェネラティブの実現、失敗と学びと希望、などのサブテーマ(支流)が構想にあがっているそうだ。「RSDについてもっと知りたい!」という方は、上記のウェブサイトに過去のシンポジウムやワークショップについての情報にアクセスできるのでご覧いただきたい。
■ シデクラブ
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