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『システミックデザインの実践』の著者来日 : システミックデザイン FAQ

Systemic Design Clubでは、昨年末の発足以来、システミックデザインの研究・実践に取り組んでいます。『システミックデザインの実践』の著者であり、ツールキットの作成者であるクリステル・ファン・アール氏とピーター・ジョーンズ氏を招いたオンライントークイベントワークショップを開催し、創始者からシステミックデザインを直接教わることができましたが、いざ実践してみて初めて気づく疑問もあり、書籍ではカバーしきれないような実践的なノウハウについてあらためて質問したいと思うようになっていました。

そんな時、2024年4月にクリステル氏がプライベートで日本を観光されるということで、この来日のタイミングに合わせて今回のフォローアップ・ミーティングを開催しました。

今回の記事では、このフォローアップ・ミーティングでの学びを「システミックデザインの心構え」「システミックデザインツールの使い方」「デザインにおけるスピリチュアリティとは?」という3つのポイントに整理して共有します。システミックデザインの提唱者が今何を考えているのかを理解できる内容ですので、ぜひお役立てください。


システミックデザインの心構え

システミックデザインのツールの使い方を理解する前に、まずはその土台となる考え方を身につけることが重要です。プロジェクトの実践に際して意識しておくべき心構えや、クリステル氏がシステミックデザインに込めた思いについて質問しました。

システミックデザインでは多様なステークホルダーを巻き込むことを重視しますが、参加者が増えるということは、それだけ価値観の多様性も増すことになると思います。どうすれば異なる価値観を持つステークホルダーを同じプロジェクトに巻き込めるのでしょうか?

クリステル:プロジェクトを始める前に確認すべきなのは、「課題に取り組みたい」という切迫感(urgency)を全員が感じているかどうかです。あとはお金を出してくれるスポンサーも同じテーブルにいる(同じ問題を共有している)ことを確認しましょう。

ただ、これまで携わったプロジェクトにおいて、ステップ4の「理想の未来を描く」段階で、あるべき未来について合意できなかったことはありません。"How" が違うだけなのです。たとえば、平和を目指したいのはパレスチナもイスラエルも同じで、「市民を犠牲にしたい」などと考えているはずがありません。「みんな気候変動を解決したいと思っているけれど、誰のせいで気候変動が起きているかで言い争う」なども似たような状況です。大きな夢を掲げて一致することが大事で、バックキャスティングのように未来を描いてからどのように実現するかを考えます。

「デザイナーもシステムの一部である」という存在論的デザインのような考え方もありますが、システミックデザインにおけるデザイナーの態度はどうあるべきなのでしょうか?

クリステル:私は中立であろう(stay neutral)としています。つまり、システムの外にいようとするのです。簡単ではないのですが。私はその介入先のシステムの出身(当事者)ではないですし、何が正しい問いで何が正しい答えなのかを考えるためにマッサージ(手助け)したいのです。

そうでなければ、ステークホルダーやクライアントが後で「これは私から生まれたものではない」「やるように押しつけられた」と感じるでしょう。「『自分たち』が変えたい」という思いが大事で、「これが解決策だ。従いなさい」ではないのです。「自分たちでできる」という感覚が重要なのです。

そのためには、適切な対話をしていかなければなりません。それこそがシステミックデザイナーの役目です。見落としている視点があれば見つけなければならないのです。私自身は年を重ねて経験を積むにつれて、システムに介入しなくなってきました。彼ら自身でする方がパワフルなのだと気づいたのです。

「システムの外にいようとする」とはどういう意味でしょうか?

クリステル:システミックデザイナーは「中立であれ(stay neutral)」を倫理的な土台とするべきと信じています。たとえば、ヒトラーも本当に優れたシステミックデザイナーでした。システムシフティングが上手で、たった数年でドイツを大きく変えました。特にレトリックやナラティブの力のおかげでしょう。

ところで、今になってコロナが広まり始めた頃のスピーチを見返してみると、みんな戦争(war)のメタファーを使っていました。「見知らぬ敵(unknown enemy)」という警戒感を煽る言い方がされていましたが、今は「奇妙な訪問客(strange visitor)」といった感じですね。表現一つで向き合い方が変わります。ベルギーの政治家は移民を「癌」に例えますが、そうすると移民が「追い出す必要のある悪者」に思えてきますよね。

とにかく、クライアントにはどのような態度でシステムにアプローチするのかを正直に伝えるべきです。最初にマニフェストを一緒に書くのも良いでしょう。

システミックデザインで改善していきたいポイントはありますか?

クリステル:新しい考え方や生き方を根付かせる方法論を考えていきたいですね。たとえば、SDGsはまだ古い考え方に基づいています。今の資本主義の延長線上で考えていますし。スピリチュアリティに興味がある理由の一つもここにあります。

「新しい考え方や生き方を根付かせる」という部分は、英国デザインカウンシルが「システムシフティング」という言葉で「分析で終わらないこと」を強調していることとも共通すると思いますが、システミックデザインも同じような考え方ですか?

クリステル:システムシフティングとシステミックデザインは私にとっては同じに思えます。「システムチェンジング」(デルフト工科大学)や「トランジションデザイン」(カーネギーメロン大学)も同じ意味だと思っています。「システム思考は分析的だから、デザインの力で実行することが重要」と考えているのはどのデザインも同じですよね。これらのシステム思考を取り入れたデザインが従来のデザインと大きく違うことは確かだと思います。


システミックデザインツールの使い方

続いて、『システミックデザインの実践』で紹介されているツールについて、シデクラブの活動で実際に使ってみて抱いた疑問について質問しました。

アクターズマップ

『システミックデザインの実践』86,87ページ

「アクターズマップ」は、ステップ1「システムのフレーミングを行う」において、システムの参加者をマッピングして観察やインタビューを行うべきアクターを特定するために使うツールですが、なぜ参加者を分類するための評価軸は「権力」と「知識」の2軸なのでしょうか?

クリステル:「権力」と「知識」は、ステップ7「移行を促進する」で紹介している「ステークホルダー・モビライゼーション」からの引用です。ステークホルダー・モビライゼーションとは、ステークホルダーの特徴をマッピングして効果的な役割分担やチーム編成を行うためのツールですが、このツールで取り上げる6要素(権力、正当性、知識、柔軟性、関心、切迫感)から抜き出しています。他の要素もシステムを変える力はありますが、権力と知識が最も大きい力だと思います。プロジェクトの最初は、この2つを中心にリサーチするのがいいでしょう。

「知識」は何に関する知識を指しているのでしょうか?

クリステル:知識の内容はプロジェクトごとに異なりますし、何が知りたいのか・知るべきか次第です。マッピングをした後は「このアクターはこれを知っているからインタビューしよう」と、次にインタビューする人が決まっていきます。自分たちが誰にインタビューするのかを決めるのではなく、システム(マップ)が誰にインタビューすべきかを教えてくれるのです。

イテレーティブ・インクワイアリー

『システミックデザインの実践』78,79ページ

ステップ1「システムのフレーミングを行う」において、複雑な社会システムをミクロ、メゾ、エクソ、マクロレベルで階層化するために使うツール「イテレーティブ・インクワイアリー」は、問題状況を把握するためのリサーチに行ってからではないと描けないのではないかと思いました。このツールの使い方やコツを教えてください。

クリステル:「イテレーティブ・インクワイアリー」はピーターが得意なツールです。彼は大変気に入っていて、学生に教える時も使っているようです。医療(セルフケアから医療システム)や政治(市、国、世界など)など階層が明確なシステムを把握するのに役立つと思います。

ちなみに、階層ではなく時系列で分析したいのであれば、ステップ7の「アダプティブサイクル・ストラテジー」が使えるかもしれません。このツールでは、プロジェクトレベルやチームといったミクロレベルの変化が、組織や社会システムなどのメゾレベル、そして生態系や産業などのマクロレベルへと影響していく動的な構造を把握できるからです。

アダプティブサイクル・ストラテジー
入れ子構造のアダプティブサイクル

ストーリーループ・ダイヤグラム

『システミックデザインの実践』174,175ページ

ステップ3「システムを理解する」においてシステム内の因果関係やレバレッジ・ポイントをマッピングする「ストーリーループ・ダイヤグラム」について、以前のワークショップで触れていたインタビュー結果をKumuに移行してこのダイヤグラムを作成するプロセスを教えてください。

クリステル:Kumuは主にビジュアライゼーションとして使っていて、事前にmiroで情報整理することが多いです。まずはインタビュー内容をポストイットにまとめ、どれが変数かを整理します。次に、変数を定量的な表現に書き変えます。その後、大きな円にポストイットを(ランダムに)並べ、つながりのあるポストイットをつないでいきながらループを見つけます。なお、バイアスなくループを見つけてくれるKumuの機能を利用して分析することもあります。

ちなみに、システムマッピングはSystem Mapping Academyのツールキットが便利で、マッピングの方法を詳しく説明してくれています。

System Mapping Academyがファストファッションについてマッピングした例


デザインにおけるスピリチュアリティとは?

『システミックデザインの実践』には「超自然的で霊的な、内なる認識を得ることを重視する」と書かれていたり、前回のトークイベントやワークショップでも「Spirituality Design」について言及したりするなど、クリステル氏は、システミックデザインにおいてスピリチュアリティを重要視しているようです。この理由や今後の展望についても質問しました。

前回のワークショップで「Spirituality Designに興味がある」とおっしゃっていました。システミックデザインでスピリチュアリティを扱う必要性をあらためて教えてください。

クリステル:スピリチュアリティはあなたが外界とどう関係するか、どうすれば全体と一体に感じられるのかに大きく影響します。また、プロジェクトで最も難しいのは、人々が介入モデルへの準備ができていると感じることです。しかし、人は変化を恐れます。そのため、「私はこの介入モデルやプロジェクトの一部である」ということに気づいてもらう必要があります。

スピリチュアリティはロジカルに考えていくシステミックデザインと対立しそうですが、どうやって両者をつなぐのでしょうか?

クリステル:ロジカルの上にスピリチュアリティを置くべきと思います。というのも、スピリチュアリティはシステミックデザインの中の言葉では説明できないからです。私はスピリチュアリティの専門家ではありませんが、この方向を模索するべきだと感じています。そもそもシステミックデザインには、「システミックデザインを信じて、ことが起こるのを待つ」という一面もあります。

次のデザインが扱うのは「内なる自己のスピリチュアリティ(
inner-self spirituality)」だと思っています。ちなみに、ピーターもスピリチュアリティを推していて、「新しい本を書こう」と言っています。どのようなツールキットになるかは分かりませんし、次の本で具体的な方法論まで書くかどうか約束できませんが。とはいえ、スピリチュアリティをデザインで扱うのは時期尚早かもしれません。まずはシステミックデザインを伝えていかないと。

現時点では、内的経験(inner-experience)を理解するために心理学の視点と氷山モデルで個人の行動を観察して、その中でシステムを好循環させる要因とそれを妨げる要因を見ています。その後で、行動をどう変えるのかを考えます。ここにスピリチュアリティが関わっています。氷山モデルは人々の行動の裏にある個人の無意識や社会的構造を深掘りするツールなので、内的経験の理解に役立ちます。

ただし、学生に氷山モデルを使ってもらった時に、彼らがパニックになることもありました。事実を観察することには慣れていても、一部の人は自分がシステムと関わるということに気づくと怖くなったのでしょう。

こうした事例を踏まえて、以下の論文で提唱されている自律神経系の3つの状態を参照しながら、氷山モデルによって自分がどの段階にいるのかを理解した後に、どうすればパニックにならずにシステムと向き合えるようになるのかを考えています。

スピリチュアリティを扱ったり氷山モデルを参照したりするというお話から、システミックデザインでは人々の考え方・メンタルモデルを理解して変容させることが重要なのだと感じました。では、メンタルモデルの振り返りや対話、新しいメンタルモデルへの切り替えをどのタイミングで、どうやって促すのが良いのでしょうか? ループ図を用いた現状のシステム理解とメンタルモデルに関する対話をどのように関連づけると良いのでしょうか?

クリステル:氷山モデルはアイデア創出の時やインタビューの時などいつでも使えます。氷山モデルを通して理解できた感情的な要素やマインドセットをあらためてマップに反映させればいいでしょう。ただし、氷山モデルについて直接語ることは、やはり「沼にはまるような感覚」に陥らせてしまうことがあるので注意が必要です。私は氷山モデルをプロジェクトの中で使ったことはありませんが、私が教えている学生はプロジェクトの中で使っています。氷山モデルはクライアントへの納品物としても使えるでしょう。


振り返り・まとめ

システミックデザイナーの心構えからシステミックデザインのツールの具体的な使い方、そしてシステミックデザインの将来にいたるまで幅広いテーマについて質問することができました。特に「中立であれ(stay neutral)」というクリステル氏の経験に基づくアドバイスや、スピリチュアリティという言葉で表現されている人々の考え方を理解したり変容させたりする重要性と難しさが印象的でした。

フォローアップ・ミーティングの後は食事もご一緒し、さらに親睦を深めました。実際に会ってみると、クリステル氏のチャーミングなお人柄がより伝わってきました。『システミックデザインの実践』で紹介されていたパラドキシングカードもプレゼントしていただきました。