デザインの雑談05:ポートフォリオアプローチ
RYU:南部隆一
MASA:武山政直
TOMO:水内智英
ポートフォリオアプローチの可能性
RYU:さて、今日のテーマは「ポートフォリオアプローチ」。我々の間で最近盛り上がっているキーワードです。ヨーロッパを中心に、投資、都市政策、途上国開発といった領域で試されている手法で、UNDPアクセラレーターラボや、ACTANTのnoteでも何度か取り上げているダークマターラボ、そしてChora Designなどが中心となって推進しています。
TOMO:私がポートフォリオアプローチに興味を持った理由なんですが、システミックデザインで介入策を見出した後、どう実行するんだっけ?というモヤモヤがあったんですね。ポートフォリオアプローチを知ると、その後の工程がリアルになったというか、そういう意味でいろいろ調べてみました。
RYU:そこが肝ですよね。ポートフォリオアプローチは、いろんなレバレッジポイントが見つかった後に、どれか特定の介入策に工数や予算を集中させないで、複数の策を同時に小さく進める。そのあと、システムの反応を見ながらその後の介入を調整していくというアプローチです。システムマップを描いた後の工程で力を発揮する手法だと理解してもいいかもしれません。5ヵ年計画みたいなウォーターフォールな計画に従って動くのではなく、複雑な状況変化に合わせて素早く対応できる柔軟な進め方です。
TOMO:その中心となるのは、同様の課題に取り組む組織や関係者を相互に結びつけ、連携と相互学習を促進するという考え方のようです。「根本的な不確実性には根本的な協力が必要」というように、個別対処ではなく相互連携によってそれぞれが学習しながら複雑な課題をなんとかしていく感じです。ソーシャルイノベーションの文脈では言われていましたが、その方法論が整えられつつある感じがしますね。
MASA:UNDPのラボが積極的に推進していて、世界50ヵ国くらいの開発事業でこのアプローチを展開しているようです。システミックデザインを意識的に組み合わせた事例としては、以下のパキスタンのプラスチックゴミ対策のプロジェクトがわかりやすいと思います。
デザインエージェンシーや地元のステークホルダーと連携してプラスチック廃棄の現状を調査して、それを生み出している構造要因や前提認識をシステミックに分析しています。さらにゼロプラスチックの循環型社会への転換を目標に掲げて、システムシフトを促す実験のポートフォリオを導いています。ユニリーバの現地法人ともコラボレーションしているので、企業の役割も知ることができます。
RYU:企業の役割といえば、システミックデザインの話をしていると、いろんなところで「社会課題に対するデザインって企業にとってどう役に立つんですか?」「事業性と社会的な話ってどう両立すればいいの?」といった質問を受けます。ブランディングやサービスデザインと違って答えにくい。どう答えればいいのかなぁと悩んできました。
MASA:複雑な社会課題に取り組むデザインについて話をすると、企業の人からその質問は必ず出ますよね。
RYU:そうなんです。ポートフォリオアプローチの取り組みを見ていて、そこにヒントがあるんじゃないかと感じました。まず、デザイナー自身の働き方やデザインファームの仕事の進め方をシステミックにシフトしなきゃいけないんじゃないか、と思ったんです。
通常クライアントから依頼が来るときは、3ヵ月、四半期、半年ぐらいのスパンで予算がつくことが多くて、ひとつのアジェンダに対して、リサーチからコンセプトからアウトプットまでを遂行してプロジェクトが完了します。
ですが、システミックデザインのタイムスパンはもっと長いので、受注や課題設定の方法、評価方法も変わらなきゃいけない気がするんです。状況が変わったらすぐピボットしたり、一旦アウトプットしても継続的に改変していったりというような感じで。柔軟にプロジェクトを組成できれば、企業としてもシステミックデザイン的なアプローチでインパクトが出せるのではないか、と感じました。
MASA:一定期間でアウトプットを目指すプロジェクト型の発想から、継続を前提としたデザインの進め方にシフトしたほうがいいんじゃないかということですね。ただ、システミックデザインにしても、ポートフォリオアプローチにしても、現状は非営利の公的な取り組みが中心なので、どのような点でビジネスにとっても有効なのか、そのインパクトや可能性をもう少し明確にしていかないとアピールできない。
RYU:そうですよね。そのあたりはちゃんと話していきたいです。
で、もうひとつ考えているのは、非営利活動とも関連するのですが、事業の成長と社会的なインパクトを二項対立で考える必要はないんじゃないかということです。ある部分は営利活動を進めて、別の部分は自然環境のことを考慮に入れるというふうにバランスする発想ってないですかね?
真面目に考えると0か1になってしまって、一気に全部シフトしなければいけないと思ったり、一部できていない部分があると、それはダメだと全体も否定してしまうことがよくあります。でも、おそらく一気にすべてを変えるなんて無理なんです。だから、徐々に徐々に変えていく必要がある。「できることからやっていく」というマインドセットであれば、事業活動と矛盾せずに長期的なシステムシフトも受け入れられるようになるのでは、と感じています。
TOMO:今は営利事業を行う会社が社会課題を意識しなければならない時代でもありますよね。企業にとって、事業における利益の追求と社会貢献の両立を図るためにも、企業をクライアントとして相手にするデザイナーのあり方としても、ポートフォリオアプローチは参考になりそうです。
RYU:そうなんですよ。そういった課題感を持って、お二人に「このアプローチ、面白いですよ」と話したところ、もう少し深掘ってみようとなり、今日の雑談にあいなった、という流れですね。果たして日本という土壌に合うんでしょうか?というあたり、考えていきましょう。
部分解決から分散型解決へ?
TOMO:まずひとつめの課題感の方。デザイン事務所や、企業におけるデザインの仕事自体のやり方も変わっていかないと、システミックな状況に対処できないんじゃないかという観点は、イギリスのデザインカウンシルが発表したシステミックデザインアプローチに関するレポートでも指摘されています。これまでのデザインの仕事は、まずブリーフが渡されて、そこに規定された課題の解決を目指すことが定石でした。いわゆる受注と発注の関係のなかで、全体から見ればほんの一部の問題症状に対して答えを出すことが求められてきたのが一般的だと思います。
RYU:通常のいわゆる「クライアントワーク」や「デザインプロジェクト」ですね。
TOMO:でも、システミックな状況に取り組むときは、問題症状だけでなく根本原因となっているシステムの悪循環にアプローチする必要がありますよね。そうした意味で、これまでのデザイナーの部分解決を目指す仕事の仕方では限界があると思うんです。優れたデザイナーたちは、例えばアウトプットの「部分」を修正するプロセスによって企業をとりまく「システム全体」にその影響力を波及させようとしてきましたが、それも必ずしも効率的とは限りませんよね。
RYU:確かにそうですね。優秀なデザイナーさんたちは「システミック」という言葉を使わずとも、システム全体への視野の広さを持っていると思いますが、一点突破志向の部分解決であることには変わりがない。
TOMO:厄介な問題(Wicked Problem)と社会課題、企業の成長をどう関連させるかという文脈で、トランジションデザインを提唱しているテリー・アーウィンが、「デザインがこれまで請け負ってきた仕事は、企業の利益を上げるとか商品を売り上げるとか、そういう限定的な範囲で捉えていた場合には部分的で厄介な問題ではなかったが、社会的な課題がスコープに入るとそれらすべての問題は厄介な問題になる」と言っています。
例えば、「サーキュラー」と言った途端に、自社が出している商品は、どこから原料を取ってきて、それをどのように加工し、どのようにユーザーに届け、廃棄を含めてそれら一連の活動によって環境にどういう影響があるのかを把握しなければならなくなる。つまり非常に複雑性が増すわけです。その時点で、すべての事業活動はシステミックにならざるを得ない。
将来的には、今商業的な仕事をしているデザイナーであっても、システミックな考え方なしには、企業に求められている課題に対して対応できなくなっていくんじゃないかという気がします。それはとても自然な変化だと思うし、その状況に対処するためには、デザインの仕事のやり方にもポートフォリオアプローチのような観点や手法を取り入れていく必要があるかもしれません。
RYU:どんな商品もどんなサービスも、システミックデザイン的な視点で見たら明らかにWickedだということですね。単純にニーズに応えて課題解決していたけど、よくよく見れば周りにいろんな自然資源やら社会資本があって複雑に絡み合っていた。それを見ないでやってきたから様々な不具合が出ているだけであって、実はみんな厄介なネットワークの中にいたことに今更ながら気づいた。どう対処すればいいのか戸惑っているような感じはありますね。
TOMO:武山先生は、ポートフォリオアプローチをどう見ていますか?
MASA:デザインカウンシルのレポートでも強調されていますが、「システムコンシャスなデザイン」と「システムをシフトさせるデザイン」の違いが重要だと思っています。
社会や環境へのシステム的な影響を配慮して自社製品をデザインするという考え方や方法はすでにあったわけですが、今はシステムそのものを変えるという目的や活動に自社の製品や事業を位置づけることが期待されているわけです。でも、そうなると単発の製品やデザインでは太刀打ちできないし、自社の事業範囲だけじゃ難しい。なので、事業をポートフォリオとして打ち出して、他のステークホルダーと連携してシステミックに展開していく方法が必要になってきている、ということでしょうか。
エクスペリメントとラーニング
TOMO:UNDPがポートフォリオアプローチの方法論をまとめた以下のガイドブックでは、そういった方法を実行する際、部分的な「エクスペリメント」が大事だとされています。この指摘はいかにポートフォリオアプローチを活かしてデザインしていくか、という際に不可欠だと思います。
RYU:何かをカタチにして提示するデザインならではの強みかも。
TOMO:そう。社会システムの解析から導き出した介入策がうまくいくかどうかも不明瞭なのに、それらの複数の介入策の組み合わせで本当に意図的なトランジションが起こせるのかというと、その確率はかなり低いなという印象があります。なので、ポートフォリオの完璧なコントロールというフレームワークを一旦は捨てないとうまくいかないのではないか。だから「エクスペリメント」だと言ってると思うんですね。
逆の見方をすると、デザインの独自性はエクスペリメントにしかないと僕は思っているので、エクスペリメントにこそ、ポートフォリオアプローチとデザインとの親和性があると思います。もちろん、その際にはエクスペリメントに関わる側の組織としてのデザイナーの役割と同時に、全体を支援して巨視的に見ていくという、タイプの異なる仕事の仕方も同時に求められるわけですが。
RYU:意図しない結果も受け入れながらとにかく一歩ずつ、かつ分散型で先に進むってことですね。
MASA:UNDPの取り組みも、はじめから明確に定まった方法やプロセスがあるわけじゃなくて、各地でいろんなプレイヤーがエクスペリメントとラーニングを繰り返しながら方法を育てていっているように見えます。共通のメソッドを当てはめるとか、特定のデザインエージェンシーやイノベーションラボが地域を導くというよりも、各地域に根ざしたプレイヤーが実験からの学びを互いに共有して、ポートフォリオアプローチを継続的に充実させていく、ラーニングパートナーシップの体制があるわけです。そうした体制をどう築けるかということも重要な気がします。
TOMO:そういった課題感をUNDPの資料はあらわにしていますよね。武山先生が監修した『システミックデザインの実践』はシステム把握とプランニングのツールが重点的にまとめられていますが、それを補完するような感じがします。これまでのシステミックデザイン研究では、後半戦の具体的なプロジェクトの進め方についてのリアリティが伝わってこない部分がよくあって、ポートフォリオアプローチが面白いなと思うのは、試しては戻るように実践とプランニングのプロセスを行ったり来たりすることが強調されているところです。
RYU:システミックデザインで検討するツールのひとつに「アウトカムマップ」があります。介入策の目指す先のパーパスを描いてそれぞれの施策の意義をまとめるために使うものです。このマップを描くと関係者それぞれの意識や個別のネクストアクションの意義がひとつの社会価値の実現に向けて揃うので非常に合意形成がスムーズになるのですが、その後結局どうすればいいのっていう感覚が残っていました。
ポートフォリオアプローチというフェーズをつけ足すと、その部分がすごくクリアになる。アウトカムマップをポートフォリオに変換して、こことここに手を打っていこうみたいなことができる。アウトカムマップの中の小さい一つひとつのアクティビティは普通のデザインプロジェクトでいいわけですよ。そこを小さくぐるぐる実験的に回していけば、やがて全体がちょっとずつ変わっていくようなフローが見える気がします。
TOMO:その通りです。複数のアクションをポートフォリオとして構成した上で実行して、全員で戦略的に北極点を目指すというのがポートフォリオアプローチですが、南部さんのおっしゃるように、システミックデザインのプロセスの後半では、自動的にポートフォリオが出来上がるようになっています。つまり、システミックデザインとポートフォリオアプローチとは一連のものだと理解した方が自然です。
MASA:そういう意味では、システミックデザインは、マッピングと介入よりも、エクスペリメントとラーニングに軸足を置いた方が、意義が理解しやすい気がしています。通常、マッピングでシステムを理解して、その変革に向けて介入策が実験されて、その後でうまくいったか評価する、というリニアな流れで全体のプロセスをイメージしがちです。でも実験によってシステムが動くので、またマッピングが必要になる。むしろ実験することでシステムの性質や動き方がはじめて理解できる。そういう意味では、ステップやフェーズとして描かれている手続きを実験とラーニングを中心にしたダイナミックな全体として捉えるというか、もっと融合するイメージに持っていけるといいんじゃないかな。
TOMO:確かに。直線的に計画を立ててしまうと介入によるシステムの変化を把握できず、おそらく失敗しますよね。システムを相手にしてデザインが完全に意図通りにはいかないときに、プランニングのフェーズに戻すための具体的なツールがツールキットの中にないのが問題かもしれません。おそらく今後トライすべきは、どう実験して、どう修正して、再度実行に移すのかというあたりの方法論的なフレームワークやそれを支えるツールの整備なのだと思います。
RYU:なるほどなるほど。実験しつつ地図も書き換えながら不確実性の中を進むことって、非常にワクワクしますね。探検家みたい。探検家がずっとマップを書いてもしょうがないし。時間がかかるシステムシフトが探検の先にある目的だとすれば、実験とラーニングを促していくこと、完璧な完成品を生み出すのではなく、そのプロセスに楽しみを見出すことこそデザインの新しい役割だと言えるのかな。
TOMO:そう思います。いろんな表現がされていて「船を作りながら航海をする」という比喩や、「粘土を触るようにシステムの押し返す力を感じながら作る」という表現もされています。ただ、実験的に介入していくときに、システムの挙動の何に着目すべきかとか、どの時点で再度マップを描くべきかとか、その辺りの具体的なメソッド化を進める必要もあるでしょうね。
デザイン、ガバナンス、投資がつながる世界!?
MASA:ところで、最近のUNDPラボのブログ記事に、ポートフォリオアプローチのプロセスで、組織を超えたコラボレーションがどういう領域で活性化してるかということが語られていました。
ひとつが「①ポートフォリオのパイロット実験」、そして、そこへの「②インベスティング(投資)」、最後に「③モニタリング評価と学習」の3つです。パイロットを動かそうとするとファンディングが必要で、投資家をどう説得するかという話になり、そのときに実験効果をちゃんと評価して次なる実験につながないといけないという話ですが、それぞれに、これまでにない、様々なプレイヤーのシステミックな連携や分散型のガバナンスが試されているようです。
RYU:僕の狭小な視野だけかもしれないんですが、これまでデザイン思考やサービスデザインの話をするときに、ファンディングというテーマってあまりなかった気がします。スタートアップが資金調達のためにデザイン思考でアイデアを考えるみたいな話はありましたけど。でも最近、投資の世界でもシステミックインベスティングの話がでてきていて、システミックな視点が様々な領域で必要だとされているのは明らか。全部つながってきた。デザインと投資がシステム思考やポートフォリオアプローチでつながりつつあるようです。
TOMO:分散的に小さな活動が起こり続けるということは、そこに投下するリソースもうまく分散しないと継続性が生まれないですよね。
MASA:システミックインベスティングが面白いのは、個別の企業や施策じゃなくて、いろんなレバレッジポイントへの介入策の組み合わせに対して、複数の種類の資産を組み合わせて投資を行う方法だという点ですね。そうすることで、投資家にとっても、システムチェンジに向けたより大きなインパクトを期待できるわけです。投資の世界にポートフォリオの考え方は昔からありますが、これまでのリスク分散のためのポートフォリオと違って、システミックな組み合わせ効果がその狙いになっている点が新しい。実際の運用のための投資や連携の仕組みづくりは、まだ試行錯誤中という感じですが。
RYU:今探っているのは、冒頭でも触れたダークマターラボという組織のやり方なんですが、自分の組織で自前のポートフォリオを作って、協業先や出資先を見つけていく方法を取っているみたいなんです。そこで実験的なプロジェクトをぐるぐる回していく。デザインエージェンシーのクライアントワークとは異なるアウトプットが出てきているような気がするんです。
例えば、生物多様性やウェルビーイングみたいなドメインを設定して、各領域にパートナーをつけてデザインプロジェクトを進めるようなやり方が見えてくるというか。先ほど話した、クライアント型ではないシステミックな働き方、組織のあり方に通じるのかなというのが、僕の仮説です。
MASA:確かにプロジェクト単発でお金を取るんじゃなくて、いくつかの取り組みで相乗効果が期待できるようなポートフォリオをデザイン側から積極的に提案していく発想もあるかもしれないですね。
そういう意味でダークマターラボは、デザイン組織でもありますが、ポートフォリオ実験のマネジメントの方法から、システミック投資などの資金調達の新しい仕組みづくりまで広範囲に活動してます。
RYU:やはりデザイナーがそういった流れに積極的に入っていかなきゃいけないような気がします。というか入っていきたい。
MASA:UNDPの開発も、システミック投資も、そこにシステム思考や複雑系の発想がフレームワークとして入ってるので、それを共通言語にしてコミュニケーションすれば、デザイン会社、企業、投資家などが領域や立場を超えて連携しやすくなるかもしれません。
TOMO:ダークマターラボが政府や団体と一緒に、「インフラストラクチャーとしての街路樹(Tree as Infrastructure)」を仕掛けているのはわかりやすいアプローチです。それはやっぱりプロジェクトが多面的だからですよね。街路樹は治水にも健康にも生物多様性にも関係するので、いろんなところと一緒にやる必然性がある。これがシステミックデザインのひとつの特徴かもしれません。プロジェクトが単一のクライアントに依存しないというか、様々なクライアントと一緒にやることに意味がある。それは対象とするものが多面的だからできることです。改めて考えてみると、どんな対象であっても、一旦社会的な関心から見ると、多面的で様々なシステムと関わり合っていることは自然なことでもありますよね。
RYU:ダークマターラボの最近のプロジェクトはまさにインベストメントに関わることのようです。11月末にやろうとしているイベントではダークマターラボに話をして貰う予定なので、そのあたりの話も聞いてみたいです。
ボトムアップからの変容は可能か
MASA:気をつけなくてはいけないのは、たくさんのステークホルダーや異分野のプレイヤーの連携といった話をすると、つい大手のコンサル会社やデベロッパーが全体を束ねる大規模プロジェクトを想像しがちです。システミックデザインやポートフォリオアプローチをそういうトップダウン的なガバナンスアプローチと区別していく必要がありますね。
TOMO:「システムシフト」と言ったときに、いわゆる権力構造の内部から制度に変革を迫るような社会運動とは違って、個人の行動変容とか小さな実践が結果的に社会のシステムを変えていく感覚があります。これは必ずしも大手コンサル的なトップダウンのアプローチではないわけです。政府が方針を決めて上から法律を変えるのとは違うやり方なんですよね。
MASA:となると、どんな可能性がありそうでしょうか。
TOMO:介入策が個人の行動変容ベースになっているといってもいいでしょうか。CLA(Causal Layered Analysis)で言われるような、個人の自主的なデイリールーティーンの行動があって、それを支える社会的構造やシステムがあって、その下にそれを支える考え方である世界観がある。そういう構造で考えると、個人の変容と社会システムさらに世界観とは相互連関している。なので、個人の習慣にアクセスすることで社会システムや世界観をも変容させることができる、そういう理念に支えられているとも言えます。つまり、社会システムからトップダウンで個人のルーティーンを変容させることは難しく、個々人の行動と紐づけられなければならないというわけです。
RYU:あるいは、ドン・ノーマンが「漸進的モジュラーデザイン」と言っているのですが、あれはシステム理論から発想していて、小さくモジュールごとに分けて、組み替え可能な状態で大きなデザインを回していこうという話です。1歩1歩進みましょうって。
TOMO:ハーバート・サイモン的というか、システムは入れ替え可能なので、モジュールの入れ替えを考えようということですね。階層に分けて階層ごとにチャレンジしようと。
MASA:確かにモジュールの発想は、全体を考えずにローカルに、自律的に、パーツを入れ替えながら実験を進めやすくする点では効果的に見えますよね。でも、実際にどこまでそのように部分を全体から切り離して進められるんでしょう。そもそもモジュール同士を組み合わせる仕組みを標準化して、ブロックのようにシステムを構成するといったエンジニアリング的な発想なので、そのパラダイムで動かせる範囲を見定める必要がありそうな気がします。
TOMO:エツィオ・マンズィーニが東京に来ていたときにシステミックデザインについて話を聞いてみたんです。印象に残ってるのは、マンズィーニ自身は「システムを可視化することに意味がない」と言っていたことです。システムを完全に描くことはできないし、意味がないと。彼がやろうとしてきたことは、サブシステムを作り、それを主流のシステムに接続することなんです。
RYU:もしかすると、ポートフォリオアプローチの中で進む個別の介入プロジェクトがモジュールであり、サブシステムのように進行するのかも。
TOMO:サブシステムって、全体をコントロールする感覚があまりないのかもしれないですね。マンズィーニが「プロジェクト中心の民主主義」と言っているように、オルタナティブな活動が代表制民主主義にも波及し、現在の社会を規定している法律を変えていく、というような変容のあり方です。
MASA:システムやサブシステムの設定はフレーミングによっていかようにも変わるし、複雑系の考え方も踏まえると、部分か全体か、グローバルかローカルかといった二者択一ではなく、もう少し丁寧に考える必要があるように思います。またマッピングが全く無意味かというのも極論のような気がします。システムを正確に描けるのかといったことよりも、マッピングを通じてどんな対話や学びが触発されるのか、それによってステークホルダーの間にどんな新しい関係性が生み出されるかということが大事ですよね。
ポートフォリオアプローチの課題
RYU:ポートフォリオアプローチは、複雑な変化が加速する状況で、従来の「計画」という硬直した方法ではなく、柔軟な生態系のように変化対応するための新しい方法らしいぞ、ということはわかりました。そのとき、小さな実験、ラーニングの加速化が肝になってくるだろうということもクリアになりました。
TOMO:ポートフォリオアプローチで行うべきリテレーションのプロセス自体を捉えると、全体にデザインの反復的方法が必須になってきますね。この文脈で捉えるとシステミックデザインはResearch through Designの流れに位置付けることができると思います。なにか成果物をつくることで新たな気づきを得る、介入とリサーチが一体になったような考え方ですね。
RYU:そのゴールとしては、単一の「大規模介入」に賭けるリスクを軽減することにありそうです。でも、ポートフォリオを効果的に管理するために必要な組織能力とはどのようなものか?というあたりの具体的なイメージはまだ湧いていないんです。分散型のガバナンスという話も出ましたが、実際のところUNDPのような大きなプロジェクトにおいて、どのようにそれが実現可能なのか、いまいち掴みかねるところはありますよね。
MASA:システムをシフトさせる方向に向かってエクスペリメントとラーニングを続けることがポートフォリオアプローチの特徴で、それを促す上で、システミックデザインに期待が寄せられていると思います。ただ、継続的で探索的なシステムシフトの実践の中で、デザインやデザインファーム、そしてデザイナーが実際にどのような仕事や責任を担うのか、まだ見えないところがたくさんあります。先ほど水内さんがResearch through Designの話をされましたが、僕も今後のデザインにはラーニングのウェイトが一層高まっていくんじゃないかと思います。
RYU:可能性があることはわかりましたし、この方向なんだろうなと思いますが、まだ発展途上な感じなんですよね。方法論も学習して進化していっているような面白さもあります。分散型のガバナンスがどうなっていくのか、そのあたりが大事そうですね。
組織の構造を変えるというのは、普段僕たちがよく話しているように、システムの中に実は自分も入っていて、自己変容を伴った介入が必要だというところにつながりそうですね。
TOMO:次はそのあたりを話しましょう。