システミックデザイン必須ツール、アクターズマップをマスターしよう
Systemic Design Club Japanでは、『システミックデザインの実践』で紹介されている30のデザインツールを実際に使いながら、改善していくという活動をしています。今回の記事では、リサーチ結果をまとめる方法の一つである「アクターズマップ」を紹介します。また、使いづらい部分は改良も加えて、そのポイントも提案してみようと思います。
なお、アクターズマップは「ChatGPTでシステミックデザインをやってみる」という記事でも取り上げており、ChatGPTを活用してアクターズマップを描き始める方法を紹介しています。今回の記事で実践から得られた学びを通して再度取り上げることで、アクターズマップの使い方がより分かりやすくなることを目指しています。
アクターズマップとは
アクターズマップは、システミックデザインにおける初期のフェーズ、特にプロジェクトで扱うシステムの境界線を決める「フレーミング」のフェーズで使われる手法です。このマップを使うことでプロジェクトに関わるシステムの参加者・アクターの全体像や力関係を可視化できるため、ステークホルダーを整理したりインタビュー候補者を選定したりする際に役立ちます。『システミックデザインの実践』では以下のように説明されています。
ただし、システミックデザインに馴染みのない人が初見でこのマップを埋めていくのは難しいようです。たとえば、縦軸と横軸でそれぞれ権力と知識を示す仕様になっていたり、円の内側から外側までが階層で分かれていたりとアクターを配置する際に考慮しなければならない基準が複数あります。そのため、アクターを思いついても、「このアクターはどの階層で、権力レベルと知識レベルはどのくらいだろうか?」と更に踏み込んで考えないと書き入れる場所を決められません。ある程度慣れるまではアクターを考えながらこれらの基準を判断するのは難しいでしょう。
そこで、Systemic Design Clubでは、アクターズマップを作成する前後に補助線として追加のプロセスを考案しました。具体的には、①対象となるシステムの範囲とテーマを明確にする、②マップに書き入れるアクターを洗い出す、③アクターズマップを完成させる、という3つのステップとなっています。
仔細なアクターを視野にいれるための構造
このアクターズマップは、複数の同心円を縦横2×2に分けた四象限の構造になっています。それぞれの円はアクターの属するレベル(個人、メゾ、ミクロ、マクロ)を意味し、縦横の軸はアクターがシステムに与える潜在的な影響力を表します。
縦横の軸はそれぞれ「権力」「知識」を意味しています。権力とはともすると組織における権力を想像しがちですが、それも含めて影響力をどのくらい持っているか、ということを意味しています。また、知識とは、ある課題に関してアクセスしたり意識を持ったりするようなリテラシーと捉えるとわかりやすいかもしれません。
ちなみに、これらの軸は「ステークホルダー・モビライゼーション」という別のツールで使われている言葉を参照しています。他にも正当性、柔軟性、関心(投資)、切迫感という基準もあるため、対象とする課題に合った軸に変更することも可能です。
マップ上では、アクターたちを個人からマクロに階層分けしながら、「権力」「知識」の軸で整理していきます。たとえば、右上の枠には、政策を決定できる省庁といった、影響力の高いアクターが配置されます。彼らは情報やスキルが高く、有識者から専門知識を集めることもできるため、権力・知識の高さは一致する傾向にあります。一方、左下に位置する生態系に属する動植物などは、人間の活動に対する影響力は相対的に小さく、彼らの持つ知識がシステムに参与することはなかなか難しい傾向にあります。
こうした「左下」に属するアクターは権力と知識に乏しいという評価から、これまでの社会や経済から見過ごされてきましたが、複雑なシステムを検討する際には重要なアクターであるとも言えます。そして、これらのアクターを取り残さないようにシステムを変化させることこそがシステミックデザインの本懐と言ってもいいかもしれません。アクターズマップのおかげで「左下」に属するアクターに意識が向きやすくなり、多元的な視野を持ってデザインを進めることが可能になります。
より進めやすく改良したプロセス
Step1_対象となるシステムを明確にする
「システムに関連するアクターは何か?」と考え始めるときりがなく、最終的にはこの世界の全てを書き入れる必要があるようにも思えてきます。そのため、アクターズマップで対象とする課題とシステムのサイズをフレーミングするとよいでしょう。以下のような質問に答えていきながら、文脈、現状の課題、リサーチクエスチョンを定義します。
コンテクスト&問題設定
「どのシステムや一般的なトピックについてマッピングしたいですか?」「あまたが思うシステムの問題は何ですか?」リサーチクエスチョン
「アクターズマップを通して。答えていきたい問いは何ですか?」ゴール
「マップで達成したい全体的な目標は何ですか?」
なお、これらの質問はSystem Mapping Academyが提供している以下のテンプレートの質問を引用しています。
これらの問いに対してブレインストーミングをすることで、参加者間で対象とするシステムの合意形成が進み、アクターズマップが対象とする課題が明確になります。
Step2_アクターを洗い出す
システムのフレーミングを終えたら、次はアクターを洗い出します。この時点ではアクターズマップに書き入れず、まずは、個人(ユーザー、市民)、ミクロ(組織、機関)、メゾ(業界、社会)、マクロ(政策、生態系)ごとにアクターをリストアップします。
次に、アクター間のつながりを「非常に親しい関係」「提携」「壊れたつながり」「不和/衝突」「不安定な関係」「非公式/緊急的」「一方的な影響」などで示します。こうしたネットワークを通して、システム内の中心となるアクターが浮かび上がります。すると、この中心となるアクターとの比較から「権力」「知識」を評価しやすくなります。
以上のように、まずはアクターとアクター同士の関係性について考えることに専念し、それぞれのアクターの「権力」「知識」を評価するプロセスを分けるように設計しました。
Step3_アクターズマップを完成させる
実際にマップを作成してみると、アクターズマップは右上と左下にアクターが配置されていく、つまり、左上と右下が空欄になりやすい傾向があります。権力はあるけれど知識が低いアクター、知識はあるけれど権力は低いアクターの配置が難しく、四象限でマッピングする機能を活かしにくいかもしれません。
ここで、システミックデザインの発想では左下のアクターを軽視せずに取り残すことないような介入策を考えていき、システムの安定につなげていこうとすることを思い出してみましょう。この発想を踏まえて、左下のアクターに足りない点、エンパワーメントされるべき点をクリアにするために、左上、右下の象限が活かせるのではないのでしょうか。
とあるプロジェクトでは、左下にも右上にも当てはまらないアクターをうまく配置するには、左下と右上の差異を検討する2通りのルートがあると考えてみました。一つ目は、まずは既存のシステムに参加して影響力を持つようになるという「参与ルート」。もう一つは、既存のシステムについての知識を得ることから始まり、その知識をもとにシステムに関与するようになる「リテラシールート」です。
このように、左上と右下の領域を「左下のアクターが右上に移動する(課題に対して影響力を持つ)ためのルートとしての比較」と捉えることで、それぞれのアクターを配置しやすくなりました。システミックデザインにおいては、全てのアクターのエージェンシー(行為)によって関係性=システムが成り立っているという発想が大事です。現状のアクターの権力と知識が変更不可能な属性としてではなく、変化するものとして捉えて認識することも、効果的なマッピングの助けとなりました。
ただし、マップ上の全てのアクターが必ずしも権力と知識を獲得しなければならない(右上を目指さなければならない)わけではありません。右上のアクターが優れているという意味ではなく、それぞれのアクターの権力や知識を変容させることは介入策の候補の一つでしかないことに留意しておきましょう。
アクターズマップの後は?
アクターズマップを作成した結果、アクターに関する情報が不足していると感じた場合、デスクリサーチやインタビューを実施し、アクターズマップを更新していくことになります。
また、アクターズマップの作成プロセスを通して思いついた介入策を因果ループ図やアウトカムマップにまとめていくこともできるでしょう。クライアントワークとして成果物を納品する場合、アクターズマップを再度整理してインフォグラフィックスを提出したり、介入戦略をアウトカムマップとして提案したりすることが考えられます。
まとめ
以上、今回はアクターズマップをご紹介しました。また、Systemic Design Clubではアクターズマップを作成する前後に3ステップを導入することで、アクターズマップをより実践しやすいプロセスを提案することができました。今後も、Systemic Design Clubの活動を通じて得られた学びをnoteで共有していきます。次回もどうぞお楽しみに。
■ シデクラブ
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