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「システミックデザインツールキット」を使いこなそう:ワークショップレポート

第5回目となるゼミでは、書籍『システミックデザインの実践』の著者であり、ツールキットの作成者であるクリステル・ファン・アール氏とピーター・ジョーンズ氏を講師に迎え、2日間にわたってオンラインワークショップを実施しました。グループワークを通じて、各ツールの使い方を効果的に身につけるためのワークショップとなっています。本記事では、主要なポイントをレポートします。

「システミックデザインツールキット」を使いこなす 〜著者によるワークショップ〜:シデゼミVol.05
日時|2023年10月20日、27日 19:00~21:00
会場|オンライン(zoom)
登壇者|クリステル・ファン・アール、ピーター・ジョーンズ(『システミックデザインの実践』著者)

また、このワークショップ実施以降、mctさんの主催するDMNにて日本語化展開し、参考事例を配布するなどをよりわかりやすいカスタマイズを行いました。

ACTANTでは、興隆しつつあるシステミックデザインというアプローチを、日本の文化やビジネスシーンに合わせて改良しつつ、普及・実践する活動を進めていきます。対話や議論、情報共有はDiscordで行っています。興味のある方は是非ご参加ください。複雑すぎる問題群に立ち向かうためのデザインとはどういうものかを、一緒に実践していきましょう!


ステージ3:システムを理解する

今回は、書籍中で紹介されている30のデザインツールのうち、システミックデザインの要となるステージ3〜5で使われる5つのツールを使い、大胆な施策を導き出していくプロセスを体験しました。取り組んだテーマは「ファッションにおける消費主義」。システミックデザインを通して「どうすれば消費中毒を和らげながらウェルビーイングや幸福をもたらし、より平等でサスティナブルで、リジェネラティブなシステムを創造できるのか?」という問いを考えていきました。

「システムマップ」

クリステル:システム思考において大変重要なのは、ループで考えることです。システムでは、ある結果が次の原因となっていきながら様々なダイナミクスを生み出します。このダイナミクスには、あるレベルを保つように作用する「バランス型ループ」と、増加または減少し続けるように作用する「強化型ループ」の二つがあります。では、システムを理解するために使う「システムマップ」の読み方を学びましょう。

こちらがファッションにおける消費主義についてのシステムマップです。システムマップは、インタビューで聞き取りを行ったストーリーを図式化したもので、短い文章からなる「ノード」と、ノード同士をつなぐ「コネクション」から構成されています。どちらもデザイン思考に基づいたインタビューやデスクリサーチによって描き出すため、自分たちで勝手に新しい要素や関係性を加えてはいけません。

重要なのは、ノードは増えたり減ったりする「変数」であり、介入しその変数を変えることで、システムに変化が起こるということです。たとえば、教育について考えた時、教師の年齢は経験の有無と相関があるという意味では重要ですが、変更できるわけではないので変数ではありません。一方で、教師のモチベーションや知識ならば変数と言えるでしょう。変数は定性的でも定量的でも構いませんが、両者を区別するように気を付けましょう。

コネクション(矢印)は、変数をポジティブまたはネガティブで結びます。ポジティブとは同じ方向に影響を与える場合で、ネガティブは逆方向に影響を与える場合です。

重要なのは、偶数個のネガティブなコネクションがあれば、それらを合わせてポジティブなコネクションと見なせるということです。一方、奇数個のネガティブなコネクションを含むループは、バランス型ループということになります。ファッションにおける消費主義の例で言えば、「消費者が低価格を望む」と「生産コストの削減」が生じ、「価格低下」が起きて、さらに「消費者が低価格を望む」ようになる強化型ループがあります。一方、「服の販売」と「新しい服へのニーズ・欲求」はバランス型ループになっています。

マップからレバレッジポイントを探すためには、多くの矢印が出入りしているノードに注目します。なぜなら、このポイントはシステムに大きな変化をもたらす力を秘めているからです。今回の例では、多くの矢印がつながっている「新しい服へのニーズ・欲求」がレバレッジポイントとなるでしょう。このようにして、システムマップから浮かび上がるストーリーとレバレッジポイントを理解していくと、複雑な課題の中に埋もれた本当の課題に気づくことができます。

|POINT|インタビューの文脈に応じた「ノード」の言葉づかい
今回使用したシステムマップには「生産コストの削減」(Cut to production costs)というノードがあります(2枚目の図版参照)。変数を記載するという原則に従うと、単に「生産コスト」となりますが、一般的に、生産者の場合「市場のニーズに合わせて生産コストをカットしなければいけない」というストーリーを語ることが考えられます。システムマップは、生産者や消費者などへのインタビューをもとに、彼らの語るストーリーを理解するために作成するので、ノードには、システム内のアクターの置かれたコンテクストや意思決定に合わせた言葉を選ぶ場合があります。

ステージ4:望ましい未来を思い描く

「バリュー・プロポジション」

ピーター:「バリュー・プロポジション」は私たちが学生やクライアントとよく使うツールで、システムをデザインしていくことで生まれる価値を理解する上で必要不可欠なツールのひとつです。ステージ3では「システムマップ」を使って既存のシステムを評価・理解してきましたが、ステージ4は、クライアントやスポンサーとともに望ましい未来のビジョンを描いていきます。彼ら自身にとってだけでなく、システムが変わると生まれる価値、まだ実現していないけれど新しく生み出したいループを考える、参加型のエクササイズです。エンドユーザーや消費者に提供される価値だけでなく、複数のシステム全体の包括的な価値提供を可視化したり、自分たちが創造したい理想的な未来の結果を考えるツールでもあります。

具体的には、個人レベル(ミクロ)から、会社や組織レベル(メゾ)、街や社会レベル(マクロ)で新しいシステムが生み出す効用を書きだします。先ほどのシステムマップで見つけたレバレッジポイントに介入するとどのような価値が創造できるのかをマッピングしていきましょう。この時「経済的」「生態的」「心理的」「社会的」という4つのレンズでも整理していきます。

バリュー・プロポジションはサービスデザインをするかのように考えるとやりやすくなるかもしれません。ビジネスモデルキャンバスをシステム全体のためにつくるイメージです。巨大な企業が利益追求という経済的価値を中心に動いている現状を変えたいとか、サステナブルなブランドが増えて環境に配慮したサプライチェーンが増えるとどんな価値があるかなどを考えていくことになるでしょう。

「パラドックスカード」

クリステル:ステージ4は、実現したい未来を思い描くフェーズですが、何をデザインする場合でも「何を実現するべきか」という共通のビジョンをチームの皆が見ているようにしたいはずです。そのためのツールのひとつに、「パラドックスカード」があります。

全てのシステムにはパラドックスがあり、しばしば妥協して一方を選択しなければならないと考えてしまいますが、それは間違いです。なぜなら、パラドックスは「or」ではなく「and」についての話だからです。どうすればシステム内のパラドックスを利用できるのかを考え、パラドックスの両面に対処していくのです。

では、システムマップの全ての要因、特にレバレッジポイントに対して見てみましょう。たとえば、「消費主義に対する政府によるサポート」には、「トップダウン/ボトムアップ」「グローバル/ローカル」のパラドックスカードを当てはめてみることができるでしょう。現状がトップダウン的でグローバルな視点であることが見えてくれば、ボトムアップでローカルな視点もあることに気づけます。また、パラドックスの両面をつないで強化型ループをつくるように考えることもできます。

重要なのは、いかに今日のシステムが片方の側面にしか対処できていないか、どうすればもう一方にも対処できるのかについてクライアントと対話していくことです。ちなみに、パラドックスカードは、後のステージで考えたアイデアを評価するためにも使えます。

ステージ5:可能性の空間を探索する

「インターベンション・ストラテジー」

クリステル:このツールはシステムへの介入策には様々なレベルがあるというドネラ・メドウズの”Leverage Points: Places to Intervene in a System”という論文に基づいています。もしも漸進的な変化を起こしたいなら反時計回りに、破壊的な変化を起こしたいなら時計回りに考えます。この時点では具体的な介入策を考えるのではなく、システムマップで考えたレバレッジポイントに対処したり、バリュー・プロポジションで考えた価値を実現したりするために、既存のシステムで何が変わるべきかを考えましょう。

特にこのツールはクライアントの視野を広げるのに役立ちます。たとえば、行政では「規制と規則」や「パラメータ」ばかりに注目する、NGOは「パラダイム」や「目標」ばかり、産業界は「情報の流れ」や「構造」ばかりなど、他の要素を考えていないケースが多いです。

|POINT|「パラダイム」と「パラダイムを超える力」の違い
「パラダイム」は今日のマインドセットを変えるだけですが、「パラダイムを超える力」は、次のような二つの異なるパラダイムをシステムに取り入れることを意味します。
・「トレンドを追いかけたい」という気持ちと「一生着られるベーシックな服が欲しい」という気持ちを両立させることはできるか?
・「西洋社会における家族での子育て」と「アフリカにおける村全体での子育て」という二つを両立させることはできるか? 

「アウトカムマップ」

ピーター:「アウトカムマップ」は、インパクトのあるアクションのための戦略を構築するプログラムプランニング・ツールです。主なアクティビティや、望ましいシステムへのインパクトにつながり得る介入策を定義したり可視化したりするために使います。このツールが重要な理由は、様々なレバレッジポイントを時間軸で見ることができ、戦略的なプロセスについてステークホルダーやクライアントと合意形成ができるからです。アクティビティがどのような結果につながるかを考えるという点で、アウトカムマップはステージ6における「セオリー・オブ・システムチェンジ」と通ずる内容でもあります。

具体的には、まず図の中央に「Sustaining Purpose(持続的な目的)」として左側と右側の全ての矢印が集まるレバレッジポイントを置きます。次に、最も右側の「Strategic Impact(戦略的インパクト)」にパラダイムシフトのような長期的な変化についてのレバレッジポイントを置きます。重要なのは、他に想定されるインパクトが「Strategic Impact」という同じ方向に向かうようにすることです。そして、「Sustaining Purpose」の左側に自分たちの組織が実施可能な介入策やレバレッジポイントをつなげていきます。

|POINT|クライアントを巻き込むためのコツ
システミックデザインに馴染みのないクライアントと進める場合、「システミックデザインをしましょう」と言うと身構えてしまうかもしれません。そのため、いくつかのツールに絞って紹介したり、あらかじめマップの一部を穴埋めしておいたりと工夫をして、クライアントにシステミックデザインの考え方に慣れてもらうようにファシリテーションをしましょう。このように、システミックデザインという新しい方法論を取り入れることへの恐れや抵抗感などのクライアントの感情面に配慮する必要もあります。ちなみに、アウトカムマップを綺麗に可視化(インフォグラフィックス化)すれば、クライアントへの納品物とすることもできます。

参加者の声

2時間×2日間の計4時間で、システミックデザインの主要な5つのツールの習得を目指した本ワークショップ。「もっと学びたい」という声も多くいただきましたが、何よりも、クリステルとピーターの二人と直接コミュニケーションをとりながら学ぶことのできた貴重な機会となりました。今回受講いただいた方々からの感想を一部ご紹介します。

ワークショップを通じて、システミックデザイン実践の勘所を少し掴めた。著者と直接、対話できるのも贅沢な経験だった。

きちんとオーガナイズされていたと思います。クリステルさんとピーターさんの説明もわかりやすかったですし、人数もちょうど良かったかなと思います。本も読みましたが、2回のワークショップだとまだまだ足りなくて、もっと何回かやってみないと理解が追いつかないなぁという感じが残ります。

クリステルさんとピーターさんが実例での使い方を教えてくださったことがすごく良かったです。実際はこれだけ時間がかかるとかもハッキリ言ってくださってよかった! もっとたくさんケーススタディが読めるサイトや文献などがあれば教えていただきたいです。

また、ワークショップ時に二人が「全てのツールキットはステークホルダーと対話をするためにある」と語っていたように、「ツールを使うことで社内チームやクライアント、投資家などの多種多様なステークホルダーとのコミュニケーションが促進されることを学べた」という声もありました。

いろんな背景を持つ人との共創は、やはり出てくる視点、ワード一つにとっても新鮮で、つながって生み出されるアウトプットは予想だにしないものというワクワクは面白かった。

クライアントや自社エグゼクティブをどう巻き込むか、各フレームワークはどういう目的で活用しうるのかについて、例を挙げて説明いただけたのは理解を深めるのに役立ちました。

さらに、「システミックデザインを今後も継続して実践していきたい」という声も聞かれました。こうした声にお応えできるように、今回の参加者の方々はじめ、シデゼミのコミュニティを中心に、システミックデザインに関するコミュニケーションの場を準備していきたいと考えています。

システミックデザインをもっと会社と組んで実践したい! 大学生や大学院生が百人単位で世の中に出てくれることを期待したいです。

実践を通して学ぶのが近道だと思いますので、共同でプロジェクトを立ち上げていくのが良いと思いました。企業の方たちと話をしていても、演習としては理解できても実践の場のイメージが持てないようでした。

もっと学びたいというか実践知のシェア会みたいなものを定期的にやれたら嬉しいです。今回さわりを学んで、今後、参加者それぞれが自分達のプロジェクトで使ってみると思うので、それを紹介してフィードバックをもらったりしたりする機会があれば大変嬉しいです。

おわりに

2023年6月から活動をスタートした「シデゼミ」ですが、今回のワークショップをもって一連の「学ぶ編」イベントは終了となります。今回、実際にデザインツールを使ってみたことで、『システミックデザインの実践』を読んで抱いていた疑問が解消された一方、システミックデザインを日々の業務に取り入れていくためには、継続した実践が必要だということを痛感しました。さらに、システミックデザインを自分で使えるようになるだけでなく、クライアントと共創していくためのファシリテーション能力が重要だということもわかりました。



■ お問い合わせ
ACTANTでは、興隆しつつあるシステミックデザインというアプローチを、日本の文化やビジネスシーンに合わせて改良しつつ、普及・実践する活動を進めています。「システミックデザインを自組織に取り入れてみたい」「システミックデザインを試してみたい」というお問い合わせも受け付けています。以下のフォームよりご連絡ください。

■ 情報発信
システミックデザインに関する研究開発のプロセスやアウトプットはnoteで発信しています。今後の活動にも、引き続きご注目ください。

■ コミュニティ
対話や議論、細々とした情報共有はDiscordで行っています。興味のある方は是非ご参加ください。複雑すぎる問題群に立ち向かうためのデザインとはどういうものかを、一緒に実践していきましょう!