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システミックデザインと「地域共創」の交差点:シデゼミ Vol.3

社会システムの変革に向けてシステム思考とデザイン思考を結びつけたといわれるシステミックデザイン。その実用性はどのあたりにあるのか。日本での実践可能性を探るシリーズ、シデゼミ第3回目のレポートです。今回のオンライントークは、「システミックデザインと地域共創の交差点」をテーマに実施しました。

シデゼミ Vol. 3|システミックデザインと「地域共創」の交差点
日時|2023年8月19日 (金)18:00 - 19:30
会場|オンライン(zoom)
登壇者|紫牟田伸子(Design Rethinkers)、上平崇仁(専修大学)

ゲストには、ご自身の研究・プロジェクトを通じて地域共創に実践的に取り組んでおられる紫牟田さんと上平さんをお招きしました。国内で取り組まれているさまざまな領域の事例を通じて、システミックデザインの実践面により近づいて理解できたように思います。トークの後のディスカッションでは、「デザインによるコントロールとアンコントローラブルな事象」という話題で、システミックデザインを議論しました。

本記事では、お二人の発表内容とディスカッションの主なトピックを抜粋してレポートします。シデゼミの経緯を把握されたい方や、システミックデザインの基本情報を知りたい方は、以下のマガジンをご覧ください。


01|システミックデザインへの眼差し:兆しとしての包摂的な取り組み(紫牟田伸子)

現場主義のシステミックデザイン

システミックデザインが求めていることや表していることを考えてみると、「より社会包摂的で、再生可能で、修復可能な、そして人々が未来に賭けられる、という感覚を持てるような、さまざまな原理に基づいたシステム全体が必要」というチャールズ・リードビーターの言葉に集約されているように思われます。これは、システミックデザインだけでなくトランジションデザインやDesign for system innoveationやDesign for system changeの領域で言われていることにも共通します。

私自身は「地域や社会を編集する」という観点で、よりレジリエントな社会になるためにはどうすればいいのかを考えながら活動してきました。ヒト中心に考えられた現行の社会システムがより包摂的になるには、地球から微生物まで、さらには人間の感情までも含めて考えていく必要があると感じています。

デザインとシステム論の間にはまだ大きな隔たりがありますが、システミックデザインはデザインとシステム論の交錯の上に成り立ち、その間の架け橋になりえます。システム理論はデザイナーがシステム全体を理解してどこで行動すべきかを理解させてくれます。一方で、デザインはシステムを生み出すことができるので、理論と実践の相互関連があると考えられます。

ダン・ヒルが「1960年代のサイバネテックなテクノグラフィック理論から生まれたシステム思考には、残念ながらコントロールの幻想があります。[中略]世界はコントロールできるものではないと思います。システムは現場で取り組むべきものであり、それはつまり、システム思考ではなく、システム実行を意味します」と述べているのも示唆的です。

このようにシステミックデザインは社会を創っていく現場においてこそ、注目していくべきアプローチなのです。

システミックデザインの実践:日本の事例

システミックデザインの研究はいわずもがな欧米で先行しています。デザイナーや研究者は、現地での実践事例を分析することからデザイン手法を抽出してきました。私たちも日本における事例をシステミックデザインというフレームワークで捉えることで、日本で実践しやすい、日本独自の手法に結びつけることができるだろうと考えています。そこで今回は「Value Books」「四国こどもとおとなの医療センター」「御荘病院」の3つの事例を紹介します。

Value Booksというネット古書店では、古本を地域社会に還元したり、古紙を利用した新たな商品を販売したり、販売利益を出版社に還元するといったビジネスを展開しています。こうして新刊書籍流通のサイクルに古本流通のサイクルを組み入れ、出版社が短い期間で新刊を作り続けなければならないシステムに古本側から介入することで、出版業界全体が質を重視した仕事に向かうようシフトすることを企図しています。意識的にシステム思考を用いるわけではないかもしれませんが、介入の仕方はシステミックデザイン的だと評価することができます。

また、四国こどもとおとなの医療センターからは、「痛みを希望に変える」考え方にシステミックデザインの重要なポイントを見出すことができます。この病院では、院内で起こるさまざまな課題をシステムにおける「痛み」と捉え、それを和らげるようなホスピタルアートを病院職員や患者とともに共創しています。たとえば、霊安室のある廊下の壁に病院スタッフが青い花の絵を描いていく「青い花に」というプロジェクトがあります。これは、患者本人が抱える痛みだけでなく、病気が治らなかったり亡くなったりした患者に寄り添ってきた病院スタッフもまた痛みを抱えていることに目を向けたプロジェクトです。

こうした取り組みは、2009年に森合音さんが病院スタッフの一員としてアートディレクターに着任してから継続されていますが、そこに参加する病院関係者やアートディレクターは、英国デザインカウンシルによる「システミックデザインフレームワーク」(2021年)で提唱される「システミックデザインの必要な4つの役割」を満たしています。システミックデザインの文脈では、ホスピタルアートはデザインの「結果」ではなく、周囲を巻き込んでシステムをシフトさせていく、終わりなき自律的な再生産に導く「触媒」だと言えるでしょう。この病院もシステミックデザインを直感的に実践している日本の例だと捉えられます。

3つ目の例は、愛媛県愛南町の御荘病院です。精神病患者に、入院ではなく、地域で暮らしてもらう取り組みを地域連携や長期的な視点から実践しています。ここには、厚生労働省が定義する「地域共生社会」の「制度・分野ごとの『縦割り』や『支え手』『受け手』という関係を超えた」新しい関係を見出すことができます。福祉の観点から見ても、システミックな視点は不可欠であることがわかります。

システム内の当事者による「終わらないデザイン」

今回紹介した3つの事例は、当事者がシステムの中からシステムを変化させ続けている「終わらないデザイン」を体現しています。システミックデザインシンポジウムで、英国デザインカウンシル・チーフデザインオフィサーのアレクサンドラ・デシャンソンシノが「自分の文化やシステムで何ができるかは重要ではなく、自分の文化やシステムで〈何を変えることができるか〉が重要」と語っていることが印象的です。日本におけるシステミックデザインの可能性は「自分たちの持っている資産で何を変えていけるのか?」を一生懸命考えていくことにあるでしょう。


02|システミックデザインにおける〈ケア〉の役割 「大野庵」を事例に(上平崇仁)

そうめん流し屋「大野庵」とシステミックデザイン

システムは抽象度の高い概念なので、事例から考えることが重要です。というわけで今回は、2023年6月に鹿児島県阿久根市で行ったデザインリサーチトリップで訪問した大野庵を事例に見てみましょう。大野庵は、鹿児島県に18ヶ所あるそうめん流し屋のひとつで、山奥にありながらも行列が絶えない人気店です。ちなみに、大野庵を経営する株式会社海連は、本業の焼酎原料となるさつまいも加工業だけでは9月から12月の4ヶ月間しか仕事がないため、それ以外の時期にも仕事をつくり、通年で雇用できるように大野庵を始めたそうです。

英国デザインカウンシルが「システミックデザインの6の原則」をまとめていたり、『システミックデザインの実践』には「システミックデザインの11の原則」があったりしますが、これらの原則である「複雑さの把握」「境界のフレーミング」に注目しながら、システムアーキタイプで大野庵を解釈してみましょう。人だけに着目するとシンプルな関係性しか見えませんが、人間以外の存在にも目を向けると、湧き水や川、山、海、魚といった豊かな自然のエコシステムとのつながりも見えてきます。

人間のみに着目した場合
人間以外のエコシステムにも着目した場合

〈ケア〉という視点

システミックデザインで人間以外を含む視点を持つためには〈ケア〉の視点が重要になるでしょう。ケアワーカーなどの仕事におけるケアは「世話、看護、介護」という意味ですが、より広い態度としての〈ケア〉は「承認する、認められる、存在を肯定する」という意味で捉えられます。それは「『弱さ』を持つ存在に向けられる」ものであり、「生きる力を発揮するように支えつつも、願いにあわせて自分を表現すること」であり、また「〈相互作用〉的な行為であり、ケアする人は、他者をケアしているときに、そこに同時に居ることができる」ことだと解釈できるでしょう。このような考え方の背景には、ハイデガーの『存在と時間』における「気づかい」を辿ることもできます。

また、大阪大学の鈴木和歌奈さんによる『細胞への配慮(ケア)』(『メディウム』第2号、2021年)では、iPS細胞の研究者がオノマトペを多用して細胞の状態を理解していることや、ラボのリーダーが「細胞がカワイイと感じられない人とは一緒に働けません」と語っていることが紹介されています。また、「幹細胞をケアする科学者やテクニシャンは、生そのものの新しい技術を創造する際、新しい見方を発明するのである。[中略]自分たちが細胞に影響アフェクトを与える可能性を、手直しする諸過程を通じて細胞から影響アフェクトを受けるようになる」とも書かれています。「手直し」は、和訳前の英語論文ではmodifyingとなっていますね。

ノンヒューマンをアクターとして捉えるために

こうした〈ケア〉の視点があれば、大野庵の例でも人間以外の存在に目を向けることができます。たとえば、麺つゆに着目すると、つゆは自家製ではなく地元の醤油蔵へ特注して作られています。地元に老舗の醤油蔵が残っているからこそできることです。創業112年になる小さな蔵が生き残っているのは、地元の人が愛好して使い続けているからです。鹿児島県のスーパーでは多様な醤油を目にしますが、そのそれぞれに、背景となる一つひとつのサイクルがあることが想像できるようになります。ここまで見てくると、湧き水や醤油などのノンヒューマンこそがそうめん流しの体験を構成する重要なアクターであると思えるでしょう。システミックデザインにおいても、新しい見方の発明が大事になってきます。

地域共創の文脈では、人以外のアクターを含めた共創が重要になってきます。しかし、〈ケア〉の視点がないとノンヒューマンを見過ごしてしまい、システムの全体性の中に含めることができません。鈴木さんの言葉を借りれば、「自分たちがノンヒューマンに影響アフェクトを与える可能性を手直しする諸過程を通じて、ノンヒューマンから影響アフェクトを受けるようになる」ことが重要だと言えるでしょう。複雑な問題に対する「コントロール幻想」から脱却し、「育ち、育てられる庭的な感覚」「醸される感覚」を考慮すること。こうしたケアの視点で、人と人以外の相互作用性に目を向けることが大事になるのではないでしょうか。

03|ディスカッション:システミックデザインと「地域共創」の交差点

紫牟田さんと上平さんによるトークの後、弊社の南部をモデレーターにディスカッションを行いました。視聴者からの質問や武山政直先生も交えながら議論が盛り上がりました。

〈ケア〉の視点とデザインの本質

南部:〈ケア〉とは、コントロールできなさと付き合いながらシステムに介入し続けるための具体的な技法であると思った。一方で、デザイナーはコントロールすることを訓練されてきた、コントロールに長けている人々だと思うが、〈ケア〉する時のデザイナーの役割はどんなもので、どのように訓練していけばいいのだろうか?

上平:四国の医療センターの事例は面白い。コントロールして完成度を高くしていく場合は、それが人の尊厳につながる使い方かどうかが大事になる。隅々までコントロールするのは気持ちいいが、その思いを捨ててしまえば新しい役割が見えてくるのはないか。

紫牟田:デザイナーのアウトプットは「次の始まり」なのだとデザイナー自身が強く感じることだと思う。デザインをアウトプットとしてまとめることはたしかに大事だが、そのことを意識すると、誰にどう影響を与えるのかを考えるようになるだろう。

上平:私もインフォグラフィックスを頑張ってきた経緯がある。これも自分の伝えるメッセージによって受け手をコントロールするものだったが、今はリアルタイムドキュメンテーション(ファシリテーション)の方が、その場に介入していて生きている感じがする。同じ専門性でも関わり方が変化しつつあるようだ。

紫牟田:病院の例でも、ベースとなるアーティストのアウトプット=作品が周辺に「何か」を誘発している。こうしたデザインの完成度を測るのは難しいかもしれないが。

南部:クラシックなデザインを知っている身としては、アーティファクトと呼ばれている「狭義のデザイン」と、システムというレイヤーの「広義のデザイン」の間で分断がある気がしている。ACTANTとしては、「自分たちはその両方を手がけたい」とこの10年間を過ごしてきたが、今その両方がつながりつつあるという話を聞けたと思う。

紫牟田:ありとあらゆるデザインは、コミュニケーションであると思っている。だからシステミックデザインでは、コミュニケーションの力を解放する状態が必要なのではないかと思う。狭義のデザインと広義のデザインの間に分断があるというのはデザイナーの幻想ではないか。ノンデザイナーによるデザインを評価したり、さまざまなステークホルダーを考えたりすることが重要で、何とコミュニケートしているのかを人間だけでなく人間以外にも適用して考えることだと思う。狭義のデザインも広義のデザインも、デザインの本質は変わらない。

システミックデザインのもたらす自己変容

南部:日本の事例をシステミックデザインの視点から解釈するのが面白かった。これまで見えていなかったつながりやステークホルダーを認識するという意味でも、視点の変更が大事なポイント。

紫牟田:システミックデザインは「見方の発見」であるということを伝えていかなければならない。

上平:私にとっては、鈴木和歌奈さんの論文が衝撃的だった。見方を発明しないとシステム的に見ることはできないと思う。

紫牟田:システミックデザインのシステム思考の部分は多様な人と取り組んでいくことになる。この時のファシリテーションで大事なことは、全員から意見を集める時に、ノンデザイナーがその場で自分の考えを表現する難しさを理解することではないか。だから、システミックデザインのシステミックな考え方とは、全体を把握することよりも、人々が新しい見方を獲得することの方に重きが置かれていることが今日わかった。

参加者からの質問:システミックデザインを実践する際に、各ステージで何を意識する必要があるでしょうか?

上平:実際はシステミックデザインの想定するデザイン思考的で直線的なプロセスどおりにはいかないと思う。そのため、微生物や麺つゆなどのノンヒューマンに目を向けられるかどうか、そして、それらの存在を認める・肯定するという〈ケア〉の視点の方が重要だ。

南部:〈ケア〉は長期的に関わることだとすれば、ケアする側の知識や感覚も自ずと変わっていくはず。マッピングでも、最初は描ける要素が少ないが、ずっと付き合うことで描ける要素が増えてマップが広がっていくだろう。

上平:学生は「雑草」という言葉を使うが、雑草という名前の草はない。彼らも関心を持つと固有の名前で呼べるようになってくることとも似ている。

南部:土と接していると、土のにおいで土の中にいる微生物の状態がわかるという話もあるが、自分の感覚知が変容していくのだろう。

システミックデザインと市場経済のジレンマ

武山:大野庵の事例では人間が自然の中にいることがわかりやすいが、一方で、都市という人工的なものに囲まれたシステムの中では、自然とのつながりを意識しづらいという問題がある。

上平:都市の中にも自然を差し込むことはできるだろう。ビジネスという見方からすれば、街路樹のせいで自社製品が見えなくて邪魔だと考えることもあるかもしれないが。

武山:先ほどデザイナーのスタンスも変わる必要性があるという話が出たが、アウトプットで仕事を請け負い、評価されるという市場経済のシステム自体を変えることはできるだろうか?

紫牟田:デザインを決められた納期で考えないとすると、制作時間以外の時間も支える仕組みが必要になると思う。またデザイナー自身も、アウトプットが換金されるという形式とボランタリーな感覚とのバランスをとる必要がある。地方のデザイナーはこの感覚が強い気がする。

南部:経済の仕組みもシステムと捉えると、まずは経済そのもののシステムシフトが必要だと感じる。システミックデザインの話をすると「自社の短期的なゴールにそぐわない」という意見が出てくるが、それは事業を四半期ごとに回して成長していくというシステム内部での発想。経済システムのシフトがあれば、デザイナーも長期的な受注ができるようになるのではないか。

紫牟田:四国の医療センターのアートディレクターは、デザインやアートの制作費としてではなく、人件費で採用されている。つまり、デザインという専門部署があるのではなく、デザインという専門性のある人を組織に上手く取り入れている点が優れている。

南部:システミックデザインという見方をすれば、こうした成功事例を見つけて他に適用できるようになり、再現性が生まれる。すでに日本にあるシステミックデザイン的な事例を集めれば、我々ならではの価値を海外にも提供できるかもしれない。

おわりに

今回のトークとディスカッションからは、「ケア」や「マルチステークホルダー」「視点の変更」など、日本ならではの事例から出てきた独自性のある共通項を発見することができました。これらは前回の「ソーシャルイノベーションとの交差点」で語られたことの解像度上げる補足にもなっているはずです。専門家を巻き込みながら市民一人ひとりの創造性が重要であることのディティールには、ケアする関係性や微生物まで視野に入れたクリエイションが大事なのだと思います。

また、英国デザインカウンシルが提唱する図式に合致する事実も確認できたため、より実用性の高いものとしてシステミックデザインを捉えることができました。今回は、日本のシステムを変えていくためのデザインの萌芽となる事例を知ることができましたが、次回のトークでは、ヨーロッパでの先行事例もたくさん聞けると思います。それらとの比較をすることで何が見えてくるのか、引き続き検討を進めます。

開催予告

10月のシデゼミでは、『システミックデザインの実践』の原著者であり、ツールキットの作成者である、クリステル・ファン・アールとピーター・ジョーンズによるオンラインワークショプを開催します。2日間にわたる少人数のワークショップで、ツールキットを実際に使いながら、議論を通してシステミックデザインの実践と考え方を学びます。定員に限りがありますので、ご興味ある方は、ぜひお早めにお申し込みください。



■ お問い合わせ
ACTANTでは、興隆しつつあるシステミックデザインというアプローチを、日本の文化やビジネスシーンに合わせて改良しつつ、普及・実践する活動を進めています。「システミックデザインを自組織に取り入れてみたい」「システミックデザインを試してみたい」というお問い合わせも受け付けています。以下のフォームよりご連絡ください。

■ 情報発信
システミックデザインに関する研究開発のプロセスやアウトプットはnoteで発信しています。今後の活動にも、引き続きご注目ください。

■ コミュニティ
対話や議論、細々とした情報共有はDiscordで行っています。興味のある方は是非ご参加ください。複雑すぎる問題群に立ち向かうためのデザインとはどういうものかを、一緒に実践していきましょう!