Adobe-Japan1なんとかって何?
フォントざっくり解説⑭
フォントに興味はあるけれど細かい事が不安で何となく購入に至ってない方、仕事で入手する必要ができてしまったけどイマイチ選び方に自信がない方のための、ざっくり解説。
厳密すぎる説明で途方に暮れてしまわないよう、選ぶ・買うのに必要な知識を、ほどほどに端折りながら解説します。
※2016年11月時点の情報です。
最近のOpenTypeフォント製品を見ると、収録文字の説明に「JIS第1水準」といった見慣れた文言がなく、「Adobe-Japan1-3」などとだけ書かれたものが増えています。
いったいこれは何なのか? これを買えば、JIS第2水準漢字までちゃんと入ってるのか?(結論だけ言うと入っているのですが))などなど、Adobe-Japan1について解説します。
収録文字の多さが分かる、実用的な新基準
Adobe-Japan1とは、アドビシステムズ社が日本語DTP用に開発した文字集合規格で、2013年現在Adobe-Japan1-0から1-6までの7種類が定義済みです。
1990年代に定義された1-0から最新の1-6まで、順次文字が増強される形となっていて、あとからの入れ替えや削除はありません。
コンピュータを使った日本語処理が普及していく間に様々な紆余曲折が繰り返されてしまったJIS規格に比べると、安定的に拡張が続けられた規格と言ってよいでしょう。
※JISの場合、国語審議会や戸籍法などとの関連もあり、常に情報処理的な合理性や市場ニーズを優先することを目的としてなかったともいえます。
もともと一企業が作り始めた規格ではありますが、細かな字形違いの漢字に配慮するなど、実際の市場における漢字の使われ方を強く意識した選定になっていることもあり、大手のフォントメーカーを中心に支持され、今では (特にOpenTypeフォントの製品において)事実上の基準となりつつあります。
1-3が「スタンダード」
Adobe-Japan1-0から1-6までの各規格が拡張されてきた過程を、ごくごく大雑把に紹介しましょう。表の上から下に行くほど時代が下り、文字が増強されていきます。
※表中の AJ1-0、AJ1-1、…AJ1-6は、Adobe-Japan1-0、Adobe-Japan1-1… の略称です。
このうち最もポピュラーなのが、黄色で塗ったAdobe-Japan1-3規格です。従来のWindows用・Mac用TrueTypeフォントそれぞれで標準的に使われていた文字を、各OS固有の「機種依存文字」も含めまるごと合わせ持った規格となっています。
たいていの用途がこの規模の文字でまかなえるため、多くのメーカーがこの規格に準拠したフォント製品にStdやStdNの名称を付与しています。(StdとStdNの違いについては後述)
商用印刷もこなせる、1-4以上
同様に、Adobe-Japan1-4以上の規格にも、Pro・ProN、Pr5・Pr5N… などの名称がつけられ、判別の目安になります。学術用語や人名・地名など、商業印刷並みの用途も想定する場合は、ProやProN以上の選択も検討した方が良いでしょう。
なお、ごく珍しい人名漢字は、ProやProN以上のフォントでも解決しないことがあります。
ここから先はマニアックな世界です
下の図は、Adobe-Japan1-0から1-6までの各規格に含まれる「漢字」に注目した関係図です。緑色の帯の中の区分をクリックすると、それぞれの領域にどんな漢字が含まれているか、少々の具体例とともに解説が表示されます。
このあたりまで来るとあまりに混沌として容易に飲み込めるものではないのですが、各規格ごとの追加漢字がどんな雰囲気の文字なのか、大まかに眺めて見るのもよいかもしれません。
JIS第1・第2水準漢字 (JIS90字形)
「JIS基本漢字」とも呼ばれる一般的な漢字6,650字余りです。1970年代から日本語の情報処理の分野で基準とされて来た漢字集合で、OpenTypeに限らず多くのフォント製品がこの範囲の漢字を収録しています。
パソコンや携帯電話などのデバイス、OSや使用するアプリを問わずさどんな日本語環境でも安全に使える漢字は、現実的にはこの範囲の漢字のみと考えてよいでしょう。
実際に内容をよく見ると、特定の地名や学術用語など稀にしか使わないような馴染みの薄い漢字もかなり含まれています。そのため、フォント製品によっては第2水準漢字を限定するなどして収録字数を省いたものもあります。(商品特性上、デザイン書体や、極太のデザイン毛筆の製品によく見られます)
前述のとおり多くの環境で安全に使える漢字と言えますが、2004年のJIS改訂によりその一部 168文字の字形が変更されました。これら168文字については、システムフォントにJIS2004字形を採用したWindows Vistaの登場以来、なにかと混乱が発生しています。
旧JIS漢字 (JIS78字形)
1978年制定の最初期のJIS (俗にいう“旧JIS”) で第1・第2水準漢字とされながら、1983年改訂の字形変更によりJIS規格から外されることになってしまった漢字300文字です。
改訂後 (JIS83やJIS90) の字形が略字風のシンプルデザインなのに対し、旧字風の伝統的なデザインとなっています。このため人名や地名として使いたくなる文字が多いですが、後述するように利用には注意が必要です。
黒色の漢字は、2000年のJIS改訂において「JIS第3水準漢字」として新たに追加されました。使用するためにはUnicode対応のアプリケーションソフトが必要です。(電子メールなど状況によって文字化けとなる危険性があります)
赤色の漢字を使用するには、特別なDTP環境などが必要です。詳しくはAdobe-Japan1-4追加漢字の説明をご覧ください。
緑色の漢字は、2004年のJIS改訂において、JIS第1・第2水準にあった漢字の《基準となる字形の再変更》という格好でJISに復活しました。いわば単純なデザイン訂正のため文字コードも変わらず、Unicodeに限らずほぼ全ての日本語環境で使えます。
ただし、入力した文字が上記のような旧字風字形に表示されるのか、JIS83やJIS90基準の略字風字形に表示されるのかは「使うフォント次第」になります。前者をシステムフォントに採用したWindows Vistaの登場以来、なにかと混乱が発生しています。
IBM拡張文字
IBM拡張文字は、Windows 3.1の時代から存在している「Windowsの機種依存文字」です。そのうち漢字は359文字。Windowsユーザーなら、文字コード表の後のほうに ローマ数字 i・ii・iii… と共に並べられた漢字 (「漢字3」とも) としてお馴染みかもしれません。
現在ではその全体がAdobe-Japan1-2以上の規格に取り込まれ、Macでも容易に利用できるようになってきました。
黒色の漢字は、2000年のJIS改訂において、JIS第3または第4水準漢字に採用されました。
一方、青色の漢字は、JIS規格上は「高 羽 礼 間 青 昂」など馴染みある漢字の包摂、つまり“単なるデザイン違い”とされました。結果、Unicodeでは区別されるもののJISでは独立した地位にない文字ということになっています。(さらに、JISでは何も規定されていないなど、上記以外の立場の漢字も少しあります)
IBM拡張文字を確実に扱うためにはUnicode対応のアプリケーションや文書フォーマットが必要ですが、古くからWindowsで広く使われていたこともあり、Unicodeでない旧来の枠組み内でも「特別扱い」として使える環境も珍しくありません。
注意が必要な漢字であるにも関わらず容易に使えてしまうことから、メールやWebなどで文字化けを起こしがちという、少しやっかいな文字と言えます。
Adobe-Japan1-4 追加漢字
1995年までの各JIS規格で挙げられた字形を網羅するために必要な追加漢字2,124文字。過去のJISで制定された文字の異体字、部首を表す部品など、商業印刷で広く利用されて来た文字を多く取り込んでいます。
下が長い「吉」や点のついた「土」など商業印刷レベルの多くの人名漢字がAdobe-Japan1-4で表現可能です。
これらの文字を扱うためにはUnicode対応アプリケーションが必要です。
このうち赤色の漢字は、正字やほかの異体字 (この場合なら「邊 均 花 公」) との字形差が僅かであるなど様々な理由によりUnicodeでも独立したコードを持たない漢字です。
この種の漢字を入力するためにはCS以降のAdobe IllustratorやInDesignなど独自の字形切り替え機能をもつアプリケーション、または、IVS (異体字セレクタ) 対応のフォントと対応アプリケーションの組み合わせが必要となります。ただしまだ新しい仕組みのため、アプリケーションのバージョンやフォントによって振る舞いが異なるなど、若干の不安定さも見られます。多くのメーカーがAdobe-Japan1-4準拠のフォントに“Pro”の名を冠していますが、ヒラギノフォントではより強力な1-5準拠フォントに“Pro”の呼称を用いています。
※商品名のProがAdobe-Japan1-4対応を表す慣習は大手メーカーのOpenType製品を中心に採用されています。この慣習が根付く以前から、単に“上位製品”を意味する目的や“プロポーショナル”を意味する目印として用いた製品もありますのでご注意ください。
Adobe-Japan1-5 追加漢字
2000年に制定されたJIS第3・第4水準漢字のうち、Adobe-Japan1-4までに未収録だった漢字や、写研で使われていた活字に対応する漢字など3,538文字です。
ここで新たに追加される漢字は、一般の書籍であまり見かける事のない学術用途の漢字、中国漢字、平凡な漢字とどこが違うのか気づけないくらい微妙な差しかない漢字、などが中心となってきます。日常生活で使いそうな漢字はあまり見当たりません。
これらの文字を扱うためにはUnicode対応アプリケーションが必要です。
赤色の漢字を使用するには、特別なDTP環境などが必要です。詳しくはAdobe-Japan1-4追加漢字の説明をご覧ください。多くのメーカーがAdobe-Japan1-5準拠のフォントに“Pr5”の名を、ヒラギノフォントでは“Pro”の名を冠しています。
Adobe-Japan1-6 追加漢字
1990年に制定されていた「JIS補助漢字」のうち、Adobe-Japan1-5までに未収録だったものなど1,987文字の漢字を追加。制定以来ほぼ普及する気配のなかったJIS補助漢字を改めて救済すると共に、2004年制定の「JIS拡張漢字」を網羅します。
ここで追加される漢字は、Adobe-Japan1-5追加漢字よりもさらに見慣れない漢字がほとんどで、ともすると誤字に見えてしまうような漢字の割合が増えてきます。
これらの文字を扱うためにはUnicode対応アプリケーションが必要です。
赤色の漢字を使用するには、特別なDTP環境などが必要です。詳しくはAdobe-Japan1-4追加漢字の説明をご覧ください。Adobe-Japan1-6準拠のフォントは“Pr6”の名を冠しています。対応製品はまだ数が限られており、そう多くありません。
StdとStdN、同じ1-3なのに何が違う?
この問題に遭遇したことがある方にはすぐ分かっていただけると思いますが、StdはJIS90字形の、StdNはJIS2004字形のフォントとなっています。
パッと見て感じていただけるとおり、同じ文字でも、Nなしフォントでは略字風、Nありフォントのほうは旧字風のデザインです。こんな文字が他にも100数十文字あって、これがNありとNなしの差だと思えばだいたい間違いありません。
(StdNだけでなく、ProN・Pr5Nなどもこれと同じ関係です)
さて、同じAdobe-Japan1-3なのになぜ違いが出てくるのか、ここからは理屈の話になってしまいます。
例えば、ここに挙げた15×2=30文字。
これらはいずれもAdobe-Japan1-3の範囲に含まれる文字ですので、StdフォントでもStdNフォントでも、実はこれらの文字30文字を収録してはいます。
ところが、これらの文字を特定して画面に出すための文字コードは、JISでもUnicodeでも15字ぶんしかありません。例えば1点しんにょうの辻も2点しんにょうの辻も、文字コードは同じとされています。JISの制定時期によって「代表となるべき字形が変わっただけ」という扱いであるため、文字コード上の区別がないのです。
Adobe-Japan1の規格では別々の文字として格納されていても、JISとUnicodeの枠組みの中ではその片方しか使えない ── そういう状況の中で、従来のJIS90のルールに沿って作られていたのが略字風のNなしフォント、2004年の新しいJISに沿って作られたフォントが旧字風のNフォント、という訳です。
実際、Adobe IllustratorやInDesignのCS以降など、フォント内部のCIDと呼ばれるコードを直接扱えるアプリケーションを使えば、1つのフォントでJIS90字形・JIS2004字形の漢字を混在させて利用することが可能です。
ただ一般のコンピュータ環境で扱える文字コードは事実上JISやUnicodeの系譜のみなので、多くの場合はNありかNなしか、フォントを選ぶことで文字を使い分けるしかないのが現状です。
※最近登場した異体字切り替えのための新たな仕組み・“IVS”がうまく普及していけば、このような字形にまつわる不自由さもある程度解消されるかもしれません。
Windowsの標準フォントってどれ相当?
Windowsの場合、一口に「MSゴシック」「MS明朝」でも時代によって大きく仕様が変わっていますので、時代を追って説明します。
Windows 3.1の時代に整備されたのが「Microsoft標準文字セット」など(※)と呼ばれるものでした。このときのMSゴシック・MS明朝は、「JIS第1・第2水準漢字(JIS90字形)」に「IBM拡張文字」を足した範囲 (図中で黄色) に相当する漢字を収録していました。
※ほぼ同じ意味を表すものとして「Windows-31J」「Microsoft CP932」などの呼称もあります。
このため、各フォントメーカーも長い間これに準拠した製品を多く世に出しており、現在でも市販のWindows用TrueTypeフォント製品で最も典型的なのはこの黄色い範囲の文字を収録したもの、次いで多いのがここからIBM拡張文字を省略したもの、となっています。
その後、Windows 98の時代になると、当時でもマイナー規格として日の目を浴びなかったJIS補助漢字が、MSゴシックなどにひっそりと追加。
※たとえば森鴎外のオウ (偏が區になった本来のオウ) も、このときから使えるようになっています。
※あくまでJIS補助漢字の単独追加であり、Adobe-Japan1-6相当になった訳ではありません。
さらにWindows Vistaや7の世代になってからは、「メイリオ」も含めAdobe-Japan1-6とほぼ同等の標準フォントをもつように拡張されています。
ただし、このVista登場の際、漢字を追加するだけでなく (MSゴシック・MS明朝という) フォント名を変えずに字形だけがJIS2004基準に変更されたために、「葛 辻 樽 芦…」の字形混乱が、より不可解かつ対処しにくいものになってしまいました。
Macの標準フォントってどれ相当?
ご存知のとおり現在のOS Xではヒラギノ角ゴ ProN W3がシステムフォントとなっています。ヒラギノ書体における“Pro”なので一般でいうところの“Pr5”と同等、つまりAdobe-Japan1-5ということになります。
OS Xではこの他に、ヒラギノ角ゴ Pro・ProNのW6、Std・StdNのW8、ヒラギノ明朝 Pro・ProNのW3、W6、ヒラギノ丸ゴ Pro・ProNのW4 を搭載。角ゴのW8はAdobe-Japan1-3、それ以外はすべてAdobe-Japan1-5になります。
いずれもNなしフォントとNフォントの両方を搭載したことから、JIS2004の字形変更に関してはWindowsほどの混乱はなく、必要に応じて使い分ければ何とかなるようになっています。
※Nフォントの標準搭載はMac OS X v10.5からで、それまではNなしフォントのみ搭載。
なお、Mac OS 8/9の時代に使われていて、しばしばWindowsとのやりとりで文字化けなどを起こしていたApple機種依存文字は、そのほとんどが現在のシステムフォントにも取り込まれており、利用可能です。
ただし、JISコードでの扱いに関してはApple機種依存文字よりもWindows機種依存文字との互換性を優先するアプリケーション環境が一般的になってきていますので、Unicodeでの使用が前提と思ったほうが良さそうです。
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