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デザインの手前 #03:金野千恵さん回振り返り

こんにちは。「デザインの手前」の原田です。

ポッドキャスト番組「デザインの手前」3組目のゲストとなる建築家・金野千恵さんのエピソード全4回の配信がされました。
今回は金野さん回の振り返りをしていきたいと思います。


福祉施設の常識を覆す数々の建築

金野千恵さんは、東京工業大学 建築学科アトリエ・ワン塚本研究室で学んでいた頃から、屋根付きの半屋外空間「ロッジア」の研究・調査を行い、ご実家の建て替えを機に設計した「向陽ロッジアハウス」で建築家としてのキャリアをスタートしました。
その後は神戸芸術工科大学で働きながら設計の仕事を並行し、2015年に現在の事務所「t e c o」を設立されました。
地域ケア よしかわ」や「ミノワ座ガーデン」など福祉施設の設計や住宅、公共施設、アートインスタレーションなどを手掛け、企画段階から6~7年を要した神奈川県愛川町の地域共生文化拠点「春日台センターセンター」で、2023年の日本建築学会賞グッドデザイン金賞を受賞されるなど、いま最も注目を集めている建築家の一人です。

春日台センターセンター(2022)   Photo: morinakayasuaki

建築家としての礎となったロッジア研究

最初のエピソードでは、金野さんが建築家になる「手前」から、現在に至るまで続けている「ロッジア」の研究について伺いました。

14世紀頃にイタリアで発祥し、ヨーロッパ各地に点在しているロッジアは、アーチの柱廊などでつくられた屋根付きの半屋外空間です。
大学院生時代のスイス留学でその存在を知った金野さんは、時代とともに用途を変えながら600年以上にわたって大切にされ続けてきた建築としての強さや寛容さを持ち、土地の暮らしや文化、コミュニケーションのあり方などを反映する空間に魅了され、世界各地でロッジアやそれに類する建築・空間の調査を続けています。

金野さんのロッジア研究は、先に紹介したデビュー作「向陽ロッジアハウス」など、建築意匠として活かされているだけではありません。
時に持ち主や使い手を変えながら、さまざまな人たちの活動を支えてきたロッジアという建築空間が持つ普遍的な価値を現代に受け継いでいるお仕事の数々を見ると、学生時代から探求し続けてきた研究テーマが、金野千恵という建築家のアイデンティティを形成していることがよく分かります。
現在、金野さんのロッジア研究の成果をまとめた書籍を鋭意制作中とのこと。年内刊行を目指しているそうなので、楽しみに待ちたいと思います。

向陽ロッジアハウス(2011)

設計まで3年を要した「春日台センターセンター」

金野さんの代表作のひとつである「春日台センターセンター」もまた、高齢者、障がい者、社会福祉士、地域住民など、さまざまな人たちの活動を支える建築です。
当初は、神奈川県愛川町にある商店街の一角に訪問介護事業所を開設する予定でしたが、近隣のスーパーマーケットが閉店することを受け、構想は一旦白紙に。
20〜30年先を見据え、地域に本当に必要なものを街の人たちとともに考えていくための任意団体「あいかわ暮らすラボ(通称あいラボ)」が立ち上がり、そこからおよそ3年にわたる地域での活動が始まりました。
2回目のエピソードでは、「春日台センターセンター」の事例から、建築設計の「手前」に行う活動やコミュニケーションの大切さについて伺いました。

公共建築などでは、市民との対話やワークショップがあらかじめプログラムに組み込まれていることも多いですが、「あいラボ」の活動は、建築をつくることすら明確ではない状態から、地域の「寄り合い」としてスタートしました。
対話の場を継続的につくることで、地域のさまざまな人たちが自発的に声を上げるようになっていったと言います。その場の記録を新聞という形で残し始めた金野さんも含め、一人ひとりが自らの役割を見出していくプロセスの中で、その場に集う人たちの関係性が深まっていったそうです。

3年以上にわたって行われた「あいラボ」の活動。
活動の記録として金野さんが毎回制作していた「あいラボ通信」。

構想から6年半の時を経て完成した「春日台センターセンター」は、オープンを待ち望んでいた地域の人たちで即座に賑わい、老若男女さまざまな人たちの営みがモザイク状に交わる空間となりました。

このプロジェクト以降、金野さんのもとには長期プロジェクトの依頼が増え、現在のお仕事の大半は、建築計画や基本構想など枠組みづくりから並走するものになっているとのこと。
さまざまな課題が複合的に絡み合う社会や地域において、単に「箱」としての建築をつくるのではなく、施設や場が持つ本質的な価値から問うていくことが今後ますます大切になっていくはずです。

春日台センターセンター(2022) Photo: morinakayasuaki

活動・暮らし・地域がつながる空間を育む

3回目のエピソードでは、「空間をアクティベートする」というテーマのもと、訪問介護事業所兼地域のコミュニティスペースとしてつくられた「地域ケアよしかわ」、建築家・畝森泰行さんたちとのシェアオフィスであり、街に開かれたイベントスペースなどの用途を併せ持つ「BASE」という2つの事例について伺いました。

金野さんが最初に携わったケアの仕事である「地域ケア よしかわ」では、訪問介護事業所であると同時に、地域の高齢者たちのサロンのような場にすることが想定されていました。しかし、いざオープンをしてみると子どもたちが集まるようになり、それを見た地域住民からの提案で子ども食堂がスタートすることに。
金野さん自身もこうした流れに合わせるように、ハード/ソフト両面から地域の人たちの活動をサポートするようになりました。

「地域ケア よしかわ」(2014) Photo:konno

かのブライアン・イーノは、「建築家」であるよりも「庭師」であることを、デザインは「おわり」ではなく、「はじまり」であることを説きました。
建築における竣工を「はじまり」ととらえ、その場で起きていることを観察し続け、必要に応じて手を入れていく金野さんの活動は、まさにこの言葉を体現するものであり、そこにはこれからの建築家やデザイナーのあるべき姿が示唆されているように感じました。

1964年竣工の一棟ビルを改修した金野さんの仕事場。t e c oと畝森泰行建築設計事務所のオフィス、イベントスペース、ライブラリーなどフロアごとに異なる機能を持つ。 Photo: YurikaKono

2020年夏、コロナ禍のさなかに金野さんたちが移転したシェアオフィス「BASE」は、「地域ケア よしかわ」同様に1階スペースが街に大きく開かれた建築です。
さらに、窓サッシをすべて取り払い、一年中外気にさらされている2階スペース「GARDEN」などもあり、地域や周辺の環境との関係を否が応でも感じる仕事場になっています。

窓サッシを取り払った2階の「GARDEN」。 Photo: YurikaKono

AIが発展した未来においても、設計の仕事の中で絶対になくならないもののひとつとして「コミュニケーション」を挙げる金野さんは、このオフィスを、これからの建築家のあり方、働き方を考えていく実験の場として位置づけているようです。
共に働くスタッフたちには、オフィスに閉じこもり、限られた言語だけで仕事をするのではなく、さまざまな人たちとコミュニケーションする経験が積めるこの環境を楽しんでほしいと思いを語ってくれました。

既存の関係を“不可視”化するデザイン

最終回では、福祉関連の建築を多く手がけている金野さんに、改めて「デザインとケア」というテーマでお話を伺いました。

ケアをめぐる議論が社会のさまざまな場所で活発になる中、デザインにおいてもあらゆる領域で「ケア」の考え方が重視されるようになっています。
気づけば、近年グッドデザイン賞における最高賞である「グッドデザイン大賞」を受賞しているプロジェクトもケアに関するものばかりです。

・2023年グッドデザイン大賞 「52間の縁側」

・2022年グッドデザイン大賞 「まほうのだがしやチロル堂」

・2021年グッドデザイン大賞 「遠隔就労・来店が可能な分身ロボットカフェ」

2023年のグッドデザイン金賞を受賞した「春日台センターセンター」をはじめ、福祉関連の建築を手がけることが多い金野さんですが、その多くは複数の用途を持っていることが特徴です。
その結果、多様な人たちが集まっている金野さんの建築には、その空間にいる一人ひとりが自らの役割を見出していくような不思議な力があると感じます。春日台センターセンターで社会福祉士がコロッケを売っている光景は、その象徴的なものだと言えます。
デザインとは、物事を「可視化する」行為だとよく言われますが、金野さんの建築をデザインの観点から見てみると、既存の力関係や役割を一度リセットすること、言い換えれば“不可視化”することにその特徴があると言えるかもしれません。そして、ケアの問題と向き合う上では、ケアする/されるという関係を“不可視化”するデザインこそが求められるのではないでしょうか。

春日台センターセンター(2022) Photo: morinakayasuaki

ミノワ座ガーデン」では、敷地を覆う塀を取り払うことで、社会からは見えにくい老人ホームという存在を大胆に街に開きました。
金野さんはこのプロジェクトを、老人ホームにおける人々の営みを街に向けて「可視化」すると同時に、近代以降に確立された「境界」という概念を「不可視化」したものでもあると説明してくれました。「活動の可視化」と「境界の不可視化」によって、施設と街との関係に変化が起こり、日常の風景が大きく変わっていったのです。

「ミノワ座ガーデン」(2016) Photo: yasuyukitakagi

他にもこのエピソードでは、現在の福祉サービスや建築における制約を乗り越えるクリエイティブの力「ケア」と「仕組み」を行き来するデザインなど多岐にわたるトピックが飛び出しました。
課題が複雑に絡み合い、ケアの現場においても切実さが増しているからこそ、「目の前の課題を解くことだけが私たちの仕事ではない」と語る金野さん。最後に残してくれたこの言葉に、金野さんの活動のすべてが集約されているように感じました。

「ミノワ座ガーデン」(2016) Photo: yasuyukitakagi

次回のゲストは、TSUGI・新山直広さん

次回のゲストは、福井県鯖江市を拠点に活動するデザイン会社・TSUGIの代表でクリエイティブディレクターの新山直広さんです。
地域で活動するデザイナーを「インタウンデザイナー」と定義し、地域とデザインの学校「LIVE DESIGN School」を立ち上げるなど、地域におけるデザインの役割を拡張し続けている新山さんにさまざまなお話を伺いました。
すでに1回目のエピソードが公開中ですので、ぜひチェックしてみてください。

新山さんに続くゲストについても絶賛仕込み中です。イベントやメディアと連携した企画も進行していたりするので、ぜひ今後の展開にもご注目ください!


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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