里山×サッカパウ イベントレポート
舌はうっとりと蕩け惚けながら、頭はバキバキに動く。この素材は?この構成は?このマリアージュは?意外な驚き、発見の楽しさ、深い納得が次から次へと襲いかかる。感覚と思考が研ぎ澄まされ、往来する感覚が心地いい。コンセプチュアルなパフォーマンスアートを鑑賞するように、ディナーを堪能する体験。あの素晴らしいひとときの記憶をたぐり、そのコースとムードをあなたにシェアしよう。
西麻布のクリエイティブイタリアン、SACCAPAU(サッカパウ)にこの夏、新しいシェフが就任した。
吉沢悠椰。
若干31歳で、新時代の若き才能を発掘する日本最大級の料理人コンペティション「RedU-35」にて、2年連続シルバーエッグを受賞。新進気鋭の覇者だ。
彼の料理人としてのキャリアのゴングは、北陸の石川県で鳴り響いた。最年少最速でミシュラン二つ星を獲得した砂山利治シェフが務めた金沢の Les Tonnellesに勤務。また直近までは能登にあるオーベルジュ、Villa della Paceにてスーシェフを担当していた。
土地に根付き、作り手と密に対話し、時には自ら収穫した素材と真っ向から対峙し、ガストロノミックな一品へと昇華させる。今の時代においては、ある意味これ以上ないと思えるほどの恵まれた環境で、料理の技と心を研鑽させてきた。
元シェフであり、現在もエグゼクティブシェフとして携わる田淵拓からバトンを受け取った吉沢。2024年からの本格始動に先駆け、お手並み拝見とばかりに10月から1ヶ月間のうち週2回、「里山×サッカパウ」と題した、新コンセプトのスペシャルコースを披露した。
あらゆるものを、里山の野菜に転換させる。
前菜からしてやられた。
リンドウの花を思わせる、赤い前菜の正体はビーツ。5時間オーブンで乾燥させ燻製をかけることで、生ハムのような仕上がりに。確かに食べると、生ハムそっくり。だけどさらにフレッシュで溶けるような食感。上にのせたナツハゼ、クリームチーズのムースとの一体感も頼もしい。
さらにこちらの半円状。小さなタコスのようだけど、生地は加賀レンコンをすりおろしたレンコン餅。そこに挟まれた加賀レンコンとシメサバ。少しの酸味がアクセントになり、旨味とともに立ち上がってくる。
そしてライ麦のタルト生地に、恋するマロン(!)という名を持つかぼちゃのペーストがオン。深い甘み、そして大和橘という在来柑橘の泡が合わさって、螺旋階段のように駆け上がる。ウマい!
さらに温菜。大野芋という福井県の里芋を生地にし、中にカチョカバロのチーズを詰めたものを。食感は生ドーナツのようにもちもちで、中身はとろとろ、滋味深いあまじょっぱさ。
しかし、これでは終わらない。
「ソースには、うるかという鮎の内臓を発酵させた塩辛のソースを使ってます。ぜひこちらも付けてどうぞ」
食べてみると、味変どころか味激変!苦みとうまみがあいまって、新しい世界へと誘ってくれる。
これら前菜だけですでに、吉沢シェフが届けたいコンセプトが伝わってくる。石川県をはじめとする里山の食文化、その秘められた多様性と可能性。また野菜がメインなのに、アプローチ次第で、こんなにも豊かな食感や、味わいのバリエーションが生まれること。
道が見通せると、その先の世界をよりとらえることができる。ワクワクも、ますます増していく。
自家製の発酵がアクセント。
サッカパウの醍醐味と言えるのは、カウンターからステージのように見渡せるオープンキッチン。料理を口に運びつつ、次に出てくる料理の仕上がりを見られるのは、本当に楽しい。
しかも吉沢をはじめ、若いスタッフたちが懸命に動く姿は、カジュアルさと緊張感がほどよく調和し、これまでとはまた違った空気感を醸している。
そしてやってきたのは、長崎の五島列島で獲れたアオリイカ。広島のベルガモットと合わせてマリネしたものを、カブや山芋などの根菜をピクルスにして刻んだタルタルとあえた一品。そして北陸の黒作りというイカを墨ごと使った塩辛に、ハーブと合わせたものを忍ばせている。
とろろのような粘り気、シャキシャキとした軽快な歯応えとのコントラストが楽しく、レモングラスなどハーブの風味、喉の奥のほうに感じる黒作りの塩気もあいまり、複雑にかつ爽やかにまとめている。
こうした日本の発酵文化をリスペクトし、隠し味として持ってくるのは、吉沢シェフの得意とするところなのかもしれない。
鍋を開けると、そこには森があった。
やってきたもちもちのフォカッチャでソースをぬぐい、最後まで堪能していると、おもむろにシェフがストウブの鍋を持ってくる。
「次は原木舞茸です。5日間ゆっくり乾燥させてから、杉と一緒に油で蒸し焼きにしたものがこれです」と言い、ふたをあけると……
色っぽく艶めく舞茸から、たちまち森の香りが漂ってくる。
「このあとフリットにして、揚げたてをご用意しますので」と言い、さらりと去っていく。
その後、あっという間にやってきたのがこれ。
イカスミの衣で揚げたがゆえの湧き上がる香ばしさ、むっちりとした舞茸とサクサクとした衣の食感。舞茸のエキスは赤ワインとスパイスでソースにし、さらに能登の伝統技法「揚げ浜式製塩法」で作られた、希少な天然塩をお好みで。
おいしくない、はずがない。
料理に寄り添い、世界を広げるペアリング。
しかもともに供された、イタリアのオレンジワインがとにかく合う。
うまみと渋みがリズミカルに舌を踊り、最速のスピードでノックアウトされる。
ペアリングの妙は、その後もとどまるところを知らない。
続いてきたのがオレンジとロゼの中間、9割は白、1割は赤の品種を使ったチャーミングなナチュラルワイン。次のパスタと合わさることで中和され、やさしさがいっそう際立つ。
そのパスタがこちら、国産小麦のパスタを使ったアラビアータ。トマトは使わず、万願寺とうがらしを煮詰めて絞ったソースをからめ、泡のソースは上海カニのようなモクズガニという品種。これは吉沢の出身地である、新潟で採れるものだという。
深い甘さと辛さがぐるぐるめぐり、じわじわと体が温まっていく。サウナに入っているような気分だ。
お次のひと皿も絶品!
加賀野菜のひとつ、ヘタ紫なすの揚げ浸しとイワナ。その名の通りヘタの下まで紫色であること、また小ぶりで甘みが強いのが特徴。ふくませただしは「焼き枯らし」という能登の伝統手法で、イワナを囲炉裏などで焼いて干物にしたものからとっているという。
さらにイタリアのブロデッタート、なめらかで濃厚な卵黄とレモンのソースをまとわせることで、日本とイタリアが重なりあう、パンチのあるうまみがまたたくまに訪れる。そして後からもたげてくる、余韻の深さもしっかりと。
そこにペアリングされた、シチリアの赤が持つだしっぽいうまみと抱きしめ合い、国を超えたやさしい世界が広がって、なぜか勇気が湧いてくる。
仕上げは1200年の歴史を持つ漢方薬?
さて、いよいよメイン。スモークした鴨と、付け合わせに新牛蒡。オーク樽で熟成させたマルサラワインで作ったソースをからめていただく。
これだけでも十分と思いきや、さらに風味のマジックを仕掛けてくる。
烏梅(うばい)だ。梅を煤で燻しながらゆっくりと乾燥させて作る、奈良県に1200年前から伝わる漢方薬のひとつ。最近薬事法が変わり、こうして料理にも使えるようになったという。
たとえるならば、あの赤ジソのふりかけ、ゆかりのような酸味が、ふわっと鼻をくすぐってくる。
秋を感じる美しいデザート。
デザートもとことん楽しい。
柿と筒状のパイ生地を、薪をくべるように交互に積み上げたもの。カシューナッツのクリームを下に、さらに燻製の香りをつけたシロップを直前にかけることで、サクサクとした食感は残したまま、どこかエキゾチックなフレーバーが舞い降りる。
合わせるのはアルザスのピノグリを使った貴腐ワインだが、甘ったるすぎず後味も軽快。
お次のデザートは洋梨。状態のいいものをソルベにし、さらにキャラメルといっしょに炊いたもの、カカオを合わせたもの、カスタードクリームなどを、秋の落ち葉をイメージした盛り付けで。洋梨の繊細な味わいに、心躍る甘みが絡む。
この黒い粒々は、キハダという野生の木の実。昨年のものを乾燥させてレーズンのように保存させているという。
持ってきてくれた実物を、一粒試食。苦みとシビれ、柑橘のような爽やかさ。どこかで味わったことがあるなと思っていると、山椒だ。
キハダは一般に流通しているものではなく、シェフ自ら野草ハンターよろしく、山の標高の高いところまで行って獲ったものというから、それこそシビれてしまう。
そしてデザートのフィナーレは、手前からフィナンシェ、真ん中がティラミス。しかも六条大麦をダークローストしてエスプレッソの代わりにしたノンカフェインのもの。奥のピンク色は浜辺に咲く野生のバラ、ハマナスを使った琥珀糖。夏に収穫したものを、コンブチャに加工したという。
ほんの少しずつだけれど、しっかりとした満足感。それぞれの方向が異なる甘さを、こうばしいお茶が洗い流してくれる。
未知の世界へ旅することは誰もがワクワクすること。ただそれは実際に行くだけでなく、知らない食材と出会うことも、また旅。妄想をたくましくしさえすれば、たとえ東京のど真ん中でも郷愁の里山へ、僕らはいつでも訪れることができる。
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