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天川キュイジーヌと現代イタリアン イベントレポート 後編
2023年4月13日、
ボーダーのカットソーにエプロンという、カジュアルな格好で現れた砂山シェフ。ドレスアップされた空間、スマートなコックコートに身を包んだサッカパウチームとの、いい意味でのコントラスがあり、ほがらかな高揚を誘う。
今回のコースの組み立ては、ほとんどが砂山シェフの発案によるものだという。「なので今回は胸を借りている感じなんですけど、一緒にコミュニケーションをとりながら、インスパイアされながら、自分なりの得意なところやアイデアも入れていきたいと思います」
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ゲストを前に挨拶をする田淵シェフの背面では、すでにひと皿めの仕上げの真っ最中。スタッフがピンセット片手にカウンターを取り囲み、あたかも昆虫標本を作るように、ものすごい集中力で盛り付けている。
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やがて供されたのは、ニホンジカと真牡蠣のタルタル。もも肉の一番柔らかいところをたたき、コンソメのジュレをからめていただく。
なんてやさしい、なんてまろやか。口当たり、味わいともにひたすら上品で、そっと忍び寄るようにコクが分け入ってくる。真牡蠣の潮の風味、鹿肉ならではのきめ細かくもちもちとした肉質とのバランスも完璧で、最初からため息が出る。
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さらにマグナムボトルのシャンパンの泡を注入することで、まさしく牡蠣の殻が開くように、鹿が飛び跳ねるように、うまみがパッと弾け、サッと着地する。初めての体験!
「わぁ、きれい」
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そう、思わず感嘆してしまったふた皿めは、クロード・モネの絵画に出てくる蓮池のよう。この浮かんだ丸い葉っぱの正体はナスタチウム。そしてわさび菜で巻かれた中身は、八朔と寒鮒。フナと言っても川魚に抱くネガティブなクセは皆無で、澄んだ水面の中でゆらり優雅に泳ぐ姿さえ想起させる。
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また八朔は発酵させた山形の甲州との組み合わせによって、柑橘ゆえの輪郭がもたげる。ここでキュンと、口の中とハートをうずかせようという、ソムリエのニクい仕掛けだろう。
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耽溺しながらふと盛り付けテーブルを見ると、純白に輝く麺が大切に、慎重に鋤かれ、巻かれている。これはパスタ!?……
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いや、素麺だ。そう、奈良は三輪素麺の産地として、つとに有名であることを思い出す。これは「神杉」と呼ばれる最高級品だという。
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どこまでも細い麺、しっかりとしたコシはカッペリーニよりもデリケート。セリ、日向夏、最後にパルミジャーノをすりおろしたとろとろのソースをからませていただく。
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酸味と甘味が溶け合う複雑な味わいは、夏に「そうめんでいいよ」と軽んじられるアレとはほど遠い。また乳酸の酸味を当てた日本酒「新政」とのペアリングが、さらに和洋折衷の迷宮へと誘う。
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キッチンへ、そして盛り付けカウンターへ。サッカパウチームの間を縫うようにしながら、方々へと動き回る砂山シェフ。時が経つほどに連携がスムーズになっていくのが、客席からも見て取れる。そんなカウンター内の美しいフォーメーションも、見どころのひとつだ。
砂山シェフを凝視していると、バーナーを取り出すようすが目に入る。何やらイノシシの肉を炙っているようだ。
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それを丁寧に重ねたのち、上に被せられるのは、ウィリアム・モリスさながらの、ボタニカル柄が施された生パスタ!
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時を戻そう。数時間前、田淵がなんだか楽しそうに作業していたのは、まさにこれだったのか。
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ハーブの葉と花を丁寧に詰み取り、薄くしたパスタ生地に並べ、ふたつに折りたたんでパスタマシーンを通す。この配置ひとつとっても、シェフの美意識が溢れて、感じて、止まらない。
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そのパスタをよく切れるナイフで裂き、中から出て来た肉を合わせていただく。食べてなお驚く。よほど処理がうまくなされているのであろう、臭みはなく、深い滋味とやさしい香ばしさが訪れる。蕩けるように儚くセクシーな食感は、メスのイノシシの柔らかい部分だけを選別していると聞き、合点が行く。
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続いて出て来たのは、雨の魚(あめのうお)のソテー。
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天川村の「アマゴ」の別名で、卵を抱えた産卵期の状態のことを指す。じんわり、ふわり。たゆたうように穏やかで、身も味わいも繊細な世界が広がる。ソースのクレソン、巻かれたシグレットともにハーブの風味も軽やかで、いたずらに主張をしない。だからこそ、山椒がほんのりアクセントになる。
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また頭の部分は別添えになっており、カリカリとした香ばしい食感が楽しく、ミネラリーなシャルドネともリズムよく呼応しあう。
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ニコニコと微笑みながら砂山さんが持ってきたのは、丸ごとの鴨。奈良県御所市で飼育された合鴨肉「倭鴨(やまとがも)」。そこからおもむろに解体ショーが始まる。先ほどの笑顔とは真逆の、執刀医のように神妙な表情で切り捌いていく。
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ぬっと美しいピンクの身が露呈され、見ている者を魅了する。
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きれいに切り分けられたあとは、質感のある平皿に盛られ、大和橘という準絶滅危惧種の柑橘ソースがかけられる。
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食べた途端「大地」という言葉が浮かび上がってくる。大地で育まれたものを食べ、大地を駆けめぐって育てられた鴨のリッチ感。ねっとり、ほくほくとした付け合わせのチョロギ。
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大根の葉の花もこれまでにない力強さで、エネルギーがみるみる湧いてくる。鉄っぽいニュアンスを醸すブルゴーニュの赤が、追い討ちをかけ増幅させる。これぞ豊かさ!
お待ちかねのデザートは、なんと3品!まずは石川県のハーブガーデンで摘み取られた、スープのような「畑のアイス」。
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ラベンダーのシロップをかけていただく。奈良の月ヶ瀬紅茶とともに、草原を駆け抜けるような清涼感。自然が織りなす青い風を感じ、想像がふくらむ。
続いて、こちらも奈良県生まれのイチゴ「古都華(ことか)」のデセール。
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ピューレ状にしたものを球体にかたどり、凍らせた中にいちごの身を入れ、崩して食べる。
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このカラフルでチャーミングなプレゼンテーションに、食べながらじんじん胸が熱くときめく。
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そして極め付けは、超巨大なマドレーヌ!ここで上がったボルテージは、ひと口食べるとさらに高みへ。ねっとりと濃厚で、呼び寄せるかぐわしさ、解けていく甘み。これまであえて使わなかった「おいしい!」という禁句が、最後の最後に出てしまった。
砂山シェフがこれまで培ってきた石川、これから紡いでいく奈良のさまざまな作り手とのご縁。彼らが腕によりをかけ、手塩をたっぷりとかけ、たくましく育まれた山のもの、川のもの、海のものを、卓越した料理人の技で華麗に落とし込む。
ふたつの地域の愛と技が高次元で結実した、このコースそのものが最高の“マリアージュ”なのかもしれない。
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