嘘つきな孫。
みのり:人より少し扱いにくい人間。みはるに嘘をつく。
みはる:みのりの祖母。認知症になって施設に入る。
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みのり:瑠璃色の空、煌めく星たち。
みのり:秋の虫と夏の虫が入り乱れ合唱する夜に、私は生を享けた。
みのり:母たちに少し厳しく育てられた私は、人一倍、意地っ張りで……強情で……。
みのり:だけど何故か涙脆くて……。
みのり:人より少し扱いにくい人間に育った。
みはる:みちこ、アンタさー……。
みのり:「祖母ちゃん、私は「みのり」!何回間違えるの!」
みのり:私の名前を従兄妹のおばさんと間違える祖母ちゃん、「みはる」に私は笑った。
みのり:母も父も好きだが、私は祖母ちゃんも大好きだ。
みのり:いつも私の好きなことを手伝ってくれて……。
みのり:時折、面倒くさいなぁ……と思うことがあっても、私は祖母ちゃんが好きだった。
みのり:そんな祖母ちゃんが、施設に入った。
みのり:どうやら認知症になってしまい、徘徊や奇行が目立つようになり……仕方なくのことだった。
みはる:あぁ、みちこ!来たのね?
みのり:「私はみのりだって。……何?本当に忘れちゃったの?」
みはる:みちこが来たら渡そうと思ってね?はい、これ。みちこが好きなプリン!
みはる:お昼に出てねー食べようと思っとったんだけど……みちこが来るって聞いてね?
みはる:お母さん、食べずにとっておいたから!後で食べやぁね?
みのり:「(小声で)……みちこじゃないんだけど。
みのり:まぁ、いいや。後で食べるわ。」
みはる:みちこは本当に昔からプリンが好きだったねー?
みはる:まゆこにプリン食べられた時なんか、烈火の如く怒って!
みはる:あれは笑ってはいかんけど……面白かったわぁ。
みのり:「そうだね……。」
みのり:キャッキャッ、キャッキャッとはしゃぐ祖母ちゃんを見ながら、私はぎゅっと拳を握った。
みのり:みちこおばさんが大事にされてきたことが良く解って嬉しい反面……。
みのり:孫の私を忘れていく祖母ちゃんに寂しさを覚えた。
みのり:それから私は「みのり」では無く、「みちこ」として祖母ちゃんに逢うことになった。
みはる:みちこ、プリンだよ?
みはる:(少し間を開けて)みちこ、大学芋!
みはる:(少し間を開けて)みちこ、今日も来てくれて嬉しい!
みのり:「うん、ありがとう。
みのり:(少し間を開けて)大学芋かー、懐かしいな。
みのり:私も嬉しいよ、お母さん。」
みのり:私は「みのり」なのに、「みちこ」だと……嘘をついた。
【間】
みはる:みちこ……。
みのり:次第に弱弱しくなっていき、ベッドから動けなくなった祖母ちゃん。
みのり:母と父が「もう先は長くないな」と寂しそうに話していた。
みのり:「祖母ちゃん……私、祖母ちゃんに嘘をついていたの。」
みのり:祖母ちゃん譲りの二重の瞳から涙が溢れ出る。
みのり:「(泣きながら)私のこと……覚えてない?祖母ちゃん……。」
みのり:涙と嗚咽で声が震える。
みのり:「(泣きながら)私、祖母ちゃんにずっと嘘をついてきた。
みのり:だって祖母ちゃん、私を忘れちゃうんだもん。
みのり:意地悪だって……したくなる。」
みのり:私の言葉に、祖母ちゃんは不思議そうな顔をする。
みはる:何言っとるの、みちこ。
みのり:「(泣きながら)違う!私はみちこじゃない!!
みのり:私は!私は……みのりだよ?
みのり:祖母ちゃんの大事な孫のはずだったけど……忘れちゃった?」
みのり:私の問いかけに、祖母ちゃんは少し目を大きくし……何かを思い出した様だった。
みはる:みのり……?
みのり:「(泣きながら)ごめん、祖母ちゃん……もう嘘はつけない……!
みのり:死んじゃ嫌だ!!
みのり:まだ祖母ちゃんと喋りたいことだっていっぱいあるし!
みのり:思い出してよ!!
みのり:小さい頃よく抱っこしてくれた……。
みのり:母が居ない日はベッドで一緒に眠った……。
みのり:私は……!!
みのり:私は母と父だけじゃなく……祖母ちゃんにも育てられたんだよ!
みのり:……思い出してよ……祖母ちゃん!!!」
みのり:私の泣き叫ぶ声に驚いたのか、祖母ちゃんは少し震えていた……。
みのり:「もう……もういい。
みのり:これ以上部屋で騒ぐと……看護師さんに怒られちゃう……。
みのり:帰るね、バイバイ。」
みのり:私が後ろを向いた時だった。
みはる:みのり!!
みのり:祖母ちゃんが泣きながら私の名前を呼ぶ。
みのり:あぁ、やっと聞けた。久しぶりの自分の名前……。
みのり:「……やれば出来るじゃん、祖母ちゃん。」
みのり:私が涙を拭いながら振り返ると、祖母ちゃんも泣いていた。
みはる:ごめんね、ごめんね……!
みはる:ずっと私、アンタが「みちこ」だと思っとった……。
みはる:今まで私の話に嘘でも付き合ってくれてありがとうね?
みはる:忘れないよ……。
みのり:「……うん……。」
【間】
みのり:暫くして、祖母ちゃんは亡くなった。
みのり:安らかに眠りながら亡くなったそうだから……少し安心した。
みのり:祖母ちゃんの遺品を整理していると、懐かしいアルバムが出て来た。
みのり:そこには祖母ちゃんと撮った写真がたくさん残されている。
みのり:「(泣きながら)……祖母ちゃん……!!」
みのり:瑠璃色の空、星たちが煌めく時間になった。
みのり:「あの星の一つに……祖母ちゃんが居るんだね?
みのり:何か不思議だね?」
みのり:そっとアルバムを閉じ、窓の外に目をやる。
みのり:「祖母ちゃん、嘘ついてごめんね?ずっと大好きだよ。」
みのり:私の声に答える様に、星が一つ流れたのだった……。
↑ここで出て来た「みはる」さんが、お亡くなりになります。