【短編小説】 好きかも知れない
『まい、明日引っこすんだって! てんこーするかもしんない!』
ろう下から、聞こえてきたことば。あとから、男子と女子のおどろくこえ。れんらくちょうをかくためにえんぴつをうごかしながらも、ろう下のほうに耳がむく。
全校生徒に聞いてほしいみたいに、おおきな声だった。
さっきのははるみちだ。
はるみちはあたまがよくてあしがはやくて、とにかくすごい。にんきもの。まいちゃんははるみちがすきだってきいた。うわさだけど。
「それ、まだ終わんないの?」
後ろの席の女子がいやそうにいう。
「え? あ、うん、もう少し」
「ここの教室使いたいんだけど」
「ごめん、すぐどく」
ノートをまとめてランドセルにつめて、学校を出る。歩きながらプリントの一枚を置いてきたことに気がついた。でも、まあいっかと思ってそのまま歩いた。
いきたいところがあった。
学校から少し歩くとある、河川敷。そこにはよくまいちゃんがいた。その横顔はなんだかとってもさびしげで気になっていた。
まいちゃんとは幼稚園のときによくあそんだ。でも、小学生になってから、あまり話さなくなった。そういうものなのかなとおもって話しかけなかった。
でも、明日転校しちゃうんだったら。
河川敷をのぞくと、やっぱりいた。
ぼーっともしてないし。なにかは、考えてる。そのなにかはたぶんたのしいことではなさそう。
ゆっくりと階段をおりる。
まいちゃんは気づかない。
「まいちゃん」
すぐにふりかえった。口を結んだまま、見上げている。なにか言葉を発しようとしていたけど、それをさえぎって
「元気でね」
と声をかけた。次の言葉をさがしていると、
「はなちゃんっ」
とまいちゃんが立ち上がって言った。
びっくりしてまいちゃんの顔を見る。
変な顔をしていた。泣く前みたいな。
「はなちゃん、ごめん」
なんであやまられているのかわからなくて、聞き返さずに次の言葉を待つ。
「ごめんね。いじめられてるのにたすけてあげられなくて」
え? いじめられてるの?
まいちゃんの目から大粒の涙がぼろぼろ落ちる。ずっとはなのことで悩んでたの?
ん? いじめられてるの?
よくわからない。
わからないけどとりあえず、しかたがないことだとおもった。
べつにまいちゃんが悪いわけじゃないし。
それでわたしはどうすればいいんだろう。怒ればいいのかな? そんなこと気にしてないよって言えばいいの?
まいちゃんの涙はとまらない。はなよりまいちゃんのほうが泣いてる。ハンカチを渡すと、まいちゃんはまたえんえん泣き出した。ここの川しょっぱくなっちゃうよ、と思った。
「まいちゃん、転校しても元気でね」
はながいじめられている・いないのはなしはいったんおいておこう。とりあえずは、この話。まいちゃんは明日行ってしまうのだ。明日は話す時間が無いし、きょうだけだ。
まいちゃんはまたえんえん泣き出した。もしかしてスイッチ押しちゃってるのかな、と思った。
なみだごえがどんどん大きくなっていく。
だまっ、となりにすわると、まいちゃんも鼻を啜りながら、はなのとなりにすわった。
いっしょに川を見る。流れが速い。
「川早いね」
「うん」
「そういえば明日からどこの小学校に行くの?」
「あたし、転校しないよ」
「え? しないの?」
まいちゃんのほうを見る。いたずらっぽいえがおが幼稚園の時のまんまで面白かった。
「引っ越しはするけど学校は変わんないよ」
「あー。そーいうことなんだ。そっかあ」
ぜんぶせいかいみたいなはるみちもまちがえるんだなあと思った。
ちょっと、嬉しかった。
「わざわざ声かけてくれたのはなちゃんだけだよ。うれしい」
「そっか……じゃあ、そろそろいくね」
「え?」
わたしは立ち上がって、おしりについた草を払い、階段へと向かう。まいちゃんは待って、といってついてきた。
「それだけ?」
「え?」
足を止めて、まいちゃんを見る。まいちゃんは口ごもりながら
「なんか、告白? とか、されるのかと思ってた、から」
と言った。
があんと頭を殴られたような感じがした。立ち止まる。そんな気さらさらなかった。そんなことを言わせちゃってごめんと思った。
「なんで……?」
こんなことを聞くなんてひどいやつだとも思ったけど、ぜんぜん意味が分からなくてきいてしまった。まいちゃんはまたもごもごと
「だって、春道くんが言ってたの、はなはまいのことが好きかもしれないって……それで、きょう河川敷にいれば、ぜったいに話しかけに来るぞって……」
ガンガンと何度も頭をなぐられた、ような。
少しいたい。
はるみちはぜんぜんかんぺきじゃないんだって思って、おもしろくて、すこし泣いた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?