ブラックスワン講座(2) 1000日後に死ぬ七面鳥
1.「1000日後に死ぬ七面鳥」の話
七面鳥が肉屋に飼われていて毎日エサをもらっています。エサをもらうたびに七面鳥は、「人間の中でとても親切な人たちが自分にエサをくれること、そして、それは一般的になりたつ日々の法則なのだ」とだんだん信じていきます。そして1000日間毎日エサをもらい続け、その考えは確信に至ります。
ところが、感謝祭の前の日、思いもしなかったことが七面鳥に降りかかかり、親切だと信じていたその人に首を絞められるわけです。
これはバートランド・ラッセルが、帰納の問題を表した逸話を、タレブ氏が少し脚色して紹介したものです。過去の経験から将来を推測することの問題です。
七面鳥はエサをもらう回数が増えていくとだんだんと確信が強まり、更に日が経つごとに、つまり、ツブされる日が近づくほどに安心感は高まっていきます。そして皮肉なことに、安心感がもっとも高まったのは、もっともリスクの高くなった時なのです。
この七面鳥は、その経験から正しく学びました。そしてその経験が役に立たなかったどころか、将来の予測にマイナスの価値になってしまったのです。
ここに重要な錯覚が存在します。それは「可能性があるという証拠がない」ことを「可能性はないという証拠がある」と間違えてしまうことです。
七面鳥にとっては、「首を絞められる」可能性があるとは1000日間まったく考えだにしませんでした。毎日親切にしてもらっていることが、どんどんと自分の考えの裏付けになっていき確信に繋がっていきます。あたかもその証拠がそろっていくように感じるわけです。そして「首を絞められる可能性がある証拠はない」だけなのに、それを「首を締められない証拠がある」と勘違いしてしまうわけです。
2.ビジネスにおける七面鳥問題
この七面鳥問題は、ビジネスや投資において次のようなことに関連しています。
(1)現状のビジネス環境が長く続いて安定的な場合、今後も続くだろうという安心感から、実際に大きな問題が起こった時には、準備ができておらず大惨事となる。
(2)仮説を立てたときに、無意識のうちに仮説が真であることを裏付ける例を探してしまう。そしてその例が数多く揃ってくると、仮説が正しいという証拠だと勘違いをする。
この2つの問題は、人間の生まれつきの性質が関係しているので厄介です。それは、「自分の考えにあった裏づけばかり探してしまう傾向」であり、これを、認知科学者たちは、「追認バイアス」と呼んでいます。
裏づけを積み重ねても真実は見えません。観察された事実から一般的な法則を築くことは極めて危険です。これにより、ブラックスワンが私たちに見えなくなってしまうのです。
ビジネス、あるいは投資において、私たちは意識して、また無意識のうちに様々な仮説を頭の中に構築しています。たとえば、「今までうまくいっていたのだから、・・・」「金融情勢がこう変わったら、このように動くはずだ」などと考えて行動します。
その際に、順調に思った方向に行っている時、あるいは長い期間とても安定的に推移している時、そういう時こそ、私たちは、ツブされる前の七面鳥になっている可能性があるのです。
3.反証をあげる
投資家も、また企業の経営者、すべてのビジネスマンや生活者も、このような七面鳥になるのは避けたいところです。ではどうすれば、七面鳥にならずに済むのでしょうか?
「可能性があるという証拠がない」を「可能性はないという証拠がある」と間違ってしまうという話をしました。その場合、「可能性はないという証拠がある」ことを覆すには、「反証」を挙げれば済みます。
何百年もの間、人類が白い白鳥しか見てこなかったかもしれませんが、それがたった1羽の黒い白鳥さえ見つければ、「ブラックスワンがいない証拠がある」という命題は崩れます。どれだけ長い間、たくさんの白い白鳥しか見ていないと言っても、それはブラックスワンがいない証拠にはならないのです。
私たちは、自分の考えが間違っているかもしれない、会社の判断、仮説が間違っているかもしれないと考えて、その反証を探してみることです。それが受け入れにくい、いやなものであればあるほど、人は過小評価してしまうので要注意です。
また、確率が非常に低い、という理由で無視、または軽視されているような事象も要注意です。ブラックスワンの被害を最小化するための大きなポイントは、「ブラックスワンの『確率』でなく、『エクスポージャー』に焦点を合わせる」ことです(後述)。たとえ確率が極小であっても、全財産、会社が吹っ飛びかねない事象には、当然のことながら全力で備えておく必要があるのです。