「反脆弱性」講座 4 「進化」と「失敗」
「反脆さ」「脆さ」を語るとき、忘れてならないのは、その階層構造なのです。ある人の反脆さの陰には、必ず別の人の脆さがあります。システムでいうと、システム全体を反脆くするためには、システム内部に脆い部分が必要なことがあります。
一軒のレストランは脆いと言えます。ただし、レストラン同士が競争しあっていると、そのおかげである地域のレストランの集合体は反脆くなります。生物の個体は脆くても、それを複製する遺伝子に刻まれた情報は反脆いと言うケースもあります。
耐毒化やホルミシスは反脆さの非常に弱い形にすぎず、変動性や偶然から得られる利益は限られています。また、あくまで生物を個体としてとらえています。
ところが、「進化」に関連してもっと強力な反脆さというものがあります。これは、情報のレベルで働きます。その情報とは遺伝子です。ホルミシスとは異なり、その生物の単位そのものはストレスを受けて強くなるわけではありません。むしろ死んでしまいます。しかし、そこで利益の移転が発生し、ほかの生命単位が生き残ります。その生き残った単位は、単位の集合体を向上させる属性をもつわけです。これがいわゆる「進化」と呼ばれる変異なのです。
このように進化は、反脆さがあるからこそ機能します。進化は、ストレス、ランダム性、不確実性、無秩序が好きなのです。だから、個々の生物は比較的脆くても、遺伝子プールは衝撃を逆手にとり、適応度を高めていくわけです。
また、不死の生物であるなら、未来を完璧に予想して対応できないと絶滅してしまいますが、生命に寿命があれば、世代間で修正していけるので、未来を予測する必要性がなくなるわけです。たとえばある生物が10の子孫を残すとします。環境が安全に安定していれば10の子孫のすべてが繁栄できるでしょう。しかし環境が不安定で、10の子孫のうち5つの子孫が脱落すれば、進化にとってプラスと考えられるほうの5つの子孫が繁栄し、遺伝子は適応を進めるわけです。また、いわゆる遺伝情報のコピーミスによりランダムな自然突然変異が起こる場合は、いちばん優秀な子孫が繁栄し、ここでも種の適応度が高まります。
このように「進化」は、環境面でのランダム性と、突然変異のランダム性、ふたつのランダム性から利益をえることになるわけです。そして、それは個体より集団の反脆さであり、階層構造の上位に利益が移転されるのです。
この階層構造は、数学者マンデルブロが提唱した「フラクタルな自己相似性」(詳細は「ブラック・スワン」参照)のあらわれです。種は一部の生物を犠牲にして強くなり、生物は自分の一部の細胞を犠牲にして強くなるわけです。この関係が相似的に上位から会まで続くのです。
次に「間違い」の話です。脆いシステムだと、物事が計画通りにいくかどうかに依存します。逸脱は少ないほどいいわけです。一方、反脆いシステムだと、間違いを情報源として使えます。試行錯誤が多ければ多いほど、何がうまく行かなかったのかがわかり、価値をましていくわけです。
たとえば、飛行機の墜落事故が起こるたびに、安全性は増し、システムは改良され、次のフライトは安全になっていきます。これはシステムが反脆く、失敗を活かすことができるためです。
生物の場合に反脆さが機能するには、階層構造が重要だということを見てきました。これを人間の活動に当てはめてみましょう。
経済にも同じような階層構造があります。個人、企業内の部署、企業、産業、地域経済、そして最上位が経済全体となります。そして、経済全体が反脆く、「進化」するためには、個々の企業が脆く、破たんの可能性をもっていることが欠かせないのです。生物の進化が起こるためには、生物が死滅し、別の生物(または遺伝子)で置き換えられることが必要であり、これと全く同じです。そうでなければ、システム全体は改善しません。
人々は起業したり、レストランをオープンしたりします。つぶれる可能性などまったくないと思いスタートするわけです。そこには自信過剰、また軽率であったり、自殺行為的にリスクを取りに行く場合も多々見られます。その結果多くの失敗が積み重なること、これが経済全体にとって健全なことなのです。ただし全員が同じリスクをとることなく、リスクが小規模で局所的であると言う条件はつきます。
この個人と全体、また生物個体と進化のトレードオフの関係は非常に重要なポイントであると同時に、非常に残酷でもあります。自然界においてはひとつの種にとって、私たちのような各個体は脆い方がいいわけです。そうでなければ、進化論的な自然選択が行われないからです。