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なぜ私たちの給与がちっとも増えないのか?(1/2) エレファントカーブ

なぜ日本人の所得が伸びないのでしょうか。1990年のバブルのピークを過ぎてから経済は長期低迷状態、失われた20年とか30年とか言われ、いつのまにか日本人は「所得って増えないもの」という慣れにすら陥っています。日本経済の低迷、そして国民一人足りの所得も増えない理由として、労働生産性が低い、中小企業が多すぎる、イノベーションが生まれない、などいろいろ言われています。はたして本当にそれらが原因なのでしょうか?

現在先進国(OECD)の中で、一人あたりの国民所得はだいたい20位くらいと言われています。

一人当たり国民所得(政府資料)

2016年と少し古い資料ですが、第1位のスイスの約半分の4万ドルとなっています。アジアでは、石油産出国を除けば、シンガポールや香港以下の順位となっています。世界第2位の経済大国、金持ちニッポンの姿はもうどこにもないのです。

1.エレファント・カーブ

ここでまず世界的な大きな流れをとらえる必要があります。下の図を見てください(出典:日経ビジネス電子版)。グローバルな所得水準で見た一人当たり実質所得の相対的な伸び(1988年ー2008年)のグラフです。

エレファントカーブ(日経ビジネス電子版より)

このグラフは、左に「国民一人あたりの所得の伸び(%)」をとり、下に世界全体を貧しい人から、金持ちへ100等分して数値を入れています。

つまり、このグラフの左から、世界の最貧層~最上位の富裕層までを連続的に、それぞれの人々の、1988年から2008年の間の所得の伸びを表したものになります。

このグラフは、鼻を高くもたげた象に似ていることから「エレファントカーブ」と呼ばれています。

2.高度グローバリゼーションの時期

ここより、フランコ・ミラノヴィッチ「大不平等 エレファントカーブが予測する未来」(2017年 みすず書房)を一部引用しながら説明をしていきます。

この1988年から2008年の20年間は、ベルリンの壁の崩壊から世界金融危機(リーマンショック)までの時期とほぼ正確に一致します。これは「高度グローバリゼーション」期と言える時期でもあります。

この時期に、中国の10億人、ソヴィエト連邦と東ヨーロッパの5億人、そしてインドや東南アジアの国々などが世界的な相互依存的経済の領域に入ってきました。また同じ時期に通信面で大きな進展があり、多くの企業が遠い国に工場をつくるなど、一気にグローバルな展開が進んだ時期でもあります。また同時期に、金融面での規制緩和も進み、資本の移動も従来に比べてはるかに容易に行えるようになりました。

これらが同時期に進んだことで、この時期には、新たに経済領域に入ってきた周縁国の市場が開放されると同時に、周縁国の労働力を現地で雇えるようになり、名実ともに人類史上でもっともグローバリゼーションの進んだ時期だったのです。

3.エレファントカーブが示すもの

もう一度エレファントカーブを見てみましょう。

エレファントカーブ(日経ビジネス電子版より)

高度グローバリゼーションの恩恵はどこに行ったのでしょうか?これはグラフで、赤い点線で囲んだ部分であることは明らかです。

ひとつは、新興国(新)中間層です。ここには世界人口の5分の1が含まれていると見られています。このうち、9割はアジアの新興経済圏の人たちで、中国人が多く含まれますが、それ以外にもインド、タイ、ヴェトナム、インドネシアなどの人々が含まれます。中国においては、この20年間で実質所得は、都市部、農村部はそれぞれ、2.2倍、3倍になっています。インドネシア、タイ、ヴェトナムにおいても中央値付近の人々の実質所得は約2倍になっています。

一方、ほとんど20年間実質所得が伸びていないのが、黄色で囲まれた先進国中間層の人々です。この層の4分の3は、北アメリカ、西ヨーロッパ、オセアニア、そして日本という「古くて豊かな国」の人々です。この中でももっとも伸びが少ない(あるいは所得が減っている)ところは、アメリカ人、ドイツ人、日本人でいずれもその国の所得分布では下半分に属している層になります。特に日本人の下位50%の層は、実質所得はこの20年で減少しています(これに対して、ドイツ人の下位50%の成長は0~0.7%、アメリカ人の下位50%は累積で21~23%の実質成長となっています)。

もうひとつこのグラフからわかるのは、右側の先進国富裕層の伸びです。世界の上位1~5%の層になります。特に世界の上位1%にあたる超富裕層の人たちの実質所得は大幅に増えています。アメリカ人の12%がこの世界の上位1%に入っていると言われています。また、日本人の1%もこの世界の上位1%に含まれていると言います。

4.高度グローバリゼーションがもたらしたもの

このエレファントカーブにより、過去20年余りの高度グローバリゼーションの勝者と敗者が明確になりました。

それは2つの中間層、ひとつはグローバリゼーションの最大の勝者であり、生活水準を大いに上げた新興国の中間層です。そしてもう一つは欧米、日本など先進国の中間層の所得の停滞です。この二つの中間層がまったく対照的な運命となっているのです。

更に、もうひとつ、このグラフから読み取れる重要なポイントは、先進国の内部の対照的な運命であり、それは中間層と富裕層の分離です。先進国の富裕層はグローバリゼーションにより、更に所得を伸ばし、国内の不平等を明らかに拡大させています。そして、アメリカをはじめ欧州における、国内の下位中間層の不満は現在様々な政治的な動きにつながっており、国民の分断の問題が様々な場所で生じています。

さて、このような世界の動きを見た上で再度本題である、「なぜ日本人の給与が伸びないのか」に立ち返ってみますと、明らかにこのエレファントカーブで示されたごとく、日本人の中間~下位層がもっとも伸びない最悪の状態に置かれていたことがその理由であることは明らかです。

つまり、それは日本固有の問題ではなく、高度なグローバリズムの中、世界的な敗者となってしまったのです。そして、米国やドイツなどの先進国の下位中間層と同じ運命なのです。

それでは次に、なぜグローバリゼーションの進展が、日本人の中間層を「敗者」にしたのか、もう少し詳しく見ていきましょう。そのうえで更に、日本の中間層がなぜ(グローバリズムで同じ境遇の)米国中間層に比べて、収入も伸び率も低いのか検討していくことにします。