ソフトバンクに移籍した上沢はとんでもない不義理な人間だ
とか言って上沢を叩いている人たちが流石に気持ち悪すぎる。上沢は確かにルールの範囲内で行動をし、ルールの範囲内で契約をした。ここに対しては誰も異論がないことから、上沢に対する批判は感情論でしかない。しかし、感情論であることを開き直るばかりか、上沢を擁護したOBも一緒に炎上させられる。
上沢を叩かれる理由として挙げられるものは後述の通り大きくは3つに分けられるが、いずれも主張には欠陥がある。それなのに、あたかも上沢を批判する"倫理観のある人間"が、上沢という"不義理な人間"を(作り上げて)せっせと炎上させている。本当に気持ちが悪い。
話は逸れるが、ミシェル・フーコーは『監獄の誕生』という本の中で、近代社会の支配構造は「生権力」であると指摘した。これは、近代人は規律を内在化させることで、自己や他者を監視するという状況を、監獄というメタファーを用いて表した。こうした近代社会では、規律を乱す者を排除する様な力学が働き、社会の構成員が自ら進んで「狂人」「障害者」の様な人々(なんらかの基準により異端と見做された人間)を弾き出すようにできている。
上沢を叩いている人間も、上沢をスケープゴートにすることで「自らが倫理的であること」「自らが規律に反していないこと」に安心したいのだろう。
そうなりさえすれば、理由なんて後付けで良いのだろう。だからこそ、メチャクチャな理由で上沢のことを叩いている。
いい加減にしろよ。
そして日本ハム新庄監督がメディアに対して「育て方を間違えた」と発言したことで、大義名分を得たかのように日本ハムファンによる上沢叩きが加速した。新庄監督は、おそらくそうした発言をすることで日本ハムファンが喜ぶと分かってて発言したのだろうが、これで喜んでいるファンもファンである。
こうした同調圧力への反抗から、上沢の"罪"として言われていることに対して、反論をしたいと思う。先に言っておくが、本件に対して気に食わない/ムカつく/やるせないなどと思うのは個人の勝手である(し、それを非難するものではない)。ただ、上沢の一連の言動を批判しルールの改善などを求めるのであれば、きちんと理にかなった主張を行うべきである。上沢を叩きたいばかりに行き過ぎた発言が散見されるため、それに対して釘を刺すために本稿は書かれている。
①ポスティングで移籍させてもらったくせに
・92万円しか残さなかった
上沢を叩いている人間はもしかしたらご存知ないかもしれないが、ポスティングというのはそもそも海外FAで出ていかれたから球団の手元に残らないので、どうせ海外に行かれるなら移籍金をもらえるようにという制度である。金額がいくらであれ、移籍金を受け取ることで球団に対する義理を果たすことになる。そして、92万という金額に日本ハムが同意したというファクトがある以上、外野がどうこう言う筋合いはない。額はいくらであれ移籍金を受け取った上で選手の保有権も主張するのは傲慢すぎる。
・ポスティング=温情?
いやいや待てと、日本ハムフロントが主力をただ当然で放出したのは、上沢の夢を叶えるための日本ハムフロントの温情であるにもかかわらず、それを反故にした上沢はなんてやつだという意見も見られる。
分かります。球団の主力級の選手をほぼタダ同然でリリースするようなことをまさか日本ハムフロントがするわけないですもんね。
じゃあ、ノンテンダーFAってなんだったんですか?表向きは「選手の自由な契約の可能性を〜」みたいな美辞麗句を並べてたが、実情はクビである。ここまでドライな球団運営を行なっていた日本ハムが、自らの身を削って選手の夢を応援してくれるなんて、エスコンマネーの力は偉大ですね(笑)
(ノンテンダーFAが温情とかいう意見も見かけたが、流石にそこまで行くと話が通じないと思うので放っておきます)
もちろん、本当に温情である可能性も否定できないが、これまでの日本ハムの球団運営の方針を考えるとそうではない可能性も高い。しかし、外に出ているデータだけではどちらかは判断ができない。そうであるにもかかわらず、日本ハムがこのような(自分たちにメリットがなさそうな、いわば理解不能な)動きを取ったの温情に違いないと(根拠もないのに)決めつけてその恩を返せと迫り、「裏切り者」だの「無礼者」だの非難を行うのはやり過ぎではなかろうか。
まとめると、日本ハムが一見自分たちに利益がない(ただ同然で主力を放出する)ポスティングの動機を、温情が故と勝手に好意的に解釈をし、それを根拠に見返りを求めるのはあまりにも乱暴すぎはしないか。
②鎌ヶ谷の球団施設を使ったのが悪い
・じゃあ日本ハムの球団施設を使ったという報道が特に出ていない有原の時は叩かれてないんですね?
・じゃあ最初から筑後船小屋を使ってれば炎上しなかったんですか?
上記2つの質問の答えはいずれもNoであろう。その地点で、②は上沢が叩かれている本質の部分ではないのは明らかだ。「移籍したことではなくて、一連のムーブが良くないんだ」という人がいるが、鎌ヶ谷を使ってない有原も叩かれていたことを加味すると、「(鎌ヶ谷の施設を使った→)ソフトバンクに移籍した」という③の派生系でしかないことが分かる。(これは「鎌ヶ谷の施設を使う→日本ハムに戻った」だったらどうなるかを考えたら明らかである)
また、最初から筑後船小屋を使ってたらこの批判は回避できたかというとこれもNoである。それはそれで「ソフトバンクと密約があったんだ!」などと言われるに決まっている。昨今のダーティなイメージのあるソフトバンクならば尚更である。
そうであるならば、上沢に残された選択肢としては自分で場所を探す/鎌ヶ谷を使わせてもらうしかないのである。また、日本ハム球団の所有物を日本ハム球団の許可を得て使ったのだから、悪く言われる筋合いはないだろう。
「移籍する気満々のくせに鎌ヶ谷を使ってたなんて酷いやつだ」とも言われているが、果たして本当に鎌ヶ谷を使っていたタイミングで内心では別球団と契約を結ぶ気満々だったのだろうか?これは完全な推測になるが、鎌ヶ谷を使っていたタイミングでは日本ハムに戻る気だったものの、日本ハムから打診された契約内容があまりにも渋いものだったので方針を切り替えたという可能性を否定する材料はない。否定できない以上はやはり、(気に食わないという気持ちは理解できるものの)決めつけて批判をするのは良くないと思う。
③よりによって敵チームに移籍するな
・単年打診=温情?
そんなわけないだろ。正直言って、こんなめちゃくちゃなことを言う人たちに叩かれている上沢が可哀想である。「FA取得前だからあえて単年したハムの優しさを分からないのか」という意見があるが、そんなわけないだろう。FA取得前年の選手
最初は球団側が複数年契約を打診することで引き止めの姿勢を見せるも結果として単年に落ち着くというケースがほとんどであり、最初から単年打診を行ったということはそこまでして囲いたくはないという熱量の現れである。
先ほどの話に戻るが、上沢は当初日本ハムに戻る気で鎌ヶ谷の施設を使用していたが、日本ハムからは単年契約しか提示をされなかったため自らの評価の低さを感じ、他球団の声を聞いたという流れであったとしたら説明はつく。 (もちろんなんの根拠もないので、あくまで仮説に過ぎないが)
「金額は誠意」という昔の銭闘民族の言葉もあるように、契約条件として上沢の納得のいくものを出せなかった以上は、誠意が足りなかったということになるだろう。「金で選ぶな」と言ったところで、そういうことを言う人間が上沢の人生に対して何も責任を負うわけではないということは肝に銘じるべきである。
「伊藤大海より高い金額を出せないから仕方ないだろ」という意見もあるが、そうであったとしても日本ハムの評価が伊藤大海未満だってということには変わりない。
第一、FAをとって移籍したところでどちらにせよ叩かれるというのは近藤健介によって証明されている。FAで移籍した近藤ですら「金に目が眩んだ」などと言われていたことを踏まえると、FAの取得有無はさほど問題ではないのではないかとすら思えてくる。
また、ファンは簡単に1年ぐらいというが、プロ野球選手にとっての1年の重みが我々素人に分かるわけがないだろう。特に、成績が下降気味のベテランにとっての1年とは、「その次はないかも?」という恐怖の中での1年であり、我々が軽々しく「たった1年」などと言っていいものではなかろう。無礼者は果たしてどちらだろうか。
(あるかどうかもよく分からない)恩義を果たすために、(次の契約がないかもしれないのに)納得しない給料で働けと要求することはファンとは言えない。
④後の選手がメジャー挑戦しにくくなる
これに関してはまず典型的な詭弁であるという点に注意が必要である。
よく夫婦別姓の議論に際して「子供がかわいそうだ」という意見が見られるが、それと同じ構造での批判である。
こうした点も踏まえて、感情面を抜きにした論点整理を行うとこのようになる。
・今回の件をきっかけに、NPB球団はポスティングを控えるようになるか?
・そうなる場合、その責任を上沢に着せるべきか?
これら2つがYesとなって初めて、主張が認められるだろう。
まず最初の、本件によってポスティングを控える動きが出てくるだろうか?という問いに対しては、Noだと考える。
昔は田澤ルールによって直接メジャーを目指す選手のNPBにおけるキャリアを制限するような動きがあったが、最近は佐々木麟太郎をはじめとして直接メジャーを目指す高校生が増えてきた。そんな中で、NPB球団がポスティングを制限する方向に舵を切るだろうか?海外FAを取る頃には旬が過ぎてしまっている先逹たちも多い中で、ポスティングを容認する球団はメジャー志向が高い選手にとって魅力に映るはずだ。また、ポスティングを条件にしてハイポテンシャルな選手に交渉ができるうえ、入団後の目覚ましい活躍によって高い移籍金を得られるのであれば球団としてはポスティングを行うインセンティブは引き続き残るだろう。
むしろ、第二の大谷翔平を逃す方がリスクであると考えていてもおかしくない。また、スター性のある若手選手を大事にする日本ハムという球団方針からして、このインセンティブの効果は大きいと考えられる。
選手もビジネスであると同様に球団側もビジネスであり、自らの利益を最大化するための行動を取っているのだ。今回の一件があったからポスティングを認めなくなるような球団は最初からポスティングなど認めてないだろう。
ポスティング制度は欠陥だ!ルールを改善しろ!と声高に叫ぶ人たちの声が大きいが、そもそも日本ハムはそんな可能性があることはわかっててポスティングを認めたのである。(もしその可能性について考慮していなかったとしたら、「ベテランをプロテクト外にしてても人的補償として指名されないだろ」という考えと何が違うのか?)
自分たちの溜飲を下げるためだけに、選手たちの自由を狭めるような形ではなく、選手にとってもきちんと利益のあるような形で考えていく必要があるだろう。「ポスティング後古巣にしか戻れない」というルールができたとして、選手側に何のメリットがあるのか?少し考えただけで、メチャクチャなことを言っているのが分かるだろう。
ファンありきのスポーツであることは間違いないが、その前に選手ありきだろう。そのことを忘れないでいただきたい。
結論
上沢を嫌いになるのは個人の感情の問題なので勝手にすれば良い。ただし、批判となると話は別である。日本ハム側への好意的すぎる推測と、上沢を叩けさえすれば何でも良いと言わんばかりの無茶苦茶な言説が飛び交っている。いくらお金を落とすのはファンだからとは言え、選手ありきのスポーツである。他人に不義理だのダサいだの言う前に、少し冷静になった方が良い。
上沢を戦力として捉えていなかった日本ハムと、先発を補強したいソフトバンクと、少しでも好条件(おそらく金より複数年契約の方だと思うが)を引き出したい上沢とで、3者の利害が合致している状況に対して、自分らのお気持ちを理由にステークホルダーであることを主張するファンという構図である。仮にもステークホルダーであることを主張するのであれば、他ステークホルダーの立場をもう少し考えるべきである。