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長編『旅客機からの緊急脱出』より GW特別企画【毎日2分の重大情報⑤】

4. 90秒ルール

こういう風に意識をして飛行機を見たことはないかもしれませんが、搭乗して自分の座席に向かう際に縦に通路が通っています。2列平行して通路があるなら、その飛行機は中型機・大型機の部類に入ります。ワイドボディ(Wide-Body)と呼ばれ、200席以上あるので長距離に使用されることが多いです。これに対し通路が1列の飛行機は小型機の部類。中距離以下に使われることの多いナローボディ(Narrow-Body)と呼ばれるもの。

想像してみて下さい。自分の座席が後ろであればあるほど、奥へ入るのに時間がかかりますよね。特に満席状態の時、決して1分やそこらで自分の座席にたどり着くことはできません。逆に降りる際にすぐ出れるでしょうか。後ろにいる方は長蛇の列に並ぶことになります。荷物もって。子供抱っこして。ハイヒールを履いている人もいます。

満席のワイドボディ機から全員が1分やそこらで外に出れると思われますか?
断言します。無理です。ありえません。

最近、報道で「90秒ルール」という言葉が紹介され、あたかも90秒以内に乗客を全員脱出させることが可能であるかのような話しがまことしやかに流れるようになりました。これにより勘違いされている方が多いように感じています。

ではこの90秒とは何なのか。飛行機を売る前にメーカーは、この飛行機は事故が起こった際、90秒で全員が脱出できるくらい安全ですよ、という証明を国にしなければならないようになっているのです。ある程度の大きさの飛行機に定められた安全基準の一つです。実際にデモンストレーションを行う場合、参加者が90秒で脱出できることが実証されなければ飛行機を売ることは許されません。さまざまな年齢層やある一定の男女比率で行われるのですが、このデモンストレーション、健常者のみで構成されており、満席状態でなくても良いのです。泣き叫ぶ赤ん坊や、言うことを聞かない子供が側にいる訳でもなく。

現行の決まりではそれでよいことになっているのです。さすがに最近はこれは現実的ではないということで、アメリカでも見直しを求める声が出てきています。近く変わるかもしれません。

そうです。非現実的なんです。実際には突然の出来事に固まってしまって動けない人がいるはずです。転倒する人もいるでしょう。言うことを聞かない人は必ずいるはず。よくスマホなどでの撮影映像が流れます。これは緊急時には禁じられていることです。この作業をしている後ろの人はつっかえます。誰かが荷物を取り出そうとすると、後ろの人も一つくらいはと続きます。その後ろも。流れが止まります。トレイが出ていたり、リクライニングが倒れていると一瞬つっかえてスムースに出れません。横幅の広い人や妊婦は、体を横にしないと通路に出れません。非常口座席の近くに荷物を置いているとつまずきます。暗闇だと視界に入りません。誰か叫ぶと焦ります。一人が叫ぶと連鎖するでしょう。そうですパニックになります。脱出スライドを滑る手前でCAにハイヒールを脱げと言われます。全員がそれを待たざるを得ません。スライドに穴をあけられると困るんです。無理やり持ってきた荷物もそこに置いていけと言われます。スライドに穴があくと脱出できなくなるのです。コクピットの前にドンドン荷物が積み上がっていって、パイロットが出れなくなったという事例もありました。さきほどの車椅子の方、目が不自由な人を助けるのは誰でしょう。付き添いの方がいれば良いですが、いない場合はCAかパイロットが手伝います。最悪の場合は我々の中の誰かがかかえて一緒にスライドを滑ります。

こういうことを我々は四六時中考えているのです。だから万が一のために安全ビデオや安全のしおりなどを作って、皆さんに緊急時にしてほしいことを周知しているのです。でもほとんどの方がそれらに見向きもしていないのを我々は知っています。きっと大丈夫だろうと真剣に受け止めてもらっていないのでしょう。世界の航空会社はいろんな方法で乗客に大事なことを聞いてもらおうと、面白いビデオを作ったり、エンターテインメントに富んだデモンストレーションを行って工夫をしているのですが、なかなかうまくいっていません。どのようにしたら全ての乗客に真剣に話しを聞いてもらえるのか、航空会社の課題です。現実的な話し、満席のワイドボディ機から10分で全員が脱出できたらかなり早い方だと思います。ただただ迫ってくる火の手や煙・有毒ガスがそれより遅いことを祈るのみです。

じゃあ一刻も早く脱出できるように、これからは非常口の近くに座ろうと思った方。先ほどの90秒ルールは、全ての非常口の半分が使えないという想定です。右エンジンから火災が起こっていたら、左側の非常口しかCAは開けません。その時にあなたはたまたま左側に座っているでしょうか。もしかして座席を乗り越えていくから問題ないなんて思っていないでしょうか。ほとんどの場合、煙や有毒ガスが発生して立っていられないことが想定されます。CAから口をおさえてかがむように指示を受けるでしょう。全員がかがんで通路を移動します。どんなスピードで進むかは容易に想像がつくはずです。

ビジネス/ファーストクラスに乗っているからすぐ出れる、という方。席は前の方なので搭乗してすぐに着席できたことでしょう。いま入ってきた入口が、緊急時にも使えるものだと思い込んでいませんか?どんな事故にあうかわかりません。後ろのドアしか使えない状況になった時、そう、あなたの降りる順番は最後になるのです。統計的には、衝撃で亡くなる方より、その後に充満してくる煙や有毒ガスを吸いこんで亡くなる方の数の方がずっと多いのです。だからこそ早く脱出しないといけないんです。

いったいどうやったら早く脱出できるのでしょうか。

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