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日本車内会話集#09「ワショクスキー星人、偵察」

【人物】

ポンズ  ワショクスキー星第三王国陸軍少佐

ミョウガ ワショクスキー星第三王国王立総合研究所主任科学者

【場面】

2024年4月12日、福島県会津若松市、昼


   ポンズ少佐は運転席に座り極めて正確に車を操作している。助手席に座るミョウガ博士は、福島県の観光ガイドを開いている。

   ふと顔を上げた博士が、窓を開いておもむろに顔を突き出す。車の進行方向を向き、顔の正面から風受けている。

ミョウガ 我々は宇宙人だ!我々は、宇宙人だ!

   首を傾げ、車内へ頭を戻す博士。

   窓を閉める。

ポンズ 何事でありますか。

ミョウガ 昨日の銭湯、脱衣所を思い出したまえ。一人の童児期男性が送風機の前で同じことをしていた。

ポンズ 覚えているであります。

ミョウガ 彼は、実際にはいわゆる宇宙人ではなかった。であれば、どうして彼が事実と異なる発言をああも堂々としたのか理解できない。一種の宗教的な儀礼に違いないが。それで今、風を受けているという状況があの儀礼には重要であったのだと、ふと私なりに仮説を立てた上で、検証してみたわけだが……。

ポンズ どうでありましたか。

ミョウガ わからん。さっぱり、理解できん。

ポンズ ともかく、次何か行動に移す際は、一度吾輩に確認を取るであります。これは安全保障上の基礎的な取り決めであります。

ミョウガ あぁ、可能な限りそうしよう。

   すでに博士は旅行ガイドに視線を戻している。しんとする車内。

ポンズ 店はまだ決まらんでありますか。

ミョウガ うむ。こっちも一生懸命選んでいるのだから、そう急かさんでほしい。

ポンズ 博士。判断は早急に、簡潔にお願いするであります。適当に市内を走らせるのも限界がある。もう十五分で、会津を出てしまうであります。

ミョウガ であれば会津を出ないように走ればよろしい。市内の偵察も兼ねているのだから、この際隅々まで走りたまえよ。

ポンズ 我々はもう四十分以上こうしているのであります。そんな余裕はない。食べログで一番評価の高い店にするであります。

ミョウガ これだから君ら軍人というのは、平気で大きな間違いをするんだ。私はこの数日で気づいたがね、店選びというのは科学と同じなんだよ。多角的に事実を抽出し見比べて、結論を導くのにも極めて慎重に行わなければならない。いいかね。ご理解いただけたらば、これ以上口を出さないでくれたまえ。これは私の専門だ。君はせいぜい、車を走らせながら君らのおもちゃをどこに落とすか考えていたまえ。

ポンズ 専門というのであれば、仕事は迅速に取り組むであります。博士は必要以上の時間を要している。これ以上要求するというのは、誠に不相応な要求であります。

ミョウガ 君の意見も理解するが、コーヒーを出してくれるラーメン屋がどうも見つからないのだ。

ポンズ であれば、コーヒーは諦めるであります。

ミョウガ それは無理だ。私は食後にコーヒーを飲みたい。

ポンズ なぜコーヒーにこだわるでありますか。

ミョウガ いいかね、色々な書物を読み漁ってわかってきたことだがね、この星においてコーヒーとは、インテリの飲料とされてるのだ。加えてこの国では、コーヒーのコマーシャルに異星人が出演している。君も見ただろう?よって私は、コーヒーしか飲みたくない。私はコーヒーと私に、強い繋がりを感じてやまない。

ポンズ 軍人の飲料は?

ミョウガ なんだね?

ポンズ コーヒーがインテリの飲料であれば、軍人の飲料はなんであります。

ミョウガ そんなものない。

ポンズ この星の軍人は飲料を摂取しないでありますか。

ミョウガ あるいは。あらゆる可能性が考えられる。

ポンズ もしそうであれば、驚異的であります。

ミョウガ 待て。カレーがあった。

ポンズ カレーでありますか。

ミョウガ この国のカレーは元々海軍の料理だったと聞く。さらにこんな言説もあるのだ。カレーは飲み物、と。これらの事実から察するに、軍人の飲料はカレーだと思われるな。

ポンズ では、吾輩はカレーを。

ミョウガ 無理を言うな。軍人の飲料など、民間の飲食店で提供されているわけなかろう。

ポンズ それも然りであります。

ミョウガ だが……。うーむ。どうしてだ。なぜラーメン屋では飲料の提供をこうも怠っているのだ。

ポンズ ラーメン屋だからであります。

ミョウガ 実に軍人らしい回答だな、少佐。

ポンズ 元々喜多方ラーメンなるものを食したいと申されたのは博士であります。コーヒーと喜多方ラーメン、どちらか選ぶであります。

ミョウガ 喜多方ラーメンを食さないわけにはいかない。ご当地グルメを食しておかなければ、実地調査の意味がないではないか。

ポンズ であれば、コーヒーを諦めるであります。

ミョウガ (ため息をついて)仕方がない、コンビニか自動販売機で買っていこう。

ポンズ これで、店は決まりでありますか。

ミョウガ 馬鹿を言っちゃいけない。これから美味の評価値と値段設定等を加味した理論上最も適切な店を選び出すのだ。それも数字でな。これが君にはできないことだ。私が今しがた導き出したアルゴリズムを用いる。見たまえ(と言いながら油性ペンで窓ガラスに数式を書き始める)。

ポンズ 窓ガラスに文字を書き込まないで頂きたい。窓ガラスに文字を書き込まないで頂きたい。博士。

ミョウガ なぜだ!書くスペースが足りないんだ!

ポンズ サイドミラーがよく見えないであります。走行の安全性に深刻な影響が出ているであります。それと、レンタカー屋に余分な請求を受けるであります。最悪、レンタカー屋に怒られるであります。

ミョウガ だから一台買っておこうと私は言ったのだ!

ポンズ 所有の問題を抜きにしてもガラスには書き込まないで頂きたい。サイドミラーが見えないであります。

ミョウガ わかったわかった。わかったから同じことを繰り返さないでくれ!まったく、これは油性ペンであって、アルコールと繊維があれば元通りにできる!何も問題はないというのに!

ポンズ アルコールも繊維も持っていないであります。

ミョウガ 買えばよかろう。その辺で。

ポンズ 博士。我々の予算はそこまで潤沢ではないであります。可能な限り節約を要求するであります。

ミョウガ 何、君がまた迷い猫を数匹探せばすむ話ではないか。

ポンズ 猫を探す仕事は、人間の家から猫が脱走していなければできないであります。

ミョウガ まだ迷い猫はいるだろう。

ポンズ もうあの住宅街の猫はすべて家に帰したであります。

ミョウガ では私が猫に手を貸して、家から逃がしてやろう。私が猫を逃がす、君が飼い主から依頼を受けて逃げた猫を探す、お金をもらう。これで問題なかろう。

ポンズ あるいは、場所を変えるであります。

ミョウガ 迷い猫のいる別の町へ。それもある。ともかく、この通り予算はどうとでもなる。つまらんことに気をもむな。私達は現在、一秒一秒ワショクスキー星人の歴史を刻んでいるのだ。

ポンズ その一秒一秒を無駄にしないよう、お願いするであります。

ミョウガ わかったから!同じようなことを繰り返さないでくれ。二度目だぞ。

ポンズ 念を押すのも吾輩の役割であります。

ミョウガ では私の機嫌を損ねるのも君の役割かね?いいから、それぞれの職務を、その本質となる役目をお互い全うしようじゃないか。

ポンズ 異論はないであります。

ミョウガ よろしい。ともかく市内のラーメン屋をすべてこのアルゴリズムに通すから黙って待ちたまえ。

ポンズ ごゆっくり、するであります。

ミョウガ いいぞ。ようやく別のことを言えたな。それが皮肉だ。仕事仲間がまた一つ賢くなったようで私は喜ばしく思うぞ。

ポンズ それも皮肉でありますな。

   一瞬の間。

ポンズ 博士、質問してもよろしいでありますか。

ミョウガ 店選びに関わることじゃなければよかろう。

ポンズ この星を侵略するのは、可能でありますか。

ミョウガ ……その答えが出ていないから、こうして実地調査をしているわけだが。

ポンズ 現段階での考えを聞かせるであります。吾輩も上に、経過報告をしなければならないであります。

ミョウガ ふむ……。まず、どのような侵略かによるな。

ポンズ というと?

ミョウガ ただ破壊によって制圧することは、不可能か可能かで言えば、不可能じゃない。ただし、そういうわけにもいかない。だからこそ、君らは私を連れてきたわけだが。例えば無条件に猫は生かしておきたい。料理人も生かしておく。この星の人間以上に上手い料理を作れる生命体はそういないからな。それに伴って、食料生産者も残しておかなければならない。畑や牧場も、破壊できない。さぁ、そろそろ、武力でどうこうというやり口では面倒になってくる。

ポンズ 博士、結論を述べるであります。

ミョウガ 侵略は不可能じゃない。ただ、君らの出番はないだろうな。というより、ない方がいいだろう。あくまで現段階の結論という話だが。

ポンズ 軍人はいらないでありますか。

ミョウガ いらないというより、いない方がいい。この星の生き物に恐怖を与えると、何をしてくるかわからない。なんにせよ、十中八九こちらの都合に悪いことなのは確かだ。暴力を匂わせるべきじゃない。

ポンズ 理解したであります。

ミョウガ 一つ、この国の歴史に面白い事実があった。黒船の来航と言うんだが。ジャポンが長い事外交関係を持っていなかった頃だ。突然、高度な技術力を持った大国の船がやってきて外交をしようと持ち掛けて来る。ジャポン人は友好派と敵対派に分かれ、国勢は大きく荒れた。しかし結局、国は開かれた。外交的な争いはほとんどなく。激しい内乱はあったが。

ポンズ つまり、我々は黒船になるでありますか。

ミョウガ 今のところ、それが一番理想に思える。私にはね。制圧ではなく、我々と共存する社会へ、変化を促すのだ。

ポンズ 気の長い話であります。

ミョウガ ことを急ぐな。物事を大きく動かしたいのならな。……な!すごい数値が出たぞ!

ポンズ なんのことでありますか。

ミョウガ 飲食店の妥当性アルゴリズムだ!とんでもない数字が出たぞ。何だこの店は。喜多方ラーメンフェア中で、コーヒーが飲める。さらに、カレーまで!

ポンズ なんと!そんな店があるでありますか。それでその、店の名前は?

ミョウガ んん、ファミリーレストラン、ガス(C・O)。

【終】

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