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日本車内会話集#06「会社員の男たち、ある結婚式へ」

三話連作シリーズ
11月16日の結婚式にまつわる会話集
〈其の一〉

【人物】

加藤(28) 二子玉商事広報部係長

村上(27) 同勤務

黒田(27) 同勤務

【場面】

2024年11月16日、神奈川県鎌倉市、昼


   車を運転している黒田。
   助手席にいる加藤は携帯をいじっている。
   そこへ村上が後部座席から身を乗り出し、運転席と助手席の間へ頭を
入れてくる。

村上「なぁ、ひょっとしてさ。……やっぱり、結婚式に半ズボンって変かな」

加藤「え?お前なに、今、半ズボンなの?」

黒田「お前半ズボン履いてんのか?」

村上「うん……やっぱ、変かな」

黒田「変っていうかお前……変、だよな」

加藤「うん。かなり変」

村上「うーわ、マジかぁ。ミスった~」

加藤「いやミスったとかじゃないでしょ。そのレベルだと」

黒田「そうだよ。ミスったとかじゃないぞ、お前。半ズボンレベルは」

村上「半ズボンレベル?」

加藤「え、車乗る前から半ズボンだった?」

村上「そりゃあお前(と軽く笑って)。なんで後部座席で急に半ズボンに履き替えるんだよ」

加藤「うわ、こいつちょっとむかつく」

黒田「うん、今のはちょっと感じ悪かったな。(村上へ)感じ悪かったぞ。加藤がむかつくって」

村上「いや、聞こえてたよ」

加藤「にしても気づかなかったぁ~。お前そりゃ、結婚式に半ズボンでは行かないよ。普通。大人の、男の人がさ」

村上「勝俣さんは?」

加藤「勝俣は勝俣だからだろ?勝俣ブランドだよ」

黒田「ごめんな。こいつちょっと、勝俣さんに憧れてるところあんだよ」

村上「ちょっとね」

加藤「うーん。まぁいるか。そういう人も」

村上「でも、どうしよう。どっかコンビニ、寄れたりする?」

加藤「寄れても、コンビニじゃスーツのズボンは買えないでしょうよ」

村上「じゃあ、洋服の青山で」

加藤「時間足んないよ」

村上「とにかくどっか服屋……」

加藤「いやぁ、結構時間ないよ」

黒田「うん、俺も運転面倒臭いし」

村上「えぇ。あ……よっ、っしょ」

加藤「(村上を見て)えお前、何してんの」

村上「裾伸ばしてんの。今から頑張って、七分丈くらいにすっから。見とけよぉ」

黒田「マジで?すっげぇ見たい」

加藤「やめとけやめとけって」

村上「えぇ。でも俺、どうすんのこれ」

加藤「いやまぁ……まぁ、いいんじゃない?そういうのも」

村上「嫌だよ、変なんでしょ?笑われたくないよ、会社の女の子もたくさん来るのに」

黒田「村上。正直な、お前が半ズボンだろうがお前の持ち前の魅力は、ここだけの話、一切損なわれてないんだよ」

村上「えぇ?(とまんざらでもない)」

黒田「それに、例えお前が半ズボンだろうが、長ズボンだろうが、俺たちは、お前の友達なんだから」

村上「黒田ぁ~」

黒田「お前、俺が半ズボンだからって、友達やめないだろ?」

村上「うん、友達やめない」

黒田「うん。だから俺たちだって、友達やめないんだよ」

村上「そっかぁ~。俺、安心したよ」

黒田「うん」

村上「じゃいっか、半ズボンで」

黒田「おうよ」

加藤「すごいな、説得できたぞ」

黒田「おうよ」

村上「あ、そういえばさ、課長の奥さんってどんな感じなの?」

加藤「んー、どんな感じって言われてもな。ここの三人、誰も会ったことないし」

村上「歳とか」

加藤「あぁ、歳は、課長の八つ下だって」

村上「へぇ年下!しかも、まぁまぁ離れてんだね」

黒田「あれで課長、案外スケベだよなぁ」

村上「だなぁ」

加藤「スケベって、言い方古いなぁ」

村上「でもそんだけ歳離れててさ、課長のどこ、好きになったんだろうね。奥さん」

加藤「さぁねぇ。なんでも、趣味が一緒だったらしいんだけど」

村上「趣味?」

黒田「え、村上、知らないの?課長の趣味。課長ね、ビリヤード好きなんだぜ」

加藤「ん?」

村上「そうなの?」

黒田「そうだよぉ。課長ビリヤードの話、しだしたら一晩中してんだから」

村上「あ、そうなんだ」

黒田「え、お前、ホントに知らなかったの?あ、そう。へぇ……」

加藤「ちょっと、ちょっと待って。奥さんとの共通の趣味は、ビリヤードじゃなくて、車らしいぜ。車とか、バイク」

黒田「えぇ?いや、課長、ビリヤード大好きだぜ?ビリヤードの話、一晩中してたんだから。それで一晩中聞いてたのが、まぁ、ちなみに俺なんだけど」

加藤「ビリヤードも好きだけど、車も好きなんだって。課長。あ、なに。もしかして、黒田これぇ、知らなかった?」

黒田「いや、まぁ……でもお前、課長がビリヤードしてるとこ見たことあるか?ないだろ、ないだろ?」

加藤「いや、ないけど……」

黒田「ない、ないよね。はい、頂きました。課長のビリヤード、マジ正確無比。あれはねぇ、相当好きじゃないと、ちょっと無理。あれはね、課長相当やり込んでるね」

加藤「なんだよ」

黒田「あ、いや……ね?結局さ、課長が一番好きなのはさ、ビリヤードなんだよね」

加藤「なにを(と笑って)、さっきまで課長の趣味一個しか知らなかった人が」

黒田「はぁ?」

村上「まぁまぁ、二人とも」

黒田「黙ってなさいよ、ゼロ個は」

加藤「うん、ゼロ個は発言を控えるように」

村上「おーっと」

加藤「まぁでもさ、俺はこう、前から課長に奥さんの誕生日の相談とか、されてたから」

黒田「え、どういうこと?されてたから?」

加藤「え?いや……ねぇ?」

黒田「いや、全然わかんないし。知らないけど、知らないけどぉ、まぁ俺は、正直、これ正直に言って、一番課長笑わせてます。はい」

村上「いやいやいや」

黒田「はい。ツボです。どうも、課長のツボです。ごめんなさい」

村上「はい。村上、そこ失礼しまーす」

加藤「うわっ」

村上「課長のツボのとこ、ちょっと失礼しまーす」

黒田「そのままどっか行ってくださいね~。半ズボンは」

加藤「じゃあね、半ズボン」

村上「おい。いやいや、手振るなよ」

黒田「いや、じゃあ、ちょっと待って。加藤今、誕生日の相談聞いたって言ったよな。奥さんの。彼女時代の奥さんね」

加藤「うん、そうだけど?」

黒田「プレゼントとか?」

加藤「そうそうそう、プレゼント何が良いかなぁ、って課長から」

黒田「それで?」

加藤「それでって……まぁ、課長はせっかく趣味一緒だし、車の模型とか考えてる、みたいなこと言ってて」

黒田「まぁ(半笑いで)課長の一番の趣味はビリヤードですけど」

加藤「うん、違うんだけど、それで俺は、誕生日くらいは、もう少し恋人っぽいものあげてもいいんじゃないですかって、言ったわけよ」

黒田「はぁ、恋人っぽいものね」

村上「え、具体的には?」

加藤「いやだから、具体的にはぁ、その、ネックレスとか、ブレスレットみたいな?そういうアクセサリー系で─」

黒田「いやいやお前、アクセサリー?課長が?」

加藤「なんだよ」

村上「課長はアクセサリーって、そんな柄でもないよねぇ」

加藤「いや、柄じゃなくてもね、とういうかそういう柄じゃない課長があげるから、特別感あっていいんでしょ」

黒田「いやぁ、課長はそんな、柄じゃないことを特別感のためにする柄じゃないでしょ」

村上「うん、その柄ではないよね」

加藤「違うんだって。課長は、そんな柄じゃないことを特別感のためにする柄じゃないと思わせといて実はする柄なんだよ」

村上「いや、そっちの柄じゃないわ」

黒田「うん……いやちょ、ちょっと待って、今どっちだ。最後の村上で見失ったな……。しない柄をする柄じゃない柄を案外する柄で……あぁ!もう!事故るぞっ!やめて?こんな、運転中に……」

村上「あぁ、ごめん」

加藤「安全運転で、お願いします」

黒田「大体課長と付き合ってるんだぜ?絶対そういう『恋人らしく』とか求めてないって。アクセサリーとか、自分で買いたいって」

村上「可能性はあるけどね。でもプレゼントされたらされたで、実は嬉しかったりするんじゃない?」

加藤「そうだよな?」

黒田「いやぁ、そんなイチャイチャしたい人は、課長選ばないって」

村上「でも課長は、イチャイチャしたがるでしょ」

加藤「うん、するする」

黒田「心の中で思ってても、実際できないんだって、課長は」

加藤「うーん、どうかねぇ」

   一瞬の間。

村上「なんか、空気悪くない?」

黒田「そうだよ、どうすんの?この後余興の打ち合わせしたかったのに」

加藤「あぁ、余興ね。あの『北風と太陽』の」

黒田「どう、お前ら。台詞、覚えてきた?」

村上「おう、ばっちりよ」

加藤「うん、なんとかね。準備がギリギリで、合わせられてないからちょっと心配だけど」

黒田「まぁまぁ、何とかなるでしょ。余興なんだし。それで、衣装は?」

加藤「用意できたよ。これもなんとかね」

村上「土壇場で各々用意してくれ、なんて言うんだもんな」

黒田「いやいや申し訳ない。でも用意できたみたいでよかったよ」

村上「土壇場の割にはね、結構衣装こだわったんだよ、俺」

加藤「あ、そう?」

村上「ほら」

加藤「ん?……なにこれ」

村上「でかリュック」

加藤「でかリュック。うん、いや、でかリュックはそうなんだけど」

村上「でかリュック。旅人の」

黒田「え?」

加藤「へ?」

村上「え?」

加藤「いや、旅人……へ?」

村上「ん?」

加藤「あ、旅人……うん。え?旅人……」

黒田「いや旅人は……ね?」

加藤「ね、旅人……俺、旅人……ね」

黒田「え?」

村上「ん?」

加藤「いや俺、衣装もほら……」

村上「いや……なにこれ」

加藤「ターバン……旅人の」

黒田「え?」

村上「ん?」

加藤「へ?」

黒田「ちょっと、ちょっと待って。村上そこの、俺の袋開けてみて」

村上「あ、うん……え、なにこれ」

黒田「オカリナ……旅人の」

加藤「へ?」

村上「ん?」

加藤「え、ちょっと、ちょっと待って。ちょっと待って。これなに、三人全員、旅人なの?」

村上「うーん」

加藤「北風は?」

黒田「うーん」

加藤「太陽は?」

村上「うーん」

黒田「ちょっとマジかよぉ~、えぇ?」

加藤「なんで?いや、二人、北風と太陽だったでしょ?」

村上「いや、俺旅人だったよ」

黒田「いや、俺も」

加藤「俺も、とかないじゃん。一人なんだから、絶対」

黒田「そんなん言ったら、お前もだからな?俺は、お前と村上が北風と太陽だと思ってたんだから」

加藤「ちょっと待ってよ。時間ないからって読み合わせ省いたら、みんな自分のこと旅人だと思ってたってこと?」

村上「そうみたいだね」

加藤「だからって、お前はなんででかリュックなんだよ」

村上「いや、バックパッカー」

加藤「北風と太陽だよ?」

村上「だって旅人っぽいの家にこれしかなくて」

黒田「待ってお前、だから半ズボンなの?」

村上「え、うん」

加藤「マジかよ、なんでだよ」

村上「着替え、省けるかと思って」

加藤「省くなよ。そこは」

村上「いやでもお前も……なんだよターバンって」

黒田「そうだよ。なんだターバンって」

加藤「旅人と言えば、ターバンとマントでしょうが」

黒田「にしても、なんていうかアラブの商人すぎるよ、それじゃあ」

加藤「まぁエジプトで買ったからね」

村上「勝手に要素足すなよ。アラビアン要素」

加藤「短パンパッカーには言われたかないよ」

村上「いやいや、思い出せよ。一番変なの混じってたろ」

加藤「そうだな、いたな。なんだっけ、オカリナ?」

黒田「いいだろ、オカリナ」

村上「なんでオカリナなんだよ」

黒田「旅人ってのは音楽を奏でるでしょうが。吟遊詩人みたいな」

加藤「あー……」

黒田「それにオカリナは、ゼルダも持ってるんだから。時のオカリナ」

加藤「リンクね。ゼルダはお姫さまの方だから」

村上「ていうかお前オカリナ吹けんの?」

黒田「音は鳴らせますぅ」

加藤「待ってどうすんの?旅人、バックパッカー、オカリナ吟遊詩人の三人で、俺たちなにすんの?」

村上「旅人は、アラビアン旅人ね」

黒田「どうすんの?」

加藤・黒田・村上「「「えぇ……」」」

【終】

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