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日本車内会話集#07「会社員の女たち、ある結婚式から」

三話連作シリーズ
11月16日の結婚式にまつわる会話集
〈其の二〉

【人物】

上野(29) 二子玉商事サステナビリティ部課長補佐

渋谷(24) 同業務部勤務

【場面】

2024年11月16日、神奈川県鎌倉市、夜


   運転する上野。助手席に渋谷が座っている。ラジオからは話し声がわずかに漏れている。

渋谷「結婚式に半ズボンって……一体どうしたんでしょうね」

上野「あぁ、いたわね、そんな人」

渋谷「私、あの膝がまだ目にちらついてますよ」

上野「膝なんだ」

渋谷「膝ですよ。見るまで知りませんでしたけど、男の人の膝って、ばったり出会うと思いのほかびっくりしますね」

上野「確かに、ばったりだと、そうかも」

渋谷「なんて言うかこう、擬態してた昆虫が実は大きかった時くらいには驚きました」

上野「それは、それなりの驚きだね」

渋谷「グロテスクってわけじゃないんですけどね。とにかく……結婚式でしたし」

上野「結婚式だもんね。うん。……でもあれ、余興の衣装だったみたいよ」

渋谷「そうなんですか?」

上野「うん。ほら、あの……三人組の、オカリナの人と一緒に」

渋谷「オカリナ?」

上野「ピロロ~って」

渋谷「あぁ、あれ。確かに!いたなぁ」

上野「でも結局、何がしたかったんだろ……あの人たち」

渋谷「インパクトはありましたよね」

上野「でもほら、めちゃくちゃしてたじゃない、話の筋が。バックパッカーの熱意で、なんだっけ……アラビアン旅人?のマントが脱げた!みたいな……今話してても意味わかんないね」

渋谷「要は『北風と太陽』をやりたかったような、名残は感じるんですけど……。ほらオカリナが北風で、太陽はバックパッカー……うーん。やっぱり結婚式短パンマンが考えることは、難解ですね」

上野「うーん」

渋谷「前衛的というか、不条理演劇の方が、まだいくらか治安が良いですよ」

上野「ある意味天才的よね」

渋谷「まぁ西川さんたちは面白がってたみたいで、良かったですよね」

上野「そうね。まぁ森さんはともかく、実春はああいう場だと、なんだって面白がるタイプだけど」

渋谷「確かに(と微笑む)。でも、旦那さんの方も、聞いてたほど気難しい人じゃなさそうでしたね」

上野「そう?」

渋谷「ええ。ちょっとだけ話せましたけど、全然、いい人そうでした」

上野「珍しい。あの人、初対面だと大抵嫌われるというか、マイナスイメージからスタートするのよ」

渋谷「まぁ、それはなんとなくわかるというか」

上野「でしょ?とにかくこう、わかりずらいというか、森さんは勘違いされやすいのね」

渋谷「私はなんて言うか、こう言うのもひょっとすると失礼なんですけど、西川さんの旦那さん、少し私の弟に似てて」

上野「へぇ」

渋谷「話してて、弟と同じタイプかもって気がしてきて……そう思うと、なんとなく人となりはわかった気になって(と微笑む)。勝手にですけど」

上野「ふーん」

   一瞬の間。

渋谷「そうだ。森さん─西川さんの旦那さんって─んん、なんだかややこしいですね、この言い方も。西川さんも、森さんになっちゃったわけですし」

上野「いいんじゃない、実春の方は、名前で呼んだら」

渋谷「そうですね」

上野「うん」

渋谷「それで、実春さんの旦那さんですけど元々業務部にいたんですよね」

上野「うん。ちょうど、あなたが入社した頃くらいまでだったと思うけど」

渋谷「あ、入れ違いになってたんですね。道理で面識が……でもまた、どうして異動になったんでしょう。広報部に」

上野「さぁ、その辺の事情は、あまり聞いてないな、私」

渋谷「……先輩、知ってますか?森さんの前の広報課長が、今どこにいるか」

上野「え?知らないけど」

渋谷「アフリカなんですよ!アフリカです」

上野「アフリカ?それで、何してるの?」

渋谷「それが、よくわかってないんですよ。ただ、アフリカにいるらしいって」

上野「えぇ……大体アフリカだって広いんだから。それだけ言われても……」

渋谷「アフリカですよ?うちって、アフリカに支部か何かありましたっけ?」

上野「ないと思うけど」

渋谷「ですよね!それが今噂されてるんですけど」

上野「噂?」

渋谷「はい。というのも、うちの会社の偉い人に都合の悪いことをすると、アフリカに飛ばされるんだとか」

上野「えぇ(笑って)、何それ。都市伝説」

渋谷「しかもアフリカに飛ばされた後は、毎日肉体労働で、海賊が出る海域を、絨毯を大量に積んだ船で走り回るんですって」

上野「海賊……絨毯?いよいよ妙な話になってきたわね」

渋谷「でこれ、続きがあって。実は広報課長って─つまりその役職ってことですけど、『飛び込み台』って呼ばれてるんですよ」

上野「飛び込み台」

渋谷「森さんの前の前の広報課長も、実は今アフリカにいるらしいんですよ」

上野「それで?」

渋谷「で、どうも前の前の前は居所がわからないらしくて。こうなってくると、アフリカ送りになる人は、前もって広報課長に就かされるんじゃないかって」

上野「えなに、だから……飛び込み台?」

渋谷「はい。就いたら最後、あとはドボンとアフリカにまっしぐら。それも、海賊がうじゃうじゃしてる海域へ……」

上野「あなた、よくそんな妙ちくりんな話信じてるわね」

渋谷「信じてるっていうか、なんかこわ~とか言いつつ面白がってるんですよ。みんな」

上野「そうかもしれないけど、森さん本人が聞いたら、気分悪いでしょ。まったく」

渋谷「確かに、すごく気にしそう。森さん」

上野「そう。そういう話こそ、あの人気にするんだから」

渋谷「とにかくそんな噂もあって、どうして森さんが異動になったのか、割と気になるんですよ、私。別に噂を真に受けてるわけじゃありませんけど」

上野「まぁ、特別な事情なんてないでしょ。珍しい動き方はしてないんだし」

渋谷「そうかもしれないですけど……あ!もしかして、同じ部署の実春さんと付き合い始めたから異動になったんじゃ─」

上野「あなたね、学生の委員会活動じゃないんだから。社内で誰が誰と付き合おうが、会社としてはどうだっていいでしょう」

渋谷「違いますよ。森さんの異動を主に決めたのって、国別府部長でしょう?」

上野「ええ、たぶんね」

渋谷「だからこの、国別府部長が何か企んでたんじゃないかと、私は思うわけですよ」

上野「んん……何かって?」

渋谷「例えば、例えばですよ。国別府部長と森さんの間で、女性絡みの摩擦があって、それこそ実春さんを巡って、みたいな……」

上野「課長と部長で部下の取り合いって……どんな部署よ、業務部。仕事しなさいよ」

渋谷「確かに……」

上野「そもそもね、実春と森さんが付き合いはじめたのは、森さんの異動が決まったずっと後なのよ」

渋谷「あ、そうだったんですね。じゃあ、流石に違うのか……」

上野「そりゃそうでしょう」

渋谷「じゃあ、こういうのはどうでしょう」

上野「ん?」

渋谷「実春さんの家に、夜中、幽霊が出るんです」

上野「幽霊」

渋谷「見た所、侍の幽霊です。その幽霊は夜中、実春さんの寝室の隅に立って、ずっと実春さんを黙ってみているんです。実春さんは、金縛りにあって動けません」

上野「こわぁ……」

渋谷「一体何事なのか実春さんが問い詰めると、ようやく侍の霊は口を開きました。『私を思い出してはくれないのか……』って」

上野「ふむ……(と聞き入っている)」

渋谷「侍の霊は、自分の生前の出来事を実春さんに話しました。自分は幕末の攘夷志士で、君の前世とは、恋仲にあったのだ、と」

上野「わぁ」

渋谷「でも二人が生前、結ばれることはありませんでした。実春さんの前世は、イギリスの貴族階級の女性で、幕末の動乱期に横浜の港に訪れていました」

上野「あら……」

渋谷「横浜で二人は出会い、やがて恋に落ちましたが、片や攘夷志士の侍、こなたはイギリスの由緒正しい貴族女性。二人以外のすべてが、二人の結婚を阻みました」

上野「……」

渋谷「そうして、実春さんの前世はこう誓います。『来世では、二人でこの街の日本人として生まれるの。だからその時はきっと、私達一緒になりましょう』って。横浜にその若い侍を残して、実春さんの前世はイギリスへ戻りました」

上野「ふむ……」

渋谷「日本に残った攘夷志士の侍は、攘夷志士の立場と自分の恋心との間で大きく葛藤しながら、新時代を目前に、動乱の最中命を落としました。あまりの無念に彼は約束通り生まれ変わることもできず、霊としてこの世を彷徨い続けます」

上野「あぁ……」

渋谷「時は流れて、約束通り、横浜に日本人として生まれ変わったイギリスの貴族女性をその侍は見つけ出します。それが、実春さんです」

上野「ほぉ……」

渋谷「でも、実春さんに前世の記憶は、もちろんありません。それどころか、別の男性に、恋をしていました。森課長です」

上野「森課長ぉ……」

渋谷「次の日実春さんは、森課長に相談してみました。自分の、森さんへの恋心は隠しつつ、その侍の幽霊のことを話したんです」

上野「おぉ!」

渋谷「森課長は言います『幽霊に、前世ね。これはまた興味深い話だし、君のその独創的な世界観を否定する気はまるっきりないんだけどね、僕個人の考えを言わせてもらうと、幽霊との約束なんて、君が履行する責任はこれっぽっちもないよね。第一、その侍が言う、前世がどうのって話もかなり疑わしくて、平安時代から続く古めかしい結婚詐欺って感じだよ』ってね」

上野「森課長ぉ……」

渋谷「その夜、実春さんは森課長が言ってたことをそのまま侍の霊に伝えました。侍は怒り心頭して、こう吐き捨てました『その男を私は呪ってやるぞ』と。そのまま侍はどこへともなく消えてゆきましたが、その七日後森課長の『飛び込み台』への異動が決まったのでした……」

上野「森課長ぉ……」

渋谷「アフリカ行と実春さんを巡って、森課長と、その侍の霊が乗り移った国別府部長が相対するのは、もう少し後のお話……」

上野「ちょっと気になるぅ~」

渋谷「ご清聴ありがとうございました」

上野「ほんと、大した想像力ね」

【終】

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