ホン雑記 Vol.86「時間をムダにしないムダ」
45という歳のせいか、この時代のせいか、「時間は命」という概念を日に数回は反芻するようになった。
あぁ、やっぱり両方だな。40になった時に「折り返し地点を過ぎたんだなぁ」と思いはじめ、ムダなことを特に嫌うようになった。
そして奇しくも重なったFOMO&VUCAの時代。50年前の45歳なら、これほどの焦りもなかったのではないか。
人生を振り返った時に、「もっとああしておけばよかった」ということがある。勉学も遊びも、もっと広く深く嗜んでおけばよかった、と。
そんな後悔の回想でいつもよぎるのは、ロールプレイングゲームのレベル上げのことだ。
小6の頃、ドラクエ3のレベル上げに必死になっていた。必死でもあり、なーんも考えずに過ぎた日課のようなものでもある。
学校から帰るとランドセルを放り投げ、テレビデオの小さいブラウン管で遊んだゲーム画面はいまだに脳裏の片隅に焼き付いている。
ドラクエ3はパーティの平均レベルが40ほどもあればクリアはできる。
当時はお金もないんで、1本のゲームソフトをむしゃぶり尽くすように遊んでいた。そのせいもあってか、更なる高みを目指してか、レベル上げに日々邁進していた。たぶん、他の友達らもそうだったんじゃないかな。
昨今のゲームのようにクリア後のお楽しみ要素もなく、同じ場所で同じ敵と戦ってレベルを上げては、もう顔馴染みのラスボスを倒しに行くのだ。
結局たしか、レベル80(最高値は99)まで到達したことは1度もないんじゃなかったっけ。その境地に達する月日のどこかで、「ぼうけんのしょ」が消えてしまうからだ。
当時、「何をやっても消えない」と言われていた「ファイナルファンタジー」シリーズのセーブ機能と違い、ドラクエのセーブはホントにすぐに飛んだ。
オカンのかける掃除機がファミコン本体にコツンと当たって、「ビーッ」となったらもう終わりみたいな風物詩があった。
その一瞬で、それまでに費やした数百時間が消し飛ぶ。リアル「いてつくはどう」だ。
さきほど「レベル80に達したことは1度もない」と言ったが、そう、何度も最初からやり直しているのだ。もう3~4回は冒険の旅に出ていると思う。
知らない人のために補足すると、レベル40までに費やす時間と、そこからさらにプラス40する時間では段違いの開きがあるのだ。
今のオレにはもう、そんな時間の使い方はできなくなってしまった。
終わったゲームのレベル上げなど、考えただけでもゾッとする。残された時間をもっと楽しいこと、最悪楽しくなくても濃い時間で埋めたいと思うからだ。そしてテレビCMやネット広告に対する拒否反応は上がるばかりだ。
その時の自分に話しかけられるとしたら、
「頼むからそんなムダな時間の使い方をするなよ」
と、咎めに行くだろう。
………。
うーん。しばらく空想してみたが、やっぱり放っておくかもしれない。それは、今の自分がこんなに時間をムダにしたくないと痛切に思うのは、その時のオレがムダに消費されていく時間について、なーんにも考えてなかったからだ。ボケーッと生きていたからこそ、と言ってもいい。
でも、その「ボケーッ」は、今の自分の中にある陽だまりを作ったのだと信じている。だからきっと、オトンも放っておいてくれたんだろう。
ダスキンモップをかけながら「勉強しろ」じゃなく、いつも「顔拭いたろか?」とだけ言って。
いつも同じ迷宮を映していたテレビ画面と、オカンが左側で夕飯を作っている音は、時間を浪費した後悔以上に、脳裏に強くこびり付いている。
こっちの記録のほうは、ファミコンカセットのセーブ機能と違って、きっと最期まで消えることはない。
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