ホン雑記 Vol.76「言葉はなぜうまれたのか ~前編~」
今日はフラフラと図書館へ行って来た。
ちょっぴり文章と虫の勉強でもしようかなと思って。
タイトルが目立ったので「言葉はなぜうまれたのか」という本を手に取ってみた。理化学研究所の岡ノ谷一夫氏が書いた本なのだが、チラ見しただけでも随分面白かった。
言葉を扱うには「発声学習」、「意味」、「文法」、「社会性」の4つが必要だという。このうちどれが欠けても、言語の習得には至らない。
たまたまネット上に彼への似たようなインタビュー内容が落ちていたのでそこから図をパクってみた。
たとえば、ジュウシマツの歌う歌自体には意味はないが、ある音のかたまりを一定の順序で組み合わせるという文法は持っている。
文法があるのに意味がないというのは不思議な感じだが、意味はメスに告げる「子供を作ろう」の1種類しかないからだ。文法があるというのは歌のレパートリーが増えるわけだが、結局どの歌も言ってることは「子作りしましょ」だけでしかない。
それの意味するところは、歌い方を複雑にすることでメスの反応が強くなるという量的な問題であって、質的な問題ではないというわけだ。
ネズミの仲間のデグーは、17種類の鳴き声を使って、挨拶や求愛、警戒、授乳といった意味を表す。鳴き声を組み合わせる文法は理解していないが、意味は他個体同士で通じ合っている。
アリのような女王君臨型の階級社会をもつハダカデバネズミは、鳴き声によって相手の階級を確認し合い、ヒエラルキーが存在している。
ミュラーテナガザルは、明確な文法はないものの、「ワ」と「オ」の音素を並べ替えながら「ワーオーオオワオー」のように歌い、アピールや威嚇、警戒を表している。
やはりこの中では、ミュラーテナガザルが一番近いところまで来ているか。だが惜しむらくは発声学習ができない点だ。
つまりそれは、別の個体が出した音を聞き、それを模倣できないことを意味する。前述したように「ワ」と「オ」の音素以外に、「ペ」や「みょ」など、これまでにない新しい音で発声することはできない。
ジュウシマツもまたなんとも口惜しい。発声学習も文法もOKなのに、まったく意味が分かってないらしい。完璧にカメラのシャッター音やチェーンソーの音を声帯模写する「コトドリ」も、残念ながらアホのようだ。
発声学習は他にオウム、スズメ、クジラなどが押さえているが、犬や馬や猿にはマネできない。あぁ、猿真似って言葉はウソだったのかい。
ではなぜ、哺乳類の中で人間だけに発声学習の能力が備わっているのか? (追記:なんとも初歩的なミス。クジラ哺乳類やん。あえて消さないでおく。戦いにびびってウンコをもらした自分を描き留めさせた家康の心持ちである)
あ~~~~~。長くなってきた~~~~~。
引っ張るのやりたくないんですが、すいません。次回ということで。あまり長引くと喉が枯れちゃうんで。
ではまた明日っ。