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雑記1207「変わったり変わらなかったり」

昔さんま師匠が芸能人運動会でワザとトシちゃんに負けてやらんかったことで、芸人の地位がちょっと上がったらしい。

それまではなんとなく、「役者>アイドル>芸人」みたいなヒエラルキーがあったんだけど、さんま師匠が空気読まんかったことでどんどんそれが破壊されてったと。


最近見たさんま師匠の番組でやってた内容なんだけど、胸のすくような思いもした反面、「なんじゃそりゃ、つまらんヤツらやのぅ」とも思った。
世の中の常識の分水嶺なんてものは、ひとりの人間によってこうも簡単に破られるものなのかと。どんだけ右へ倣えやねん、群衆。ダサ。

とはいうても、そのダサい側のオレ。いや、偏屈なんでいろいろ破ろう破ろうとはしてきたけど、さんま師匠とか岡本太郎なんかの狂い方に比べたら全然普通の側に入るのがイヤだなぁ。あーイヤだイヤだ。

とはいえ、もっかい反転して「やっぱ世の中おもしれぇな~」とも思った。
狂人が少ないからこそ面白い。やることが出し尽くされてちゃつまんないし、ちょっと人目を無視するだけでまだまだ割り込めるデッカい隙間があるってことだもんなぁ。

AIとかコスパタイパとか損得とか効率とかラクとかカネとか、そんなもんしか追っかけない世の中に辟易してるけど、こりゃーどう考えたって順風なんだよね。右へ倣えマンが多くいてくれるほうが。

そりゃあんまりバカなことやると世間に干されて終わるんだろうけど、さんま師匠のやつなんかは、まわりのオッサンたちが「あれ? こっちのが面白くね?」って思うギリギリのところだったんだろな。
オッサンは若くてちょっと顔良くて実力もなんもない同性のアイドルなんかより、オモロイ若者のほうが好きだろうからね。
いや、別にトシちゃんディスってるわけじゃなくて。小6からジャニ嫌いなもんでさ。悪気は無いのぉ~。

そういう「隠れ変革待ち」みたいな、見えない時流はいくつもあるんだろうけど、見えないんで語る意味もないわな。


昨日たまたま吉田松陰を調べてみたんだけど、彼は自分のことを「僕」と言って謙り、門下生のことは「きみ」と敬っていた。
いまも国会なんかでクン付けで呼んでるけど、それは松陰に教えを請うた錚々たる面々が連綿(期せずして韻が恥ずかしい)と倣って残った名残であるらしい。

こういう変わらないモノは、美しく感じるんだけどねー。
(この君呼びも廃止の時流であるようだけど)





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仲大輔
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