ホン雑記 Vol.216「引き寄せ・引き上げ」
昨日は夏休み中の嫁が「内田新哉の個展やってるから行ってくる」と言ってたんで「連れてけ」と言って付いて行った。無料だったし。
内田新哉氏は、やなせたかし氏が編集長を務めていた文芸誌「詩とメルヘン」でデビューしたイラストレーターだ。
嫁は内田氏を高校生のころから知っていたという。好きな絵描きのうちのひとりであるようだ。
会場に入ってみると、絵の前で3人の来客にスタッフらしき人が何か説明をしている。
そのスタッフはよく勉強しているのか、なんでもすぐさま答える。なんだか内容も感情を伴って異様に濃い。お客たちの返す「へーぇ、へーぇ」のテンションも結構高い。
(!?)
そう。内田氏ご本人であった。
オレはテンション上がって小声で「おいおい、本人さんじゃね?」と、嫁に言うと「あ、うん、そうだね」と返ってきて、なんだコイツのテンション… とビックリ。恥ずかしいとかぬかしてけつかる。
すると、
「こんにちは。ざーっとひと通り見て回ってもらって、あとでちょっとお話ししましょう」
と内田氏が挨拶してくださった。いや、しかしお若い。61歳にはまるで見えない。
会場をあとにしてから嫁が言うには、「工作系の人はともかく、絵描きであんなに自分から前に出てくる人は珍しい」とのことだった。
「初めましてです?」と口火を切って、それから気さくに話してくれた。
以前は中学校で美術を教えていたり、いまも少年院で美術の指導をしているらしい。年に1度は海外に行って、そこで風景画を描いているという。
(うわぁ、ホンモノだぁ)
ガッツリ心を掴まれたオレは、いくつかの質問をした。彼の返答に、オレはさっきの客以上の「へーぇ」を返していた。
「僕とこの人(嫁)も、ちょーっとだけ絵描いたり音楽やってたりするんですよー」などと挟んでいくのはオレの仕事で、昔から好きだったという嫁のほうはすっかり聞き役に回っている。借りてきたブタのようだ。
「どんな音楽作るんですか?」と聞いてくれたんだけど、意外とパニックになるもんで「あーうー」と口から出る寸前だった。
「うーーー、そんなジャンルとかないんですけどー、あえて言うならバラードって感じですかねー。で、自分の曲を弾き語ってる時が一番泣くんですよー。もう歌えなくなるぐらいに」
おみやげにくれたポストカードにサインを書きながら、
「へぇ、それはいいですね~」
と一層笑って言ってくれた。オートマチックに回るオレの口が、
「売れたいとかはないんですけど、どれか1曲だけでも世に出ればなぁ、なんて企んでます」
とすぐにのたまっていた。
彼は何かを思い出した時のような言い方で、
「あぁ、絶対分かってくれる人いますよ」
と伝えてくれた。
それはまるで、オレの音源を聞いたあとに返すようなリアリティある言い方だったんで、その違和感にちっさーい疑問符が一瞬だけ浮かんだ。
あぁ。これは。これは来て良かった。
ここ数日、小さな引き寄せが続いているなぁ。
ノスタルジックでファンタスティックな優しい筆致のわりに、
「描いてる時は、侍との斬り合いのような感じです」
という強いイメージに驚いた。
「それは誰が斬ってくるんです?」
すぐさま問うと、
「もうひとりの自分が」
あぁ、また心を鷲掴まれる。これだ。こんな話がしたかったんだ。
「その『斬られる』っていうのは、実際には何が起こってることを言ってるんです?」
比喩表現のまま「へーぇ」とスルーしたくなかったんで、オレもちょっとだけ斬りかかってみた。
「もうひとりの自分の『おまえ、噓ついてるよな』です」
あぁ~~~。ドンピシャのヤツが最速で返って来る。しかも、オレも全部に(へーーーーーっ!)と返している。矢継ぎ早の質問なんで、この時の感嘆は口には出せてないんだけど。
「あなたに絵を教わった生徒たちは、本当に幸せ者ですね」
と伝えた。もちろん、彼がのちに有名になったからじゃない。本当の絵描きに教わっていたことに対してだ。
すると、「いやいや」と、そこは普通に笑って返してくれた。
そして、その斬りかかって来るほうが「本当の自分」なんだと教えてくれた。敵わない者を見る畏敬の念と安心感がセットになって湧いて出た。
帰り際、もういっちょデッカい心のおみやげを盗もうと思ったオレは、
「描く時に一番だいじにしてることはなんですか?」
と、ベタすぎることを訊いてみた。聞き飽きてるだろなぁ、とは思いながら。
内田氏は一瞬だけ考えて、
「お腹すいてないかどうかかな。逆にお腹いっぱいでもダメだし」
と教えてくれた。
なんとなく、暖簾を押したような感覚のまま、会場をあとにした。
また侍みたいなヤツが出てくるかと思ってたから。
が、車中でジワジワと染みてきた。もう一段階、敵わないなぁと思った。
そんな日常の中の当たり前にあることが、絵に影響するんだろう。描いてる時間の長さを物語っている気もする。眠りにこだわる人が枕を気にするように、質が変わってしまうのか。
生活の中に、描くことが組み込まれている人の答えだった。