大怪盗、最後の朝
大学生三年生の板垣は長い旅の末、遂に大怪盗森田のアジトを発見。森田に盗まれた黄金のヒトデ像を奪い返すまであと一歩とところまで迫った。黄金のヒトデ像は世界に一つしかない貴重な像であり、板垣はそれを中学校時代、全校じゃんけん大会で偶然にも優勝しその景品として得た。板垣はそれを自分の部屋の棚に飾っていたが、自身が大学の図書館にいる間に森田に大胆な手口で盗まれた。
板垣は、複雑に入り組んだ森田のアジトの最奥にある森田のいる部屋、大金魚の間の扉の前までやって来た。板垣は勢いよく大金魚の間の扉を開け、中へ飛び入り、大金魚彫刻の前にいる森田に向かって「黄金のヒトデ像を返せ!」と叫んだ。森田は不気味な笑みを浮かべながら「何の捻りもない台詞だな。人にお願いをしているのだからもっとこう言い方というものがあっただろう。折角来てもらったのだから黄金のヒトデ像を返してやってもいいかと思わなくもなかったのだが、残念だけどもう返すつもりはないよ。」と返した。板垣は「それなら力ずくでも奪い取ってやる。」と言い、右手に握り拳を作り、森田のほうへ駆け出そうとした。それを見た森田は冷静さを保ったまま刀を取り出し、「まあ落ち着きなさい。暴力沙汰になるのは面倒だろう。特に慣れていないお前にとっては。それに残念だが黄金のヒトデ像は今手元にない。クリーニングに出していて五日後まで帰ってこない。だから俺を殺した所で何の意味もない。」と言った。
板垣は足を止め、「そうか。仕方ない。一旦家に帰って警察に通報するとしよう。」と言った。森田は「こちらとしては警察にこの場所のが知られるは避けなくてはならない。もしここに警察が来ることがあったら、即刻黄金のヒトデ像を処分するようクリーニング業者に頼むとしよう。お前も知っている通り警察がこの部屋にたどり着くには相当時間がかかるから、クリーニング業者に電話する時間位ならあるだろう。」と返した。板垣は「それなら一週間後にまた来る。武器を持ってな!十数年と刑務所暮らしをすることになってでも黄金のヒトデ像は奪い返す!」と叫んだ。森田は「大悪党の私が言うのも変だが、もう少し平和的な解決をしようじゃないか。一週間後に再びここに来なさい。ただし武器ではなく、怖い自作目覚まし音が入ったマイクロSDカードを持ってだ。私も怖い目覚まし音を作ってお前を待つ。そして一週間後、どちら作った目覚まし音がより怖いかを私が決める。もしお前の作った目覚まし音のほうが怖かったら、黄金のヒトデ像はお前に返そう。これでどうだ。」と提案した。板垣はやや不満そうな表情を浮かべながらも森田のほうを見て頷き、大金魚の間から出ていった。
一週間後、板垣は渾身の自作目覚まし音のデータが入ったSDカードを手に再び森田のアジトを訪れた。板垣が森田のいる大金魚の間に入ると、森田が「早速始めよう、まずは私の作った目覚まし音を聴きなさい。」と言い、森田のスマホのスピーカーから自作の目覚まし音を鳴らしてみせた。それは『キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』という女性の叫び声のような音で安定感をも感じる怖さであった。「次はお前の番だ。条件を揃えるために私のスマートフォンで再生する。データを渡しなさい」と森田が言ったので、板垣は持ってきたマイクロSDカードを森田に手渡した。「この alarm_kowai.mp3 がお前の作った目覚まし音だな。どんなものか聴かせてもらおう。」と森田は言い、板垣の作った目覚まし音の再生ボタンを押した。すると高めのの機械音声で『たまねぎ!』と再生された。それを聞いた森田は堪え切れない笑いを漏らしながら、「お前、私がこれを怖がると思ったのか。そもそもお前はこれが怖いと思ったのか。笑わせるな。これは大喜利大会じゃないんだ。残念だが黄金のヒトデ像は返せない。早く帰りなさい。この刀がお前を襲う前に。」と言い刀を手に取った。板垣は大人しく森田の忠告を聞き入れ森田のアジトを後にした。板垣がアジトから出ていったのを確認した森田は「折角だから明日は alarm_kowai.mp3 で目を覚ましてみるとするか。」とつぶやき、板垣の目覚まし音が朝7時になるようにセットした。
その三日後、板垣の元に身に覚えのない荷物が着払いで送られてきた。過剰にも思える包装を破り中身を確認すると、黄金のヒトデ像と一通の手紙が入っていた。板垣は手紙を手に取った。それは森田からのものであった。
「黄金のヒトデ像の本来の持ち主へ。あの日の次の日の朝、貴方の作った目覚まし音での起床を試みたところ、サラダ風呂に入ろうと銭湯に向かったら道中オートバックスが三軒も並んでいて気になってしまい、最も南側のオートバックスに入ってみたところ、「当店100万人目のお客様です!」とそのオートバックスの店長の力士から記念品のにんじんドレッシング二本を受け取り、己の運の良さに感心するという、かなり目覚まし音に影響された夢を見たため、貴方の目覚ましに対する恐怖感がわずかながら湧き上がってきました。それから、そもそもなぜたまねぎなのかという疑問が脳内を圧迫し、それが段々と恐怖心へと変化して、たまねぎという単語への恐怖心も高まり、遂には極限まで高まった恐怖の余り「ギャー!」と叫び声を上げてしまいました。本当に怖いのは私の作った目覚まし音ではなく、あなたの作った目覚まし音でした。この勝負はあなたの逆転勝ちです。よって約束通り黄金のヒトデ像は返します。それから、私は黄金のヒトデ像の発送を終えたら警察署へ行き、自身の罪を告白しようと思います。私は恐らく逮捕、起訴され、有罪となり何年も刑務所に入ることになるでしょう。しかし、まだ黄金のヒトデ像を諦めたわけではありません。釈放されたら、恐ろしい自作目覚まし音を持って貴方の所へ向かいます。そしてあなたにリベンジして黄金のヒトデ像を再び私のものにしてみせます。追記、あなたの部屋に置いていったマイナンバーカードは保管しておいてください。森田」
板垣は黄金のヒトデ像を着払いで送ってきたことに腹を立てていたので、手紙を読み終えるとすぐに森田の手紙とマイナンバーカードを生ゴミ入れに捨てた。