ノコギリ工場の神秘

 特殊な方法でノコギリを生産している工場があるという情報を入手したため、早速その工場に見学に行ってきた。今回は、その工場について記していこうと思う。

 その工場は北関東のとある山の麓の辺りにある。その外観は果樹園のようであり、工場と呼ぶには相応しくない施設であった。しかし、入口前の看板には「ノコギリ工場!」と書いてあり、生産者側は自分たちの施設を工場と捉えているということであろう。

 敷地内に入り車を降りると、工場長が出迎えてくれた。質問すべきいくつかの疑問点が、既に見つかっていたが、実際に見たほうが早いということで、この工場におけるノコギリ生産の過程を、早速見せてもらうことにした。

 よく果樹園を囲っているようなネットの隙間をくぐり、ノコギリの生産場所に入ると、土に何本ものノコギリが植わった異様な光景が広がっていた。それらの中には、ノコギリの柄の部分が少し伸びているようなノコギリもあった。「これは今年植えたばかりのノコギリです。どれも切れ味抜群のノコギリですが、こうやって土に植えて手入れしてやると5年でノコギリの木の成木になります。」工場長がそう説明するがいまいちイメージが湧かない。隣の区画に5年かけて成長したノコギリの木があるというのでそっちを見せてもらうことにした。

 「見てください、これが収穫時期を迎えたノコギリの木の成木です。」工場長がそう言いながら指差す先に並んでいるのは、太く長く成長したノコギリの柄がいくつもの枝分かれをしているノコギリの木。そしてその全ての枝の先からノコギリの刃が伸びているのだ。1本のノコギリが何十倍ものノコギリへと姿を変えてしまったのだ。ノコギリを元にノコギリを生産するとは何て画期的なシステムなんだ!

 私は既にこのノコギリ工場に熱狂していたが、さらなる感動を呼ぶであろうある予想が浮かんできた。そこで私は工場長に、ノコギリの収穫方法を尋ねた。工場長は、「ノコギリで切って収穫します。」と言った。私の期待通りの返答であった。ノコギリから生えたノコギリをノコギリで収穫するというのだ。まるでこの世界にはノコギリしか無いみたいだ。

 私は感激のあまり工場長に握手を求めた。工場長の手を覆うように両手で握った瞬間、私の指に一本の強い痛みが走った。咄嗟に手を離し指のほうを見てみると、深めの切り傷が入っていた。「すみません。実は私もノコギリなんですよ。」と工場長が言った。それを聞いて私は手の痛みも忘れて跳び跳ねて喜んだ。ノコギリがノコギリでノコギリからノコギリを収穫する。こんなにも見事なことがこの世界にはあったのか。

 変わった工場の見学ということで、最初は不気味なものを見に行くつもりでいたが、ノコギリの輪を通してこの世界の素晴らしさを実感し、よりこの世界を大切にしていこうと、大きく心を動かさせる工場見学となった。

 余談だが、この直後にハサミ農園という場所を見つけてスキップで行ってみたが、そこはただ野菜をハサミで収穫するだけの施設だった。落胆させられた私は、あのノコギリで野菜を収穫してやった。ノコギリ工場はどこまでもノコギリであったが、ハサミ農園はノコギリで容易にノコギリ農園にされてしまうのであった。

 



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