第二巻 第一章 律令制度と民衆の暮らし
〇天智天皇(四十四歳)の左右に立つ、大海人王子(三十七歳)と中臣鎌足(五十六歳)
N「律令国家『日本』のグランドデザインを設計したのは、天智天皇、大海人王子、中臣鎌足の三人である」
〇即位する天武天皇(大海人、四十二歳)
N「天智の死後、壬申の乱で大海人は天智の息子・大友王子(弘文天皇)を討ち、天武天皇として即位したが」
〇宮廷で孤立する不比等(十四歳)
N「鎌足の息子である藤原不比等は、大友と親しかったため、新政権にその居場所を与えられなかった」
〇飛鳥浄御原宮の一角
不比等(三十二歳)が持統天皇(四十六歳)に謁見している。
持統「そちが鎌足の息子か」
不比等「は」
持統「今、この国が『日本』としてあるのは、そちの父、鎌足のおかげじゃ。だのに今まで、そちに報いてやることができずに、すまなかった」
不比等「もったいないお言葉にございます……」
持統「……だが、天智天皇がはじめ、天武天皇が引き継いだ日本の国づくりは、未だ完成してはおらぬ……」
持統、申し訳なさげに顔を伏せて
持統「今さらそちにこんなことを言えた義理ではないのだが……あらためて国づくりに協力して欲しい」
不比等「(感激して)お顔をお上げください! 国づくりは、我が父の遺した事業でもあり
ます。微力の限りを尽くさせていただきます!」
感激して見つめ合う持統と不比等。
N「持統天皇四(六九〇)年、天武天皇の跡を継いで即位した持統天皇は、あらためて不比等を政権に迎える」
〇飛鳥浄御原宮の一角
不比等が官人たちを指揮している。
不比等「やる事は山ほどある! 律令を整備し、新たな都を完成させ……とにかく、全力で働くのだ!」
書類に取り組む官人たち。
N「持統天皇八(六九四)年、藤原京が新たな都と定められた」
〇藤原宮
不比等(五十歳)、持統太上天皇(五十七歳)、文武天皇(十九歳)が会議している。
持統「班田収授?」
不比等「はい。これこそが新たな日本のあり方の根本です。天智天皇、天武天皇のお二方は、豪族から力を削ぎ、土地と人民を国家のものとしてきました。この事業を完成させるのです」
持統「……続けよ」
不比等「まず、全ての土地と人民を、完全に国家の物とします。これは庚午年籍(日本初の
戸籍)によって、半ば成りました。そしてあらためて、人民の一人一人に、土地を口分田として貸し与え、死んだら再び国の物として回収、新たに生まれた者に貸し与えます」
持統「豪族たちはどうする」
不比等「すでに進めているように、官僚として国家に仕えてもらい、その分の禄(給料)を与えます。呼び名も貴族とあらためましょう」
持統「……うむ。天武天皇はいつも」
〇天武天皇
天武「土地と人民の全てを国家が管理すること。それが大唐帝国の国力の源である」
〇藤原宮
持統「そうおっしゃっておられた。不比等、よく天武天皇の志を継いでくれたな」
持統、文武に向かって
持統「陛下、不比等にお言葉を」
文武「……うむ、大儀であった」
恐れ入る不比等。
N「大宝元(七〇一)年、班田収授法を核とした、大宝律令が制定される」
〇農村
郡司が農民たちに書類を読み聞かせている。
郡司「大王のお慈悲にて、お前らにも口分田が与えられることとなった。一人当たり、男には二段(二十四アール)、女には四百八十歩(十六アール)の田がお前らの物となる」
おお、と感激の声をあげる農民たち。
郡司「そして、田一段(十二アール)につき二束二把(収穫量の三%)の米を租として徴収する」
ああ、と落胆のため息をもらす農民たち。
郡司「加えて京に上っての労役(庸)、布の納入(調)、地方での労役(雑徭)、防人(さきもり)としての任務も課せられる……」
農民たちの目が死んで行く。
N「公地公民制は、日本という国家の国力を高めることが目的であり、国民の幸福が目的ではなかった」
〇海上の遣唐使船
船上の阿倍仲麻呂・吉備真備・玄昉。
N「その後も不比等は政権の中枢で活躍、吉備真備らの遣唐使派遣や、養老律令の制定などに力を尽くす」
〇藤原京、不比等邸
満足げに息を引き取る不比等。
N「不比等は養老四(七二〇)年に死去した。しかし……」
〇藤原宮
元正天皇(四十一歳)、元明太上天皇(元正天皇の母、六十歳)、首皇子(聖武天皇、二十歳)、長屋王(三十七歳)、藤原武智麻呂(不比等の長男、四十一歳)らが
会議している。
長屋「……従ってここに、新たに開墾した土地を、三代に限って私有を認める、『三世一身法』を提案いたします」
武智麻呂「ようやく公地公民が達成されて、まだ二十年も経たぬと言うのに、もう法を枉げると言うのか!」
長屋「国家の財政は破綻の危機に瀕している! それに、人口の増加に対応するために、新たな口分田の開発は必須だ!」
歯がみする武智麻呂。
長屋「……主上、ご裁可を」
元正、元明を見る。うなずく元明。
元正「『三世一身法』を施行せよ」
微笑む長屋、肩を落とす武智麻呂。
N「こうして公地公民制の崩壊が始まったが、崩壊は上からだけではなかった」
〇農村(夜)
農民たちが会議している。
農民「租・庸・調に、雑徭に防人! もううんざりだ!」
農民「税と兵役だけの負担ならまだ耐えられた。不作の年に借りた出挙の利息が、年々増えて行く……」
N「出挙とは本来、不作の年に種籾を貸し付ける制度であったが、役人の中には、無理やり
出挙を貸し付けて、高い利息を貪る者もいた」
村長「……村を捨てよう」
ざわつく農民たち。
農民「しかし、田を捨てたら、俺たちはどうやって食っていけばいい?」
村長「隣の国に、藤原さまが墾田(三世一身法で得た開墾地)をお造りになった。働き手を探していらっしゃる。無論、税は収めねばならぬが、今よりはだいぶ楽になるはずだ」
一同、顔を見合わせて、うなずき合う。
〇夜道
身の回りの品だけを担いで、夜道を駆けていく農民たち。
N「このような農民たちの逃散によって、公地公民制は下からも崩壊していく」
〇紫香楽宮
聖武天皇(四十三歳)、橘諸兄(六十歳)、吉備真備(四十九歳)、玄昉(中年)、藤原仲麻呂(三十八歳)らが会議している。
聖武「……新たに開墾した土地は、開墾した者に永年に渡って与えよと申すか」
仲麻呂「無論、開墾した土地は輸租田とし、税を取り立てます」
諸兄「しかし、公地公民の原則が……」
仲麻呂「これ以上口分田から税は取れませぬ。国家の財政を救うためには、農民たちに新田を開墾するしかないのです!」
反論できない諸兄。聖武、一同の顔を見渡して
聖武「……わかった。『墾田永年私財法』を公布する」
N「天平十五(七四三)年、墾田永年私財法が施行され、大貴族や寺院は、こぞって荘園の開発に取り組む。そして九世紀の中頃には、これらの荘園は次々と不輸の権(租税の免除)を勝ち取り、公地公民は完全に崩壊するのである」