第十九夜 意外な訪問者 後編

 平安時代に、人権という概念はない。
 侍女は奴婢(奴隷)とは違い、売り買いされることこそないが、それでも扱いは、主人の「モノ」である。
「モノ」であるから、貴族たちは自分の侍女を性欲処理に使う事をためらわなかったし、その結果、子供ができたとしても、自分の子として扱うことはなかった。
 しかし同時に、「モノ」であるから、他人の「モノ」に手を出したり、傷つけたりすることは、トラブルの元であった。
 平安時代の貴族の日記には、他人の侍女や侍従を傷つけて、刃傷沙汰のトラブルに発展したケースが、多く記述されている。

「道長さまに、ずいぶんひどいことをされたようだね」
 幸いにも中将の君は、慌て、怯える拾の様子を、
「犯されたばかりで男が、あるいは貴族が怖ろしいのだ」
 と、取ってくれたようだった。
 それにしても奇妙な光景だ。
(形ばかりにしても)私の夫が、男に犯された私の愛人を見舞っている。しかも夫は、拾のことを、私の侍女だと思っているのだ。
「道長さまは、ご自分の権勢を過信されて、何をしても許されると思っておいでのようだ」
 今、宮廷で、道長さまに真っ向から逆らうのは、たとえ帝ご自身であろうとも、お難しいであろう。
「だが、蔦葛の侍女ならば、私の召人も同然。いかに相手が道長さまであろうとも、黙っていては、私の面子にも関わる」
 胸がどきん、と高鳴った。
 このお方は、私の侍女--しかもご存じないとは言え、ご自分の恋敵--のために、道長さまに立ち向かおうと言うのか。
「おやめください! 道長さまに逆らっては、御身に何がおわすことか……」
「はは、心配はいらないよ。私も、道長さまに真っ向から立ち向かうほど、愚かではない」
 ほっとした私に、中将の君は、驚くべきことを告げた。
「ちゃんと作戦は考えてあるんだ。頼もしい助っ人も用意した」
 中将の君が手を鳴らすと、狩衣をまとった、凜々しい、けれど年齢不詳な殿方が入ってきた。
「紹介しよう。天文博士の、安倍晴明どのだ」
 安倍晴明と言えば、京で一番の陰陽師である。私はびっくりして、二の句が継げなかった。


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