チラムネへの愛を語るレビュー 『千歳くんはラムネ瓶のなか』(著:裕夢先生、イラスト:raemz先生)
『千歳くんはラムネ瓶のなか』は、発刊当時に「リア充青春ラブコメ」という看板を引っ提げて世に送り出されたわけだけれど、もうちょっと大きな括りのジャンルで見るとしたら「青春もの」だろうと思う。
舞台は福井県。
かなり現実寄りの舞台設定で、どこか懐かしく、優しさを感じられる世界のなかで、何でも出来てしまう主人公の千歳くんが、可愛いヒロインたちと楽しく交流する物語……うん、青春だ、青春してる。
この作品は、それが高いレベルでまとめられていて、ライトノベルならではのラブコメも堪能できる。
6巻まで読み終えてみて、余韻に浸りながら感じるのは、「このライトノベルがすごい!2021・2022」2年連続第1位というのは、確かに納得できるなぁ、と思えることだ。
快挙おめでとうございます!
この本に出会えて本当によかった!
思えば、1巻を読み始めて、序盤から良い意味で何か違和感があった。
おや、この文章は、今まで読んできたラノベとは違うな……と。
例えば擬音語の使い方、文字のリズムの取り方ひとつとっても、文章のセンスの良さを感じ取れると思う。
あとから知った話だけど、1巻のあとがきを読んでみたら、裕夢先生が純文学や一般文芸がご自身の基礎になっていると書かれていた。自分の予感が間違っていなかった!と、分かってちょっと嬉しかったのは内緒。
その一方で、本書を手に取る前のこと。これは個人的な事情だけれど。
大人と呼ばれる年齢を過ぎてから、だいぶ時間が経ってしまった僕のような人間にとって、青春ものと聞くと「もうそんなに熱くなれないよ」とか「そんなキラキラした感情とは無縁の大人になったから」みたいな雑念が頭をもたげてきて……最初の取っ掛かりは、ちょっと苦手意識があったかもしれない。
簡単に言うならば、もう自分の青春は過ぎてしまったから、青春ものを読んでも共感出来るところは少ないんじゃないか、と。
正直最初は、この本を読むかどうか、迷っていた。このラノ1位という看板のインパクトがなければ、ひょっとしたら目に留まらなかったかもしれない。
けれど、けれどね。一旦読み始めたら……もうね。
その後は止まらなかったよ!
なんていうか……ご飯何杯でもいける、みたいな状態(ちょっと違う?)で読めてしまった。
とにかく面白かった。
めちゃくちゃ面白かった。
今のところ6巻まで読んだ感じだと、自信を持ってオススメできると断言します!
(1~6巻を読み終えた総合評価なので、ご注意を。1巻だけだと、ヒロインたちの魅力を存分に味わえなくて、ちょっと物足りないかも?)
「大の大人が青春に想いを馳せるなんてないない…」と若干斜に構えてページをめくり始めたけれど、1巻を読み終えた時点で、そんな冷めた気持ちや恥ずかしがっていた気持ちは、どこかに吹き飛んでしまった。
面白くて、ドキドキして、ちょっぴり感動して。
一気に1巻から6巻まで、青春のど真ん中を駆け抜けてしまった。
3巻あたりから、頭をガツンと殴られたように、最初の想像を遥かに超えた「普通の青春」が展開されていく。これは非現実的な超絶リア充による青春ラブコメのはずなのに、そっと心に寄り添うようなビー玉の月が、本当にあたたかかった。
読む前は、こんな気持ちになるなんて想像もしなかったよ。
本当に素晴らしい青春ラブコメ体験だった。
裕夢先生、raemz先生、そして担当編集者さん。この物語を世に送り出してくれて、本当にありがとうございます!!
さて、ここからは、どんなところが良かったのか、ちょっとだけチラムネの愛を語ろうと思う。
1.ラムネ瓶から覗き込む、最高のキャラクターたち
登場人物を好きになれるかというのは、シリーズ物を読み進めていくうえで重要な条件ではあるけれど、チラムネは、このハードルをいとも簡単に飛び越えてくる。
控えめに言って、すべての登場人物が最高!
主人公の千歳朔が、とにかくカッコイイ。
あらすじにあるリア充の設定の期待通り、ライトノベルで割と見かけるヘタレ要素は、ゼロ!
仲間たちの中心で、リーダーシップを発揮しながらも他人を見下すこともなく、いつもみんなから一目置かれていて、男前!
すでに正妻の夕湖と妾の優空がいて、ヒロインたちの好感度がMAXから始まる高校生主人公も珍しいと思う。
学校裏サイトで叩かれても、マウントを取りにこられても、嫌味も吐かず卑屈な態度も取らない。時々軽口を叩いたり、カッコつけたりするけれど、それが故意であると早い段階で明かされるし、純粋にコメディー感もあって、読んでいてホクホク顔にさせられちゃう。
今の自分を演じるために色んなものに縛られていて、でも自分のことを信じていて、力強く放つ言葉はどれもド正論で、面倒くさいことにも正面から立ち向かっていき……ねぇ、ちょっとキミ凄すぎるよ。
作中でもヒロインたちに散々『本物のヒーロー』と呼ばれていたけれど、千歳くんキミ、読者からみても、完全にヒーローに見えるゾ。(陽ちゃん風)
まぁ、ちょっと陰が見え隠れしているけれどね。うぶな一面もあるけどね。身持ちが固いけどね。
でも、そこが、いい。
一方、千歳くんの世界をキラキラと彩ってくれる5名のヒロインも、これまた超絶可愛いんです!
夕日を映す湖──柊夕湖。
優しく包み込む空──内田優空。
悠な夜空に佇む月──七瀬悠月。
熱くて、眩しい太陽──青海陽。
明日へと向かう風──西野明日風。
彼女たちは、その名前の通りのキャラクター像で、千歳くんに助けられたり、逆に励ましたり、愛をぶつけてくれたりする。
彼との関係を俯瞰して見ると、まるで鮮やかなパズルのピースでぴたりとハマっているかのよう。
無理矢理付けた設定やおかしな矛盾は感じられないし、群像劇のように、丁寧に人物像が作り込まれていて、それをベースに綺麗に物語が紡がれていくのには舌を巻いてしまう。
そして、誰一人として軽く扱われていない、絶妙なヒロイン配分。
それぞれが千歳くんを好きになる理由が違うし、「好き」を裏付けるきちんとした背景ストーリーをもって、彼女たちは主人公に惹かれていく。
(違う理由で好きになるということは、千歳くんの人物像と魅力にそれだけ厚みが出るということで……この5人との関係性をほつれさせずに編み上げた裕夢先生、凄すぎませんか?)
ヒロインの背景については、1巻に一人ずつ深堀りされていくわけだけど、毎回メインになるヒロインが魅力的過ぎて、千歳くんなんで付き合わないんだよぉぉぉ、と発狂すること請け合い。
裕夢先生の狙い通りらしいけれど、3巻のメインヒロインである明日姉のギャップ萌えは、想像以上の破壊力だった…。そんなのありですか、ハートを撃ち抜かれたよ。
読者それぞれ、最推しとかはあるかもしれないけれど、これはどうあがいても、目移りは避けられません!(見方によっては最低の発言だけど赦して……)
それと、忘れてはいけないのが、ラノベで重要な役割を担うraemz先生の可憐なイラスト。文章から想像されるイメージにぴったりで、最っ高に可愛いかった!
このイラスト無しでは、チラムネは完成しなかっただろうと思えるくらい、素晴らしい! ブラボー!
物語は基本的に千歳くんの一人称視点で語られる訳だけれど、時々ヒロイン視点にも切り替わり、彼女たちの秘めた想いにも触れることができる。これがなんていうか、胸にグッとくる。
あ、この子はそんなふうに千歳くんのこと思っているんだ、嬉しく思ったんだ、不安なんだ、って。
悠月が千歳くんのことを”「普通に好き」じゃなくて「大好き」だ”と密かに思っているのを知ったときには、正直悶え死ぬかと思った。訂正。がっつり天国まで往復してきました!
「リア充爆発しろ」なんて言葉が昔(今も?)あったと思うけど、千歳くんたちのリア充カップル(未遂)は最高です本当にありがとうございます末永くリア充を続けてください……ホントに微笑ましすぎる。
もし叶うならば、別の世界線でも何でもいいから、それぞれのヒロインには千歳くんと幸せになってほしい、と願ってしまうよ。
そんなこんなで、もうね……冒頭で青春もの苦手うんぬん言いましたが、この辺で手のひら返しをさせていただきたく。
青春恋愛に、かんぱい!(何)
裕夢先生のあとがきを読む限り、現在発売されている6巻までが前半パートということらしい。6巻まで全部読むと、彼らの人間模様が一通り理解できるけど、その中でも特に、千歳くんの印象がだいぶ変わった気がした。
今後、千歳くんにこれ以上の隠し玉……というか、大活躍できるカードが残されているのか、ちょっと心配になるけど、きっと裕夢先生ならやってくれるはず。信じて待ちたい。
個人的には……
7巻以降では、千歳くんがヒロインたちの心にもう一歩踏み込んだ話が読みたいかなぁ。(個人的には、悠月との恋愛模様がもっと読みたいです裕夢先生…!)
2.ラムネ瓶のビー玉に宿る素敵なメッセージ
とまぁ、色々とキャラクターの魅力を述べてきたのだけど、やっぱりチラムネの最大の強みというか凄さは、千歳くんのメッセージ性にあると思う。
ラムネ瓶が青春の象徴だとするならば、ビー玉は触れることのできない憧れの月であり、千歳くんであり、僕たちが忘れてしまった青春時代のかけがえのないものなのではないか、と僕は解釈している。(間違っていたら、ゴメンナサイ)
それは青く、まっすぐで、熱い思いかもしれないし、夢に向かって走り続けることかもしれない。
誰かに恋をすることかもしれないし、これから直面する人生の分岐点に、真剣に悩んだことかもしれない。
チラムネでは、その時々でヒロインたちの強い想いと憧れを「月(千歳くん)」に重ねている。
そこに込められたメッセージの作り方が秀逸で、ここが一番、僕のツボにはまった。唸らされた。
一見すると、主人公の千歳くんは、超絶スペックでみんなが憧れる理想の男の子だ。
リア充であり、イケメンであり、スポーツ万能で、コミュニケーション力が高く、物事を解決する能力も行動力も優れている。
しかも、作中で彼はこんなふうに言ってのけるのだ。
『美しく生きられないのならば、死んでいるのと同じだ』と。
……まてまて、人生哲学まで理想のど真ん中!?
あなたは一体何者ですか?
チラムネの世界観は、現実のそれに限りなく寄せてきているのに、このヒーローは、あまりにも現実離れしている。少なくとも最初はそうみえた。
けれど、千歳くんの圧倒的なスペックと外側から見た理想の姿は、1巻目だけの、読者が見た幻だったということが、あとから徐々に明らかにされる。
読み進めるにつれて、著者は少しずつ、少しずつ千歳くんの過去と欠点を描き出してくれる。読者にも分かりやすく、彼の格好悪いところが、不器用なところが、どんどん見えてくる。
でもそれは主人公だけじゃない。
最初は、リア充で青春を謳歌しているようにみえた”チーム千歳”の仲間たちも、実際には何らかの悩みを胸の奥に抱えながら、不確かな日々を生きている、ということが語られていく。
2巻では、ストーカー事件をきっかけに、過去のトラウマに怯える悠月。
3巻では、卒業後の進路、将来の夢に迷う明日風。
4巻では、大好きな野球を、最悪な形で辞めた過去をもつ千歳。
5巻では、好きな相手の特別になりきれず、悩みと葛藤を抱える夕湖。
みんな人生に迷ったり、挫折したり、些細なことで落ち込んだり。
あがいて、もがいて、弱さを見せないように、どうにか必死に立っている。
そうして、ふとした瞬間に気づいてしまう。
彼らは、彼女らは。
どこまでも、僕たちの知っている「普通の青春を生きる高校生」の延長線上にいることに。
千歳くんでさえ、何も特別に選ばれた存在なんかではなく、きっと僕たちとどこかで同じなんだ、と。
一番わかりやすい例は4巻かもしれない。
この巻では、努力で才能を補ってきたバスケ一筋熱血スポーツマン気質の美少女である陽が、挫けそうな内面を曝け出す場面があった。
『熱くなることは、泥臭く頑張ることは、格好悪いことなの? 才能を持たない者の努力は、報われないの? 千歳、教えてよ』って。
胸に突き刺さった。その気持ちには共感しかなかったから。
だって彼女の疑問は、本当に、現実世界の僕たちが抱えてきたものと同じなのだから。
読み手として俯瞰して物語を理解しようと努めていたのに、こういう悩みが、苦しみが、自分の中にあるものと重ね合わせられると気づいた瞬間、一気にチラムネの物語に引き込まれてしまった。
『今やっていることは、結局無駄なことなんじゃないか』
頭の中で反芻する疑問。不安に揺れ、勇気の灯火が消えそうになっている陽の胸のうち。
果たして、陽の問いかけに答えはあるのか。
そして、去年の夏に野球部を辞め、誰にも本当の理由を打ち明けることなく、ずっと心を閉ざしていた千歳くん。
すでに彼の心は隠すことのできないほど傷だらけ。ダサい部分も見え隠れしている”等身大の高校生”の千歳くんは、一体どうやってその答えを見出すのか。
陽の気持ちに乗っかって、自分もその答えが知りたくなって、ページを捲る手が止まらない。
その答えが知りたいよ。答えを教えて。正しくなくたっていい。ただ、君たちの駆け抜けた先にあるものがみたい。
千歳くんが見出す、「ビー玉の月」を。
キミならばきっと魅せてくれるはず。
自分を信じられるキミならば。
だから、どうか。
祈るような思いだった……読みながら完全に陽の気持ちとシンクロしてしまう。
細かいネタバレは避けるけど、千歳くんは陽の疑問に対して、彼らしい、最高の答えを出してくれる。
誰のためでもない、自分のために。
高校野球という熱い青春を通して。去年の夏に果たせなかった、やり残した宿題みたいな想いに、けじめをつけるように。陽が叫んだ「愛してる」のエールとともに。
『ぶちかませぇッ!!』
ラムネ瓶のビー玉に、陽の、そして自分の想いが宿った瞬間だった。
遠くに仲間の声が聞こえる。カンと聞こえたのは、バットの打球なのか。ビー玉の音なのか。
青空に、くっきりと月が浮かんで見える。
千歳くんの姿は、本物のヒーローのように美しかった。
な、に、これ。
熱い、この展開熱すぎるよ……胸熱すぎるでしょ !!
(※一部自分の解釈が混ざっていますので、忠実ではありません)
あれだけ格好悪いところを見せていた千歳くんが、この一瞬、”僕たちの”ヒーローになっていた……全く、最高かよ!
強がろうと思ったけど、このシーンは、正直泣きそうになった。最近はめちゃくちゃ涙もろくなったから泣いてしまいそう。……いや実際に泣いた。
ラムネ瓶のビー玉の月は、たしかに光を宿し、輝いていた。
格好悪くてもいい。今は手が届かなくてもいい。
たとえ新月の夜に何も見えない時があっても、みんな光り輝けるものをもっていると、教えてくれた気がするから。
それもこれも、彼らが、彼女らが、僕たちの生きる現実と同じステージに立ち、同じ目線で、人生に立ち向かっていると理解できたから。
チラムネが魅せてくれる世界は、どこまでも、果てしなく「普通の青春」だった。
けれど、だからこそ、ラムネ瓶の「ビー玉の月」から伝わってくるメッセージは、きっと読者に何かを与えてくれると思う。
少なくとも、僕には届いた。受け取りました。
その瞬間が、たまらなかった。本当に。
上でちらっと紹介した、千歳くんが魅せてくれた陽の疑問に対するビー玉の月と物語の結末は、ぜひ本書4巻で確かめてほしい。間違いなく、胸に響くものがなにかしらあると思う。
あと、4巻で陽がヒロインレベルの天井をぶち抜いてくるので、そちらの青春恋愛もぜひ楽しんでいただけたらと。
もちろん、他の巻も負けないくらい面白くてオススメです! !
最後に、総括として。
一言だけ言えるとすれば、やはりこの言葉がふさわしいと思う。
『チラムネは最高に私好みだよ、愛してる』。