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【連載:地域交通のカタチ】覚悟をもって公共性と経済合理性の両方を追求する 〜第一交通産業グループ 田中亮一郎氏 & 電脳交通 近藤洋祐

電脳交通は2023年4月、複数の新規投資家および既存投資家を引受先とした総額約12億円の資金調達を実施しました。創業から7年以上経った現在、株主の方々や提携企業の皆様は、地域交通を含めた地域経済全体やタクシー業界の課題と将来性などをどう捉えているのでしょうか。弊社代表取締役社長・近藤洋祐との連載対談を通じ、各社にそのお考えを伺っていきます。

第3回は第一交通産業グループ社長の田中亮一郎(たなか・りょういちろう)氏をお迎えしました。政府の審議会委員などを歴任し、タクシー業界の最前線で経営を続ける田中氏は、地域交通の現状をどう見ているのでしょうか。共に地方都市に本拠地を持つタクシー事業の経営者として、進出した地域の交通網を担っていく覚悟などについても意見を交わしました。


若返らない社会だから、変わっていかなきゃいけない

電脳交通 近藤(以下、近藤):6月に開催されたG7交通大臣会合で、テーマの一つとして地域交通が取り上げられました。(※参照リンク:地域交通、人口減でも維持 G7担当相、閣僚宣言(産経新聞))どちらかというとニッチだった地域交通の分野に注目が集まっていることに、時代の流れを感じました。

第一交通産業 田中氏(以下、田中氏):地域交通って本当に「重箱の隅をつつく」というか、そうしないと課題も解決策も出てこない分野ですからね。それに取り組むにあたっての障害とかが、法律の読み方やルールの部分で変えられるということなら、やりやすいようにしてほしいですね。

近藤:地域交通は経済合理性と公共性の両方が求められるテーマで、タクシーにもそれを求められていると思います。今回のG7で取り上げられた背景にも、そうした公共性の部分への注目という文脈があったのではないかと思います

田中氏:タクシーって「北九州で駄目になったから福岡いこう」ってできない商売ですよね。地域で免許をもらっているので、本当にローカルな仕事なんです。冒頭に言ったように、地域交通には重箱の隅をつつくような議論はいっぱいあります。「タクシーは公共交通機関」ということを、もう十数年前に言って頂いているわけですから、その役割を果たしたり、そういう課題解決に参加したりしなかったら、意味がないんですよ。

日本は年齢構成にしたって絶対に若返らないですからね。特に地方は毎年、住んでいる人たちもドライバーも歳を取っているわけですよ。そこにいきなり、新しく20歳の人が500人ぐらい来ます、なんてあり得ない話でしょ。となると、変わっていかなきゃいけない。1対1のサービスを提供しているだけじゃお客さんがいなくなる可能性だってある。

平成の市町村大合併のときに営業エリアが広がったことがありました。高齢化と人口減少の中で、令和の市町村合併っていつかあると思うんですよ。行政や生活圏が再編して広域化すれば、今は小さな営業エリアでも必ず広がっていくと。そこまで儲からないかもしれないし、収益率は悪くなるかもしれないけど、やっぱ残っておかないといけないんです。

例えばその地域で、買い物、病院、市役所なんかに行かなきゃいけない。地域住民の「買い物に行きたい」っていうニーズにどう関わるかを考えていかないと、特にうちみたいに地方に多く展開しているタクシー会社はやっぱり残れないですよ。

やれることは、全部やる

近藤:実際に地方で「課題解決に参加した手応え」のあった事例はありますか?

田中氏:加賀市に大聖寺っていう駅があって、駅前には市役所や大きな病院があります。北陸新幹線が加賀温泉駅に行ってしまった影響でバス会社が路線を撤退したため、市役所や病院に行くための地元住民の足が不便になった。

そこで加賀市に営業拠点を持っていたうちが「おでかけ乗合タクシー」をやったんですが、今は年間20万人ぐらい乗せています。加賀市内で650くらいの停留所をもって、オンデマンドで30分以内に行くという仕組みです。すると通常のタクシーを使う際も、お客さんたちはうちを呼ぶようになったんです。

近藤:公共性を保ち続けることによって、いつか経済合理性に繋がるというか、ビジネスとしてもメリットのある状態に持っていけるんですね。

田中氏:一度始めたら「儲からないからやめる」とはできませんよね。僕が社長になってもう20年以上たちますが、200社以上をM&Aして相当苦労してきたわけですよ。そこは覚悟というか、それを分かった上でM&Aをしてきました。やれることが残っている間は全部やる。やり尽くして、そこに住んでいる人がいなくなっちゃったら、それは撤退するしかないですけど。

簡単に引いたりしたら「やっぱりそうだったんだね」って思われてしまいます。例えば沖縄。いま路線バスの70%以上をうちがやっていますが、3か月に一回の頻度でモニター会議をやっています。高校生まで含む利用者を集めた会議で、バス停の運用や運転マナーなどあらゆる質問についてその場で答えるようにしています。
 
地元のバス停をどうしようかというような話は地元の社長、お金がかかる話や法律の問題は私から答えます。「本社に聞いてから答えます」では地元の人に伝わらない。だったら本社の方から沖縄に行ってしまおうと考えました。20年前から3か月に一回ずっとやっています。
 
地元の人たちが何を求めているかをダイレクトに聞かせないとわからないだろうなと思ったので、会議の様子はうちの管理職のメンバーにも聞かせています。その結果、管理職の意識も変わりました。

例えば、モニターの人が「昨日の台風で時刻表がはがれていました」と言うと、担当管理職がすっと席を立って電話で指示を出す会議が終わる頃には「もう張り直しました」って報告が上がってきます。このように現地に住む幅広いステークホルダーの方に集まっていただき、生の声に耳を傾け、迅速に要望に応えるように動いています。

同じ「人手不足」でも、地方と都会で背景が違う

近藤:新型コロナが5類に移行し、復調しているインバウンド需要が地域交通、タクシー業界にとって大きなビジネスチャンスになっています。一方で、それによりタクシーの台数が足りないという声も聞かれるようになりました。

田中氏:一口に「車が足りない」と言っても、地方と都会で状況が全く違うんですよ。地方は昔から人手不足で、そこにインバウンドでいろんな人が地方にまでいっぱい来るようになったんで、さらに足りなくなっていると。

インバウンドに対応した結果、「地元の人たちが病院に行けなくなった」とかはちょっと困りますよね。ただ、例えば地元の人たち向けの仕事だけじゃなかなか食っていけない中で、1日に1本でも2本でもインバウンドの仕事が入ってきているから、そこの会社が生き延びている可能性もあるわけですよね。

だから、例えばうちに進出してほしいととある地域から声がかかったとしても、美味しいところだけを取りに行くっていうのはちょっと抵抗あります。それはどこの地域でもそうですが、路線バスだって色んな過疎地路線をやりながら、ドル箱路線もあるからその地域で頑張ってきたわけですよね。

一回出たら、簡単に引いてはいけない

近藤:わたしが田中社長に初めてお会いした時にもお話ししましたが、私の家業のタクシー会社がある徳島で、うちの地域で一番強いタクシー会社が第一交通産業でした。睨まれないように、と気を付けておりました(笑

田中氏:睨んでなんかないですよ(笑 名前を見て「電脳交通って面白いな」と思ったのが最初でしたね。近藤さんは、地域の人間としてどうやって課題を解決しようかと真剣に考えていると思っています。「将来は東京でタクシー会社やりたい」とか考えているわけではない、と。うちがやろうと思っていることと、あまり変わらないんです。やっぱり地方で頑張っている人で、IT系にも強い人はなかなかいないから、そこは協力できるだろうなと。

近藤:田中社長に対して、私が最初から一貫して共感している価値感が、タクシーとか交通インフラは「一回出たら、簡単に引いてはいけない」っていう覚悟の部分です。営業エリアの経済性だけを見極めて展開していく企業のスタンスに対して、田中社長が目を光らせているところに共感しています。

田中氏:近藤さんは親から会社を継いだけど、大都市圏と違って決して儲かる地域じゃなかった。そんな状況で会社をどうやって残していくか、というところから考えてシステムを作り上げてきたわけですよね。

近藤:おっしゃる通り、僕にはそういうバックボーンがあります。だからさきほどの加賀市の事例のように、病院も役所も全部説得して、街をどう作っていくかみたいな話にロマンを感じるタイプの人間なので、「同じ景色を見たい」と思ってしまいます。

だから一緒にできる

田中氏:うちは本当に重箱の隅をつつくような仕事をいっぱいしているんだけど、電脳交通はそこに横串を刺せるような仕事をやっていると思うんです。例えば、電脳交通のシステムを使って和歌山や三重にかかってくる夜の電話も、北九州で受けられるようになったわけです。

単なる配車システムということじゃなくて、こんな風に遠隔地でいろんなことをやっていたり、一つの地域で細かいことをやったり、僕らから見るとかゆいところに手が届いている感じがする。「だから、一緒にできるよね」と思うことができます。

近藤:自分の事業に対する思いが強い方は多くいますが、田中社長のように「一旦張り巡らせたインフラから引くわけにはいかない」と、社会正義まで考え事業作りする経営者は決して多くないと思います。そういう姿勢を非常に尊敬して経営者として色んなことを学ばせて頂いていますし、最大のメンターとして資本関係の部分を超えて、向き合ってくださるのは本当に感謝しかありません。

今回の対談を通じて、「地域交通に欠かせない公共性と経済合理性の両立」ということの難しさと本質的な意義深さを再確認しました。地域交通を担う人間としての覚悟を持って、田中社長のお話しされた「重箱の隅をつつく」ような取り組みを、今回の資本提携を通じてさらに加速していきたいと思います。

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最後までお読み頂きありがとうございました。
引き続き本連載では各界のキーパーソンとの対談を軸に、未来の地域交通のカタチについて取り上げてまいります。
次回の記事も楽しみにお待ちください

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