自閉症の"Meltdown" と "Low Arousal approach"について
前からずっと、どうすることがベストなのか悩んできた、自閉症の感情メルトダウンとそこに至る前のアプローチについて書いてみたいと思う。
日々自閉症と関わっている職員の方々、自閉症のご家族をお持ちの方なら誰もが経験したことのある彼らの"メルトダウン"。自閉症のメルトダウンとは、簡単に言えばストレスが脳内処理能力の許容量を超え極限に達して、対処しきれなくなった時の制御不可能な一種のパニック反応で、その症状は人によって、また状況によっても様々だ。
私の息子は、幼い頃から良くメルトダウンを起こしていた。酷い時は泣きわめき過ぎて、倒れて口から泡をふき全く反応がなくなってしまい、慌てて病院に連絡したこともある。
メルトダウンを起こしている子どもを見るのは親としてとても辛いことだが、それ以上にメルトダウンを起こしている当の本人は、そこから脱け出す術がわからずにもっともがき苦しんでいる。
彼のメルトダウンはだいたい大声を出して暴れたり物を投げたりという外向的な反応が長時間続くことが多い。一度ある一定の閾値を越えて脳が興奮し始めてしまうと、もう何を言っても彼の心とは繋がれない。
しばらくは、そのまま怒りや興奮を見守り(と言ってもそんなに穏やかではいられないが)危険を回避しつつ自分から落ち着いてくるのを待つことしか出来ないのだ。
メルトダウンの原因の半分は、自分の欲求(息子は甘いものが好きでほとんどの欲求は食べ物が多い)が通らない時に生じることが多い。頭のいい彼は、私たちが「No」と言った内容を覆して「Yes」と言わせようと、あらゆる方向からの交渉を持ちかけてくることがある。
もちろんそうなると、ダメの代わりの代替案提示や、違うことで気を紛らわせる気分転換なども全く効をなさない。私はいわゆる根負けで、何度も「ダメ」を「もう、いいよ(好きにして!)」と、今までに何度もほぼ投げやりに態度を変えてきてしまった。それぐらい彼は言い出したら聞かないのである。
でも、我が家のルールで決まっているダメなものはダメ、与えてはいけないのだ。また、一度「No」と言ったことをあとで撤回することは、彼にとっては余計な混乱を生じさせてしまう。
そしてさらに言えば「No」の基準は夫婦間で統一しておかなければならないし(これが難しい)、ましてやその時の親の気分によってコロコロと変わるものであってはいけない。一度でも例外を作ってしまうと、彼は「前はこう言ってたのに」とそこにつけこんで交渉をし始めるからだ。
そういう意味で、特に私のようなおおざっぱで細かいことはどうでもいい性格の母親にとっては、自閉症の子育てはかなり難易度が高いと言える。
息子のメルトダウンの原因の半分が、欲求が通らない時に起こる一方、あとの半分は、物理的な外因による過度な刺激で起こる。
例えば騒音の多い場所。人混みに出掛けなければならない時(イアーマフは必須)。イベントやアクティビティが続いた時。また、外で頑張りすぎて家に帰ってきた時。そして、物事が自分の予想と違った時などなど。それらについては、私たちも経験を重ねる中で学んできて、あらかじめ刺激を避けたり、準備したりすることで防げることも増えて来た。
私たちは、彼が8歳で診断を受けて自閉症について学び始めるまで、それらをただの強い癇癪やワガママなのだと思っていた。それにしても、我が子のワガママやこだわりは普通ではない、と私自身はずっと感じてはいたものの、それが脳の中で起こっている"メルトダウン"という状態だったということを知ったのはずっとあとになってからの事だった。
そのことについては、もっと小さい頃から早くに知っていれば、対応の仕方が違っていただろうし、対応が違っていれば、二次障害になることは防げていたのかもしれないと思うと、息子にただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それでは、メルトダウンを防ぐためにどのようなアプローチがあるのだろうか。私は専門家ではないので、あくまでも自分が学んだ範疇とそれに対する考えを書いてみたいと思う。
イギリスの心理学者Andrew McDonnellが1980年代に"Low Arousal"という考え方を提唱した。私たちがこの概念を知ったのは、息子の3校目の特別支援学校。その学校では生徒に対して一貫して"Low Arousal"のアプローチ方法が用いられていた。要約すると、刺激を少なくして脳の覚醒状態を低いままで保ち、メルトダウンを起こすのを防ぐことにフォーカスしたアプローチの仕方。デンマーク語のウェブサイトになるが、もしも興味のある方はグーグル翻訳で読んでみて欲しい。
https://lowarousal.dk/om-tilgange/
どういうことか少し噛み砕いてみよう。
私の息子の例で言えば、前述したメルトダウンの原因のうち、物理的な外因によるものは、それを工夫や準備によって避けることに力をいれる。それは、部屋の構造や照明の工夫だったり、静かな環境だったり、ピクトグラムや写真など視覚化の利用だったり、5W1Hを用いた事前の説明であったり。
そして、例えば一見するとワガママに見える要求を通そうとする行為には、それが本人の意思で起こっているのではなくて、本人がそのことについての対処能力が低いために起こっていると考える。または、大人側が出す要求を、子どもが受け取ることが出来るレベルまで下げるということを意味する。
デンマークで良く言われる言葉に、「彼らはやりたくないのではなく出来ないのだ」という考え方がある。それを個々の子供たちの小さな困り事のレベルまで落としこむのだ。
例えば、不登校なら「学校へ行きたくないのではなくて、行きたいけど行けない状況」と考えることを出発点とする。また、何度言われても言われたことが出来ないのなら「言われたことをしなければいけないのはわかってるが、それを自らの意思で遂行する能力が育っていない」と考える。
私自身にとって、この”Low Arousal”のアプローチ方法はとても解りやすく理にかなった考え方だと思っている。日々家庭内の生活における、親子間の不要な衝突や無駄な対立を避けるやり方としても、とても有効な方法である。そして、私たちが意識してそれを実行することで、実際に家庭内の争いごとは少なくなっていった。
ところがだ。。。
私はあくまでも息子と感情が繋がっている母親であり、外部の専門家ではない。そこに専門的アプローチにおける一つの難しさがあると私は考えている。
少し話しがそれるが、現在、息子は週に15時間のコンサルタント訪問を受けている。彼らはSocial pædagog という資格を有し、日本で言うところの保育士や養護教員、介護福祉士ともまた違った専門知識を有する職業だ。以下に英語のウェブサイトリンクを貼っておく。彼らの仕事については、また別件でいつか書ければと思う。
https://www.pedagogy4change.org/social-pedagogy-in-denmark/
Social pedagogy is a holistic way of working with people – children, youth, or adults – who for different reasons need support to thrive, for example in the care sector or in educational settings. (一部抜粋)
話しを元に戻すと、そのコンサルタントがうちに来るようになってから、私たちは、家庭内での取り組み方についてのアドバイスを、月1度のミーティングで受けることとなる。その中で、私たちが今まで信じて行ってきた"Low Arousal"のアプローチによって、息子の欲求がどんどんエスカレートしてきているのではないかという指摘を受けた。まさにその通りだったのだ。
私たちは、"Low Arousal"を合言葉に、息子の機嫌を損ねないよう、怒らせないよう、前もって先回りして準備をし、要求には出来る限り(食べ物以外の最小限の内容で) 答えるようにしてきた。
その結果、彼は要求の線引きがわからなくなってしまったのだ(どこまでなら許されるかということ)。例えばこういう時はポケモンカードを買ってくれる。こういう難しい状況ではレゴのおもちゃを買ってくれる。というふうに、彼はどんどん自分が難しい時には、その状況に応じて両親が自分の欲求を満たしてくれるというふうに学習をしていってしまったのだ。
これが、全くもって難しいところで、もちろん私たちは、彼が難しくなった時に、本人なりの戦略を見つけてくれることを一番望んでいる(例えば、暗い部屋で静かにしたり、コンピューターゲームで気を紛らわせたり。。。)。
でも、彼のメルトダウンが、例えばポケモンカード1パックで防げるのならば、3時のケーキを買えば落ち着くのなら、と私たちはそれを与え続けてしまったのだ。そして、それが少しずつ大きな報酬へと要求が変化してきていることにも気付いていた。
私たちは長きに続く日々家での対立に疲れていた。また、いつまでも彼のこだわりに関わっていては、時間だけが過ぎて行き、日常を前に進めて行くことが出来ない。そのため、彼の要求を受け入れることが一番簡単な方法なのだ。
ところが、コンサルタントの指導によれば、彼は思春期に入る段階なので、自分自身で難しい時の対応方法をこれから学んでいかなければいけないと。いつまでも、回りが彼のメルトダウンが起こるのを防ぐ助けを全面的にしていたのなら、彼は自分でそのストラテジーを見つけることが出来ない。
全くその通りで、なんの異論もなかった。
それから、私たちは、家で彼の要求を聞くためのルールを作った。例えば、外で買う食事チケットは1週間に5枚まで(マクドナルドやベーグル、セブンイレブンの焼き鳥やピザなど決まったもの)で、それ以外は家で出されたものを食べる(これが偏食の彼には至難の業)。コーラやファンタなどの炭酸水チケットは1週間に4枚まで。そして、金額を設定し週に1度フリーチョイスというチケットも作った。
最初の頃は、かなり抵抗を示して対立、衝突の毎日だった。メルトダウンももちろん何度も起こし、何時間も続いたり、そのあと自分の頭を殴ったりの自傷行為も見られた。息子には「自分の子どもが苦しんでいるのを見ていて楽しいのか!!」と何度も責められ、息子と2人で一緒に泣いた日も一度や二度ではない。
でも、その度に私たちは息子を愛していること、そして彼の将来を重んじる一心でこのような対応をしていること、を伝え続けた。彼はメルトダウンが収まると(だいたい決まって夜寝る前に)「お母ちゃん今日はごめんね」と謝って来て、私たちは仲直りのギューをして(毎回なぜか必ず犬も一緒に参加する)翌日には持ち越さないようにした。
そういう取り組みを2ヶ月、3ヶ月と続けるうちに、彼の激しい抵抗は収まってきて、少しずつ言葉で自分の気持ちを伝えることも増えてきたのだ。そして、無茶な要求もしなくなってきた。
私の文章力で上手く言葉で伝えにくいのだけれど、息子が欲しかったのは、いわゆる枠組みだったのだなぁと今になってわかる。枠組みとは簡単に言えばルールのようなもの。枠組みがあれば、どこまでなら無理を通せるかという見通しがたつのかもしれないし、またその決定権を大人側が持つということで、子どもは安心できるのかもしれない。そして、Meltdownを防ぐための low arousalのアプローチも、その枠組みがあって始めて有効になるのかもしれない。
まだまだ、これから思春期の難しさも加わって来ると思う。次に起こるメルトダウンだってパワーアップしているかもしれない。
でも、一番大切なことは、彼らが脳の混乱を招く原因を取り除きつつ、本人が自分なりのストラテジーを見つけやすい枠組みを大人側が作ってあげることなのだろう。彼らを理解して必要な援助を差しのべられるには、まだまだ勉強不足だけれど、これからも息子の心に寄り添える母親でありたいと思う。