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【上映会報告#01】 ロケ地は電気湯!銭湯で撮影された映画「駆け抜けたら、海」の魅力を掘り下げる

映画「駆け抜けたら、海」は銭湯でのふとした会話をきっかけに、女子大生二人の関係が変化する様子を描いた作品。主演二人の自然な演技や美しい映像表現、演出で高く評価され、国内外の映画祭で多数ノミネートされています。

〈あらすじ〉 女子大生の綾瀬みつきは、親友の星野うみに片想いをしている。合コンを抜け出してきた2人は閉店間際の銭湯に駆け込む。いつものようにうみの恋愛話を聞かされるみつき。次第にみつきは自身の想いがあふれてしまう。

この映画のロケ地として利用されたのが東京都墨田区の銭湯「電気湯」。シーンのほとんどを電気湯内で撮影したことで生まれた独特の雰囲気や演出も、この映画に欠かせない魅力になっています。

2024年5月11日に電気湯で実施された上映会イベントから「映画をもっと掘り下げるためのスペシャル対談」として、監督・演者・短編映画プロジェクトを主催するプロデューサー陣によるトークの記録をお伝えします。

後編の様子はこちら

銭湯が舞台だからこそできた表現

左から十川雅司監督、下京慶子プロデューサー、主演の嶺結さん、伊藤主税プロデューサー

十川監督:「駆け抜けたら、海」は電気湯で撮影した映画です。元々銭湯に行く機会は多かったのですが、銭湯でライブをしていた友人のミュージシャンが羨ましく、今日の上映会を企画しました。学生時代にはお風呂でフラッシュモブをやる「風呂ッシュモブ」を妄想していたほど銭湯での表現には憧れがあったので、映画や上映会が実現してよかったです。

下京P:電気湯に着いた瞬間から癒される雰囲気がありました。水の音や銭湯らしい匂い、光の入り方も感じられて、劇中の出来事なのかリアルの出来事なのかが分からなくなる、最新の4D上映のようだと感じました。

伊藤P:「駆け抜けたら、海。」を応募いただいた「MIRRORLIAR FILMS」はメジャー・インディーズ関係なく映画を公募して、入選作品を全国各地で上映していくプロジェクトです。映画だけでなくカラオケボックスやギャラリーでも上映してきたのですが、銭湯には負けましたね(笑)。映画制作や表現は極力自由であるべきだと考えていますが、「銭湯で映画を見てはいけない」というルールを壊すような解放感がありました。

十川監督:ありがとうございます。銭湯という情景と合わせて、今まで見たことのない映像を作りたいと考えていました。大学でミュージカルの授業を受けていたのですが、外国語なら自然に受け止められるのに、日本語でのミュージカルにはどこか胡散臭いというか「今歌わないでしょ」みたいな恥ずかしさも感じていて。それをどうにかして払拭したくて、今回「銭湯で二人が踊る」というシーンに挑戦したんです。

予告編からのスクリーンショット

下京P:脱衣所での会話から切れ目なく洗い場に入って、照明もカットの感じもガラッと変わる。全てが噛み合わないと緊張感が途切れ、作品の良さが失われるリスクもあるのに、全てが綺麗にハマっていましたね。撮影の演出も素晴らしく、パラレルワールドのようなダンスシーンから、照明を合図に現実に戻るように見えましたが、演じる側として意識していたことはありますか?

嶺結さん:洗い場は綺麗な夢の中の世界ですが、脱衣所に戻ってくる瞬間に現実に戻って、表情も急に変化します。ダンスシーンはみつきの想像の中の世界で、うみが知らない世界なんです。現実とは直接つながらない違う世界線であることを、ダンスを踊ることで演じていました。洗い場では鏡にうつる光もあるし、小さな浴槽に水が張られて、それが反射してキラキラしていて……

十川監督:照明のスタッフがすごく頑張ってくれました。撮影は大体5時間くらいでタイトだったのですが、パズルのように成り立たせてもらって、音楽が流れた瞬間に泣きそうになりました。

コミュニケーションから生まれた脚本

伊藤P:この作品はどこから着想したんですか?

十川監督:数年前、新宿で飲み歩いて帰ろうとしていた時、後ろの方からすごい楽しそうな笑い声が聞こえてきたんです。振り返ってみたら、同性のカップルが手を繋いで、車道の真ん中で「世界で私たちが一番幸せです」ってくらい楽しそうに走っていて。そのシーンが目に焼きついて「あぁ、これは映画にしたいな」と思いました。

助監督の仕事をしながら企画を温めていたのですが、みつき役の松原さんとお会いして、性的なすれ違いの話を聞いたことから、一緒に作品作りが始まりました。その後、ダンスシーンがある映画を撮りたいと呟いたら、うみ役の嶺さんからメッセージが来て。二人のイメージがぴったりだと感じて、脚本がどんどん進んでいきました。

左|十川雅司(映画監督) 徳島県出身。琉球大学卒業。在学中に演劇と出会い、表現の世界に没頭する。東宝にて舞台演出部も務めたのち、映画演出に興味を持ち、映画の作り方を学ぶため撮影現場に潜り込む。制作部を経て助監督として映画やドラマ、CMの制作現場に携わる。その傍ら、監督として短編映画やドキュメンタリー、MVを制作。

右|下京慶子(MIRRORLIAR FILMSプロデューサー) 鹿児島県出身。2016年より俳優業と映像制作の勉強を同時にスタートさせる。俳優として活動しながら、プロデューサーとして短編映画制作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」などに参加。趣味が高じて仕事となった”ドローンパイロット”としても多数の作品に参加。

下京P:松原さんと嶺さんはビジュアルもバランスが良いですよね。落ち着いて色々考えているけど陰のある松原さんと、陽気で天真爛漫にズルさもある嶺さんと。二人が画面にいるだけで、会話が始まる前からキャラクターの対比があって面白かったです。

セリフも印象的で、説明セリフが全くないのに、二人の関係や状況が伝わってきました。それぞれの気持ちや意図が伝わり、飽きずに見ていられたのは、セリフの妙と素敵な芝居があったからこそだと思います。

嶺結さん:監督は素直に思いを伝えてくれました。同性愛というテーマに対して私が感じたことを長文で送ったり、細かなやりとりも重ねた結果、一ヶ月程の短い準備期間でも信頼関係を築けたと思います。読み合わせの時に「アドリブで話してみて」と言われ、その場で出てきた会話もそのまま使っていただいています。

十川監督:本読みが早く終わったので即興をお願いしたら、すごくリアルなセリフが散りばめられていました。僕は今30才で、20代前半の松原さんや嶺さんとはジェネレーションギャップもあるから、彼女たちがいないと完成しない脚本でしたね。僕自身は国語が苦手で、万年赤点ぐらいなのですが、セリフを書くのはすごく楽しかったです。

下京P:セリフのリアリティとリズム、その後にダンスセッションがあり、また現実に戻るという構成のバランスが良かったです。15分とは思えない本当に濃密な時間が詰め込まれていて、しかもそれが5時間で撮影されたと伺って、まさに短編映画の鏡だなと感じて勇気付けられました。


名前のない関係性や「わからなさ」をそのまま描く

伊藤P:ダンスが終わって二人がキスをした後、うみが涙を流すじゃないですか。僕は最初、うみが優しい人物で、友達からのカミングアウトのようなものを受け、それを否定するわけにはいかないから「フリをした」と解釈したんです。友達の辛さを受け取って、涙が出てきて、そのまま外まで追いかける演技をしたのかなって。でももしかしたら、ラストシーンの30分後には「じゃあ、ごめんね」と言って帰るのかもしれない。そのあたりの解釈について伺ってみたいです。

監督:涙は狙って撮ったのではなくて、本番で偶然流れて、すごくいいなと思って採用したんです。時間が迫って、最後だぞってプレッシャーをかけつつ撮影したら、ポロッと出たので「きたこれ!」って。うまく説明できないけれど、すごく良かったからOKにした。だから、僕が事前に解釈を決めていたわけではないんです。ある方には「残酷な映画だね」と言われましたし、いろいろな解釈があっていいと思っています。

嶺結(主演) 株式会社DASH所属。22歳。フランス文学・演劇を専攻する現役大学生。俳優やダンサーとして映画、MV、CMに出演している。幼少期からバレエやコンテンポラリーダンスを習い、2021年に公開された短編映画「綻び」ではバレエと家族の関係性に葛藤する役で初主演を務めた。

嶺結さん:うみは最初から最後までずるい女だと思います。自分の中に気持ちがあるはずなのに「なんかわからないんだよね」という姿勢を、恋愛関係でも友人関係でも持っている。だから、その気が無くてもボディタッチをするし、彼氏がいても合コンに行く。うみという名前のように、自由な人間でいようという思いが現れているんです。

キスをされた時にも、よくわからないけれど、友情を壊したくないし、ここで生まれた関係性がずるずる続いていくんじゃないかなって。少し残酷なんですけど、私はそういう解釈で演じました。

伊藤P:最後、銭湯を出て外の公園に行き、二人がまたキスをして走り去っていきます。あのシーンは、台本にはどう書いてあったんですか?

嶺結さん:「微笑み合う2人、そこには言葉も理解もルールも正しさもなかった」と書かれていました。名前をつける必要がない、ただ関係だけがあった、なんでも良かったと。わからないまま戸惑う感じとか、理解はしてないけどキスしてみたらどうなるだろうと、そういう演出ですよね。

嶺結さん:私は国際高校に通う中で、カルチャーや異文化理解の勉強にも取り組んでいました。常日頃から、自分の中のいろんな可能性を考えるようにしているし、自分が女性を好きになることもあり得ると思います。でも、うみがみつきを好きになるとはまでは脚本で書かれていないので、準備期間中に好きにならないよう気を遣いましたね。

十川監督:僕はこういう「わからなさ」を大切にしたいと思っていて。目的意識がはっきりしているよりも、よくわからないまま流されている役の方が人間っぽいし。僕も自分のことさえよくわからないし、そういう「わからなさ」が持つ美しさが好きなんです。


質疑応答

スクリーン右|伊藤主税(MIRRORLIAR FILMSプロデューサー)株式会社and pictures代表取締役。阿部進之介、山田孝之らと発足した俳優に向けた情報プラットホーム「mirroRliar」を発展させ、多様なクリエイターの短編製作と地域ワークショップを連携させた「MIRRORLIAR FILMS PROJECT」を始動。

質問者:ラストシーン、銭湯から出た後に雨が降っていました。パラレルワードから現実に出た時の空模様を表現しているのでしょうか?

十川監督:雨が降っていたのは、実は偶然だったので、結構奇跡的なショットなんです。元々は晴れの想定だったんですけど、映画の象徴でもある「海」らしさが出たと思って、そのまま採用しました。海は未知で怖くもあるけれど、どこかワクワクもする。そういう二人の気持ちを象徴する表現として、全編を通じて構図にも反映していただきました。

質問者:この作品を見た人が、どんな気持ちになったら嬉しいですか?

十川監督:特定の気持ちになってほしい、というものはありません。でも、掴みどころのない「切ない」空気感のようなものを映像にしたいとも思っていて。全てがハッピーエンドでもないし、バッドエンドでもないし、わからないけれど胸がキューっとなるような、そんな切なさを感じてほしいです。

撮影 / 執筆:淺野義弘


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