前川佐美雄 楠見朋彦 笠間書院
コレクション日本歌人選の中の1冊120Pほどの殆ど小冊子に近い薄い本に47首の短歌を選び、尚且つその歌人の人生を語ろうという無謀にも近い1冊。
各章ごとに1首の短歌、その解説から歌人の生活、動向、その後等々そんなの無理だろう?と思いっきり詰め込んである。
勢い、それを受け取った読者は目いっぱいの宿題を投げつけられて右往左往し、結果として何の本だったか忘れてしまう。
短歌を味わいたいご仁には超絶お勧めしない。
宿題が多すぎて頭が破裂するからだ。
ここから敵の無謀な機銃掃射を掻い潜り多少なりとも前進し敵の真意を偵察してみよう。
選者、解説者の楠見氏が書いたことでは、選ばれた歌は代表歌ではないということだ。
いきなり手りゅう弾を投げつけられた気がする。
そう、選ばれた歌はこの短歌人の人生の上での里程標のように選ばれているようだ。
この前川佐美雄は正に昭和と供に生きて死んだというべき歌人だ。
奈良の大田舎に明治36年に生まれ平成2年に死ぬまでの88年の人生は殆ど短歌の現代史と共にあったというべきで、その短歌の変遷の舞台裏には必ず彼がいたのだと知った。
前川佐美雄は重要な語るべき人だ。個人的に前川氏の歌を丁寧に読んだというのは初めてのことだったので面食らうと同時に、若い頃から晩年までの歌の全てが熱い情熱で歌われているのが良く分かる。
戦前の定型からプロレタリア短歌への推移、合流と離反。
戦争の時の日本国民として生きなければいけなかった時期の歌と高揚。
その心を無とされ責められた時。
そして日本歌人として蘇る、自分と短歌の復興の姿。
全てが昭和なのだ。
と知れば彼の歌は同時代的に日本人の歌としての姿を持つことになると言えるだろうとさえ思う。「内臓とインク壺」論はひとまず置いておくとして。
前川佐美雄は読まれるべき歌人、知られるべき歌人、と言える。その端緒をこの薄い本は導こうとしている。
印象的な歌を1首
父の歳すでに幾つか超えぬると冬くらき井戸を覗きこみたり(昭和46年)
前川佐美雄を読もうと思ったのは、山中智恵子をもっと知ろうと思ったゆえであった。