[奇談綴り]お盆の公園
大学生の頃の話。
お盆の帰省で暇を持て余していた私は、飼い犬を連れて近所の公園へ散歩に行こうと思いついた。
犬のほうは散歩といえば何回だってオーケーで、大喜びで着いてくる。ふたりで意気揚々と公園へ向かった。
この公園は少し特殊で、小さい丘が丸ごと公園として整備されている。
頂上には町の貯水タンクがあり、大きなグラウンドとそれに面したエリアだけ桜と松が植えられており道も整備されているが、裏側は里山そのままで、道はあるものの砂利すら引かれていない土のままの状態だった。
来る人も少ないため、時間によってはノーリードで犬を遊ばせることもできる。
正面から行くなら小学校の脇を通ってグラウンドから頂上を目指すのだが、この日はなんとなく裏から行くことにした。
裏というのは地元の人しか知らない踏み分け道で、元は近隣の人たちが近道として使っていたものだ。
人が減った昨今ではほとんど使われず、獣道のような状態になっている。
通りにくいとはいえ自宅から行くならこちらが断然近いし、犬が大好きな里山のエリアに直接出られる。
最近は本当に使われることが無いようで、知らなければ道とは思わないような、獣道以下の状態だった。
もうあと何度使えるかしらん、としんみりしながら登ると、じきに公園の中腹の道に出た。
そのまま頂上に向かい、さてその後どう回ろうかと悩んでいると、目の端に変なものが見えた。
裏側を回ってグラウンドへ向かうルートになっている道の向こうを、かなりの数のお年寄りがゾロゾロと歩いているのだ。
一瞬ビクっとしたが、ここは公園だ。
あの人数歩いているというのはついぞ覚えがないが、公共の場所である以上可能性はゼロではない。
気にしないようにして、リードをつけたまま散歩に向かう。
数分後、頂上近くの海が見えるお気に入りの斜面でボーッとしていると、少し下の、グラウンドから頂上へ続く砂利道をお年寄りがゾロゾロと歩いている。
どうやらかなりの人数で公園をぐるぐる回って居るようだ。
なぜこんな田舎の、地元の人間すらめったに来ない公園を周回しているのか理由が全くわからないが、幻覚でも幽霊でもなく、生きた人間ではあるらしい。
道から外れた斜面でボーッとしていたせいか、お年寄り達はこちらには気づかずにワイワイなにか言いながら歩いて行ってしまった。
さてどうしよう。
普通の人間らしいけど、お盆の真っ只中にお年寄りが集団で周回しているなんてちょっと怖い。
このまま気付かれないように帰ろうかと考えて、また少し道ではない斜面を降りる。
と、下からまた別のグループがワイワイと登ってくる気配がする。
やり過ごせるかな、と斜面に立ち尽くしたまま見ていたのだが、特に隠れるわけでもなく犬まで連れてボーッと立っているわけで、当然向こうも気づいた。
お年寄り達は、全員がなにかとてもヤバイものでも見たような顔をして固まっている。
そりゃそうだろう。
彼らにしてみれば突然に、しかも道ではない斜面に何者かが現れたわけだから。
視線が犬に落ちたあたりで、どうやら地元の人間が散歩しているようだと踏んだらしく、緊張が緩んだ。
あまり驚かせてもしょうがないので「どうしましたか?」と声をかけると、そこでやっと本当に人間だと理解したらしく、口々に説明してくれた。
彼らは恐山まで行く観光ツアーの客であるらしい。
この公園へはトイレ休憩に寄って、ついでにとある史跡を見て出発しようということだったのだが、その史跡がどうしても見つからない。
なので、予定時間を大幅にオーバーしてかれこれ30分ぐらいこの公園をぐるぐる歩いて居たのだそうだ。
その史跡は覚えがあった。
グラウンド側から、とてもわかりにくい小さい階段を上がったエリアにポツンとある。
史跡の周辺そのものはこじんまりと開けた芝生になっていて、グラウンド全体が見渡せる。
道路から一段上がるせいか自分たちの騒ぐ声も周囲の声も届きにくく、ちょっとした隠れ家のような雰囲気で、それなのに見晴らしがいいので、花見の季節は場所取りが必要なほど人気のある場所だった。
今いる場所からだとちょっと危険な裏道から行くことになるはず…ただもう何年も行っていないせいでイマイチ自信がない。
「知っていますけど、記憶が曖昧なので一旦確認に行っていいですか?」というと、喜びの声が沸き起こった。
場所を聞こうにも全く人が居らず、バスガイドさんも一緒になって迷っており、ここまで遅刻しておいて見ずに出発するわけにも行かず、ほとほと困っていたのだと言う。
2人ほどが他のグループに伝えるために走り去り、何人かが私に着いていくというのを押し留めてひとりで記憶にある場所まで走ると、ちゃんと見つけることができた。
戻って正しいルートで案内しようとすると、どうしても最短ルートで行くと聞かないので、足元に注意してもらいながら案内する。
史跡を見た瞬間「これだ! あった!!」と歓声が上がり、そこからはもう大騒ぎだった。
最初に知らせに走った人達が私の行く先を見て覚えていたようで、私でもちょっと怖いような斜面にある細い踏み分け道を、お年寄りが続々と歩いてくる。
どれほど居るのかと驚いていると、やがてバスガイドさんもやってきて、史跡を見た瞬間に安堵で泣き出してしまった。
あなたが悪いんじゃないよ、見つかったから大丈夫、と、お年寄り達が慌てて慰めている。
ここまで来ると私は完全に蚊帳の外である。
「じゃあお気をつけて!」と手を振ってみたが、誰も気づく様子がない。
犬と顔を見合わせながら正しいルートからグラウンドへ下り、そのまま駐車場脇の歩道へ向かう。
観光バスは一番大きいタイプで、満員だとすると40~50人乗っている計算になる。
ここがトイレ休憩ならその人数の昼食を時間指定で途中のドライブインあたりに待機させているはずで、そりゃバスガイドさんも泣くよなあ、と思った。
史跡のある場所はトイレのある場所からはもうすぐ目と鼻の先で、場所を知っている人間さえいれば、トイレ待ちの合間に思う存分見てなお時間が余っただろう。
あと30分早く散歩を思いついてトイレの近くで彼らに出会ったなら、「あそこですよ」と示すだけで済んだ話だった。
バスの脇をすり抜けたあたりで正午のサイレンが鳴る。
ふと「突然居て、突然消えた謎の人」みたいに思われるかもしれないな、と思ったが、今更戻ってあの大騒ぎに混ざるのも面倒だったので、そのまま家に帰った。
この史跡は後年、頂上付近のとてもわかりやすい場所に移設された。
バス会社からクレームでも入ったのかもしれない。
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