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[奇談綴り]連れて行ってもいい?

ある日、件の視える友人がマンガを返しに家に来ると言うので、茶菓子など用意してのんびりと待っていた。
ところが、約束の時間になってもなんの音沙汰もない。
慌てて走って電柱にぶつかって病院に行ってきた、道に迷った人を少し遠い所まで案内していた等、謎の理由で遅刻することも多いので、特に心配せずに放っておいたのだが、1時間近く過ぎた頃、やっと電話があった。

「遅くなってごめん。ところでさ。
………連れて行ってもいい?」
「何を?」
「だから、えーっと………連れて行ってもいい?」
「だから何をだ? ややこしいもん連れてくるなよ。」
「うーん…。」

なぜかワザと主語を言わない。
主語にしたくないもの、つまり、人や生き物ではない何かを連れてくる可能性がある、ということか。
何を連れてくる気だ? てか何やってんの。

マンガは別に後でもいいのだけど、なんだか気にかかる。大量に用意した茶菓子を一人で食べきるのもきつい。
どっちも『今日でなくてもいい』『どうてもいいこと』だけど、なぜだか家に呼んだほうがいいような気がしてしまった。

「あーもう、わかったからとにかく来い。そして理由を説明しろ。」
「! 本当にいいの? えーっと、あの、お化け的なのが…。」
「いいから来い。」
「じゃあ、いきなり部屋に入るのはやばいから、一旦外で落ち合おう。
お酒と塩を用意しておいて!」

お化け的な、という話のとおり、サラリと憑き物払いの品物を指定してくる。
面倒なことになったなあと思ったが、来いと言ったのは自分だ。
料理酒はさすがに微妙だろうと思ったので、カップ酒を買いつつ待ち合わせの場所に向かう。
塩は普段使っている伯方の塩を小分けにして持って行った。

時間通りに現れた友人は、なぜか髪の毛が一回り少なくなっていた。しかもションボリと背中を丸めて、しきりに左肩から腕のあたりをさすっている。
思わず「どうした?!」と聞くと、後で話すと言う。
あまりにも左肩を気にしているので、肩でも凝ったのかと思ってなんとなくパンっと軽くはたくと、急に背筋が少し伸びた。
そのままもう少ししっかり叩いてくれと言うので、ホコリを払うように軽くパタパタと叩く。

そうこうしているうちに建物の入り口に着いた。
友人は敷地に入る直前に立ち止まり、なにか真言のようなものを小声でブツブツ言いながら、準備した酒と塩を撒いている。
意を決したように敷地に入ると、また少し背筋が伸びて、元気が出たように見えた。

説明がないので、相変わらず何が起きているのか分からない。
多分もう平気、というので、そのまま部屋に向かう。

ドアをあけて「どうぞ」と言った瞬間、なにか嫌な気がした。
これはもしかして、一緒にいると思われる人外の何かまで招いた事になりはしないか。
古今東西、妖物は住人が招かないと家に入れないことになっている。吸血鬼は招かれないと家に入れないって吸血鬼ハンターDも言ってた。

とっさに「〇〇だけな」と友人のフルネームを付け足す。
つまり「どうぞ、〇〇だけな」と、友人だけを招いた体裁にしたわけだ。
イマイチ弱い気がしたので、もう一度「〇〇だけ家に入って」と言い直す。

先に友人を通らせて、その背中を眺めてみたが、特に変化はわからない。
自分も入ってバタンとドアを閉めた途端、友人が大きなため息をついて座り込んだ。

「ああ、やっと離れた! たすかったぁ!」

うちの玄関は、いい大人が二人も話し込めるほど大きくない。
居間に移動してお茶を飲みながら何があったのか聞いた。

「今日はここに来る前に、別の用事でいつもお世話になってるお寺に行ってたんだけどね。
応接間に、すごく気になる鏡台が置いてあったんだ。
古いんだけど細工がきれいでさ、気になったからあちこち触って引き出しも開け閉めして、さんざんバタンバタンやってたの。
そしたら鏡から手が出てきて。
あっヤバイって思ったら髪の毛を掴まれてさ…。」

「ギリギリと引っ張られて痛いし身動きできなくなって、鏡の前でジタバタしてたらお坊さんがやってきて『あっ、こりゃいかん』って言って、髪の毛を切って引き離してくれたの。
ものすごく叱られたよ。
髪の毛がスゴイことになってたから安いカット屋さんで整えてもらってさ。
でもなんだか、お寺を出てもずーっと肩が重くて、何かに掴まれてるような気がしてて…。
さっき肩をパタパタ払ってくれたでしょ?
あれでだいぶ軽くなったし、塩と酒で清めた後もまた軽くなったんだけど、まだ掴まってる感じが抜けきれなくて、玄関を入るのが怖かったんだよね。」

「でも、ドアを閉めたらバチン!って音がするみたいに完全に切れてさ。
やっと離れられたんだ。
家の中に連れ込まなくてよかった!」

なるほど…。
お前はまず許可なくよそのお宅の品物を壊れる勢いで触るのを止めろ。
そもそもお寺の応接間にそんなのがある事自体疑え。応接間に鏡台とか違和感しかないわ。完全に曰く付きのご供養案件だろ。
鏡も隠してなくて人の出入りがある応接間にあったなら、普段はそれで何事もない品物なんだろう。
しょっちゅう怪異があるような品物なら、人の来ない場所で供養するだろうし。

これは私がそう思う、っていうだけなんだけど、神仏や怪異って気難しい隣人みたいなもので、こちらがワザワザ近寄って失礼な事をしなければたいてい問題ないんだよ。
鏡台は中にいる何かにとって家みたいなもので、それをガンガンバタバタ触られたら腹を立てて当然だ。
想像してみろ? 自分の家のドアや窓を見知らぬ人間がガンガン叩いてたら怖いし腹が立つだろ?
もう勝手にいろいろ触るなよ?
でも、じゃねぇよ、や る な!

あいかわらずこちらの説教はあまり聞いていないようだったが、髪の毛まで切る羽目になっていることもあり、多少は懲りたようだ。
マンガは最初から忘れてきていたらしい。
お茶菓子は予定通り消費された。

鏡台がどうなったのかは聞いていないが、元々お寺で供養されているものだし、まだひっそりと同じ場所にあるだろう。

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