見出し画像

[奇談綴り]とある街に居た犬

奇談と言うよりは平成の初め頃の価値観がまだユルユルだった、という話。

最近、大型犬が逃げだして警察が動くニュースを立て続けに見かけたことで、ある街で夜な夜な走っていたシェパードの事を思い出した。
昭和から平成に変わった直後ぐらいのあの時代、浅草寺では鳩の餌が売られ、そこらじゅうに鳥やら猫やらにエサをやる人が居て、野犬も放し飼いも珍しくなかった。

その街はまだ開発中の場所が多く、いずれビルが建つ予定ではあるものの、空き地になっている場所がたくさんあった。
そんな空き地の一つになぜかシェパードが居た。
大きくてガッチリした鉄の門が設えられ、周囲は高い柵で囲われ、広いエリアには半端に盛り土がされていたり工事に使う部品のようなものが置かれたりしていたのだが、そこに何故かジャーマンシェパードが2匹いた。

放置されているわけではなくて、水もフードも毎日取り替えられていたので、どうやら空き地の番人として置いていたもののようだった。

そこは駅に近く、オフィス街でもあったので、当然人通りも多い。変な場所にシェパードが居るというのはあっという間に広まって、日中は近隣に勤める犬好きの人がオヤツを投げ与えたり、寄ってきたシェパードを撫でたりしていることも多かった。
シェパードのほうも慣れたもので、不特定多数の人間に大人しくモフモフさせていたし、暴れることも吠えることもなかった。
自分も何度か撫でさせてもらったが、大人しくてとても撫でがいがあった。

そんなある日、残業を終えて歩いていると、なんだか不思議な光景が見えた。
なんとシェパードが2匹、マグロとかサメっぽい動きで街をぐるぐる走っている。

空き地のシェパードだとすぐにわかったが、でかい門があるはずでは?

慌てて空き地に行くと、門が開いている。
動かしてみると、とても軽く簡単に動かせる門だと言うことがわかった。犬だからと侮って鍵をかけていなかったようだ。

オフィス街を周回するシェパードなんて悪くすれば警察沙汰である。
慌てて探したところ、すぐに見つけることができたので、首輪を掴んで一緒に散歩している風を装って空き地まで誘導し、門の中に入ってもらった。
シェパードは割と大人しく門に入ってくれた。
一応石で開かないようにしては見たのだが、相手が賢い大型犬のせいかあまり意味はなかったようだ。
数日後、また周回していたので、空き地に戻した。

結局数回ほど空き地に戻しただろうか。
その後すぐ、空き地のシェパードには鎖が付けられ、門にもガッチリと鍵がかけられた。
そして1年後ぐらいには工事が始まり、シェパードも居なくなった。

オフィス街のど真ん中の空き地でOLさんたちがシェパードと戯れる光景も、オフィス街を颯爽と走るシェパードも、とても不思議な光景だっと思う。
多分もうどこでも見られないだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?