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[奇談綴り]井戸のあった家

だいぶ昔の話である。
当時の同僚が、通勤にはすこし不便だけれど、田んぼや里山といった風光明媚な地域に古い家を購入した。
中古だが夫さんがものすごく気に入って一目惚れしたそうで、元々の良さを残しつつリフォームしたのだとか。

このご夫婦は国際結婚で、夫さんは欧州で生まれ育っていた。
惚気のエピソードも欧州育ちならでは、と言う感じで、ものすごいおしどり夫婦として有名だった。

中古だけど、夫さんがこだわって少し洋風にリフォームしたし、せっかくだから見に来て、という誘いを受けて、同僚数人で引越し祝いを持ってお宅に伺った。

駅からかなり遠いということでタクシーで向かった先は、一見こじんまりした平屋のお家だった。
驚いたのは、外観が純和風だったことだった。
玄関周りや外周の作りが「元はそれなりの規模の農家だった」ことをうかがわせる。
ぐるりと垣根に囲まれて、敷地は簡単に見られないようになっていた。

同僚である奥様にいざなわれて家に入ると、そこからはかなり洋風に作り込まれている。
キッチンとリビングダイニングは洋風で、キッチン周りはなるほどヨーロッパ風の雰囲気でまとめられている。
床もフローリング…というかヘリンボーンだ。すごい。
古民家によくあるように天井を取り払って立派な梁を際立たせるつくりで、天井が高いためヌケ感がすごい。
ロフト兼客間になっているのは、農家によくあった囲炉裏端につながる天井裏をリフォームした場所のようだ。

書斎兼夫さんの部屋と同僚の部屋も見せてもらったが、夫さんの部屋は畳敷きで広めで、ここは純和風になっていた。
同僚の部屋は洋風で、多少狭いがきれいに設えられている。
リビングダイニングは立派な土塀で仕切られた中庭に面していて、中庭には木が数本植えてあり、砂利敷になっていた。

口々に「素敵だね」と言い合いながらダイニングの椅子に腰掛ける。
3匹の飼い猫さんが思い思いに来客のチェックに来て、和んだ雰囲気での雑談になった。

猫が居なくなったところで急に話題が変わる。
実は今日の招待には「家に変なところがないか見てもらいたい」という、ちょっと不穏な理由もあったのだそうだ。
そういえばメンバーの中には勘が鋭く、よく幽霊を見ると言う人が参加していた。

買ったばかりの家に幽霊がいます、なんて言いにくいんじゃないかなあと考えながら話を聞いていたのだが、やはり決定的に何かが居るとかそういう話にはならなかった。
ただ…自分にはオカルトとは別に気になった部分があった。
一つは中庭の植木の状態で、もう一つはそれぞれの個室の作りだった。

実は、中庭の木はほとんどが立ち枯れていた。
前の住人が植えていたものだと言うのだが、問題なさそうな庭なのに、木は白っぽく葉もついていない。
かろうじて生きているように見える木も葉は少なく、幹も半分ほど変色している。
植え直しても枯れる、と言われたそうだ。
こんな良さげな環境でなぜ…。

もう一つの部屋の作りというのは、同僚の部屋と夫さんの部屋の境目あたりの事である。
建築に詳しいわけではないのだが、何故か気になる。
一か所かなり天井が低い部分があって、天井や壁のつくりから同僚の部屋が元々の土間なのではないかと思われた。
どうしても気になるその部分を見ていると、脳内で勝手に映像が結ばれる。

井戸。

それはほとんど確信だった。ここには絶対に井戸がある。
埋め戻したとかではなく、なんなら使える状態で口を開けた井戸が、床下に。

あまりに気になったので、話が落ち着いたあたりで場所を指しながら井戸がないか聞いてみた。
答えはイエス。
同僚は目を丸くしながら「なんでわかるの…?!不動産屋からそこにあるって言われてる。あるけど気にしなくていいって。」と教えてくれた。

見えない井戸を言い当てたミラクルにいっとき騒然とするが、だからといってオカルトで当てたわけでもない。せいぜい「湿気が来るかも知れないね」ぐらいしか言いようがなかった。
植木は全員が気になったものの、素人には枯れる理由などわからない。
結局不穏な雰囲気はすぐ収まり、無難な雑談に移った。

全員なぜか狭い範囲にキュッと集まりながらお菓子を食べる。
広いリビングがあるのに、みなダイニングキッチンから移動しようとはしない。
猫たちもいつの間にか同じエリアに集まって寛いでいる。

少しうつむいていた同僚がポツリと話し始めた。
ここはなんだか少し怖いのだという。
怪異が起きているわけではない。そういう事に敏感と言われる猫だって、別におかしな挙動はしない。
ただなんだか落ち着かなくて、結局キッチンのこの場所で過ごしてしまうのだそうだ。

それを聞いて、この家の玄関に立った時からの威圧感が、気のせいでは無かったのだと思った。
確かに今いるエリアは比較的圧が弱いが、ここから外れた途端、かなりの緊張感が襲ってくるのだ。
とはいえこちらからそんな話はしようがない。
だって引っ越してまだ2ヶ月程度なのだ。中古とはいえこれほどのリフォームなら予算もかなりかかっただろう。

きちんと埋め戻されて居ないように思える井戸、立ち枯れる庭木、謎の威圧感。
数々の怪談を読んで知識を増やした今なら「神職か密教のお坊さんに井戸を観ていただいて、必要ならお祓いを」と言うのだが、当時の自分ではそこまで頭が回らなかった。

実は井戸は意外と怖い。
不用意に放置すると人が落ちるうえに湿気を呼ぶという物理的な理由もあるが、粗末に扱うと、最悪の場合は家が絶えるという話があるのだ。
だから、使わなくなった井戸は丁寧に祀って埋め戻すのだという。
怪談と言うよりは、井戸の多い農村に暮らす人から生活の知恵的に聞く話だった。

その日は最終的に、勘の鋭い同僚が「何かあったら相談に乗る」という事で話がまとまった。

自分はその後まもなく転職したのだが、お宅訪問から2年弱、あれほど仲の良かったご夫婦なのに、結局離婚してしまったという。
その家が今どうなっているかはわからない。

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