[奇談綴り]深淵をのぞく
これは、件の視える友人が「幽霊が視える」と自白した時の話である。
その日、とある街の裏路地を友人と一緒に歩いていた。
ちょっと気になる店があるから、久しぶりに一緒に食事をしようということで、日が高いうちに繁華街の裏にあたる通りを歩いていたのだ。裏と言っても一本ずれた通りというだけで、多少狭い程度で普通の道路である。
なんの変哲もない普通の道路を普通に歩いていて…なんだか勝手につんのめって、ほんの少しだけよろけて進むルートを変えた、その時。
「ねえ、視えてるよね?」
急におかしな理由で声をかけられた。
ついさっきまで、おすすめのメニューとか、せっかくだから変わり種に挑戦してみようとか、食べ終わったらカラオケに行こうとか、そんな話をしていたのに。
当然、なんの事かわからない。
「視えてるってなに? 急にどうした? なにもないよね?」
主語がないのでよけいになんの話かわからない。
振り返って道路を眺めるが、ただの道路である。ゴミすらない。強いて言うなら少し濡れた部分があるが、友人の指差す先は違う場所だ。
「じゃあなんで、今そこを避けたの? 絶対避けたよね?
何も視えてない人の動きじゃなかったよ!」
相変わらず指差す先には何もない。
「いや、ちょっとよろけただけじゃん? なにそこ、なんかあるの?」
指差す先に近寄ろうとすると制止された。
友人はうなだれて「そんなぁ…絶対視える仲間だと思ったのに!」とつぶやいている。
ここまで言われたら気になって、話を流すことは出来ない。
「なんの事だかよくわからないけど、白状しろ?」
友人はあきらめたように話し始めた。
さっきから向かう先の地面に真っ黒なヤバイ何かが視えていたこと、私がまっすぐそこに向かっていたから、なんとかしてずらさなきゃ、とハラハラしていたこと。
そうしたらおかしなステップで急にその黒いなにかを避けたこと。
「だから、絶対視えてて避けてるんだと思って。
こういう話をすると気味悪がられるから隠してたんだけど…。」
と、いうと、いわゆる「幽霊が視える」というやつ…?
友人は悔しそうに頷いている。ずっと話すつもりはなかったらしい。なんだかうまく嵌められた気分なのだそうだ。
こういう「視える」話をすると、気味悪がられたり拒否されたり、逆に過度に依存されたりしてろくな事にならないので、よほどのことが無い限り隠しているのだとか。
自分の顔には、おそらくかなりイヤな微笑みが浮かんでいたと思う。
怪談大好きな人間のそばに、ネタを提供してくれそうな能力を持つ人間がいたわけである。
「へえ、面白いね!
その黒いのはほっといても大丈夫? よし、じゃあお店に行こうか!
今日は色々話を聞かせてもらうぜ!」
いいネタ元を見つけた、とニヤニヤ笑いながら張り切って歩く私は、まだ気づいていなかった。
その後、軽いながらも様々に巻き込まれ、『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』というニーチェの言葉を噛みしめる羽目になる事を。